緋の邂逅 第十八話
「おい」

 帰るために下駄箱で靴を履き替えようとしていた心愛は、呼び止められた声にギクリと手を止めた。

 もう二度と自分に向けられることはないと思っていた声、おまけにその声に言い知れぬ恐怖を覚えた。

 身の危険を感じた心愛は、すぐに逃げられるように上靴から履き替えてから、ゆっくりとその声のした方に振り返る。

(私……何かした!?)

 想像したよりも怖い顔をしている紅蓮に、心当たりのなかった心愛は恐怖で顔を強張らせる。

 初日の一件以来、お互いに挨拶を交わすどころか、視線も合わす事もなかったのに、いきなり紅蓮の方から声を掛けられた上に、明らかに不機嫌な様子に心愛は身構えた。

「あの男に近付くな」

「はい?」

「あの金髪の男には近付くな」

 ゆっくりと距離を詰めるように紅蓮が近付いて来る。

 心愛は逃げるように後ずさったが、すぐに背中が下駄箱に当たり行き場を失った。

「き、金髪って……デリクお兄ちゃんのこと?」

「名前など関係ない。あの男には近付くな」

「……ッ」

 あまりに高圧的で一方的な紅蓮の言葉に心愛は怒りのあまり言葉を失った。

 目の前に立ち冷ややかな視線で見下ろす紅蓮はまるで感情のない人形のように見える。

(こんな人がデリクお兄ちゃんだと一度でも思ったなんて……)

 少しでも早くその事に気が付いて良かった、心愛は自分の浅はかさを嘆きながらも、真実に気付くことが出来たことに心底安堵した。

「言い掛かりは止めて下さい」

 心愛は強気な姿勢で紅蓮を睨みつけるとクルッと向きを変え紅蓮に背中を向けた。

 今日もデリクが校門の所で待ってくれている。

 デリクは毎日のように心愛を迎えに来て、帰りも校門の所で待ち一緒に食事をしたり買い物をしたり心愛を喜ばせてくれていた。

 あまり毎日のように外食をするので、園長のさと子に怒られてしまい、今日は久々に園で夕飯を食べる予定だったが、それでも少しでも会いたいからとデリクは迎えに行く事を約束した。

(少しでも長くデリクお兄ちゃんと一緒にいたいのに)

 心愛は紅蓮なんかに構っていられないと早足で歩き始めた。

「おい! 待てよ!」

 聞く耳を持とうとしない心愛に、珍しく慌てた声を上げた紅蓮は手を伸ばした。

 強い力で手首を握られ驚いた心愛は、振り返るとすぐ側にあった紅蓮の顔を見上げた。

(……あれ?)
 
 頭に過ぎった懐かしい感覚、でもそれはあまりにも一瞬で、ハッとした表情をした紅蓮が手を離してしまうと、その感覚は暗い霧の中へとまぎれてしまった。

「いいか、あの男には近付くな」

「あなたには関係ありません!」

 念を押した紅蓮だったが、心愛はベッと舌を出すと外へ向かって駆け出した。

「クソッ!!」

 苛立ちに任せて紅蓮が力いっぱい下駄箱を蹴ると下駄箱は大きな音を立てて無残な姿になった。

 近くにいた生徒達がざわついて近付いて来たが、紅蓮は何事もなかったようにその場を去り、外へと出ると校門へ向かう心愛の後ろ姿を眺めた。

 視界の先にはデリクの姿も確認出来た、向こうも自分の存在に気付いているのか意識をこっちに向けている。

 紅蓮はさっき心愛の手首を握った方の手を開いた。

 まだ温かい温もりが残るその手の平に視線を落とすと、ギュッと握り締めて眼光を鋭くした。

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