『姫の王子様』
ある夏の一日'08 P14

 すっかり暗くなった帰り道。

 行きと同じようにハンドルを握るのは拓朗だったが行きと違うのは助手席には沙希が座っていること。

「沙希ちゃん、寒くない?」

「大丈夫…です」

 街灯が時折二人の顔を照らし二人とも日に焼けたのか赤い顔をしている。

 そんな車内には静かな音で洋楽が流れていた。

 湾岸道路から見える夜景はとてもきれいで沙希は膝の上に乗せた鞄をギュッと持ちながらぎこちなく流れる夜景を眺めた。

 まるでそれは初デートの帰りのようだが…。

「おい…お前いい加減にしろよ」

 拓朗がルームミラー越しに後部座席を睨みつけた。

 そう雰囲気のある車内は二人きりではなく後部座席には庸介と珠子が乗っていた。

 そして車内がこんなに静かなのには訳があった。

「大きな声出すんじゃねぇよ」

 庸介が囁くような声で拓朗を窘めた。

 拓朗が怒るのも無理はなかった。

 珠子はすっかり夢の中で庸介の足を枕にして後部座席に横たわっている。

「寝てるからって変な事すんなよ」

 拓朗は鏡越しに庸介を睨みつけて視線を前方に移した。

 庸介はやれやれとため息を吐きながら膝の上でぐっすり眠る珠子の髪を撫でた。

 ポニーテールにしていた髪も今は下ろし体には庸介の上着が掛けられていた。

「ん…んふっ…」

 楽しい夢を見ているのか珠子の顔が笑顔になった。

 プールを出た後二人は時間の許す限り遊園地で遊んだ。

 久しぶりにはしゃぎすぎた珠子は車が走り出すとすぐに寝てしまったのだ。

 庸介は愛おしそうな表情で珠子を見つめた。

「いつもこうやって一緒にいられたらタマも寂しくねぇんだろうな…」

 庸介は小さく呟いた。

 指の背でソッと珠子の頬に触れると珠子の小さな手が庸介の指を握った。

「くだらねぇ事考えんな。そんな事したら一番落ち込むのは珠子なんだからな」

「色々言ってますけど…いつもヨウさんの仕事の話嬉しそうにしてますよ」

 小さな呟きに答えるように拓朗と沙希の声。

「ん…そうだな。やれるとこまでやんねぇとな…」

 庸介は頬杖をつきながら窓の外を眺めた。

 愛しい恋人の隣にいられる幸せと周りの人達の優しさを感じながら暑かった一日はゆっくりと穏やかに過ぎていった。

end
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