『姫の王子様』
ある夏の一日'08 P6

 珠子達がバスへ乗り込みプールへ向かおうとしている頃あの二人はというと…。

「8時前には名古屋に着くって連絡しただろ!」

「しつこいなぁお前もそのセリフ何回目だよ」

 6時16分発ののぞみで名古屋に帰って来た庸介は不満そうな顔で助手席でふんぞり返った。

 うんざりした顔の拓朗がハンドルを握る車はちょうど高速の名駅入口を入ったところだった。

 仕事のスケジュールを無理に空けて駆けつけた庸介は15分も駅で待たされた事を根に持って車に乗ってからも何度も文句を言い続けていた。

「どーせ往生際悪くタマにちょっかい出してたんだろ?」

 まるで見ていたかのようなセリフに拓朗は下唇を噛んだ。

 生まれてから22年幼なじみでもあり親友でもある庸介が妹の彼氏という座に居座り続けて約一年半。

 付き合うのも別れるのも心配で気が気じゃないという貧乏くじを引いた感じの拓朗。

 それでも最近になって知らない男より気心知れた庸介になら珠子を任せても大丈夫と思い始めていた。

「あんな可愛いワンピースを着てたら引き止めたくもなるんだよ」

 それほど混んでいない高速を走りながら拓朗はタバコに火を点けると庸介も同じようにタバコを取り出した。

 窓を少し開けると冷えた車内に生ぬるい風が流れ込んで来る。

「タマの服はワンピース率高いんだから普通だろ」

 まだ顔も体型も幼さが残るせいか変に大人びた服装は似合わない珠子。

 いつも可愛いの服を着ている事が多い。

「だいたいあんなピンクのワンピースいつ買ったんだか」

 まるで珠子のワードローブをすべて把握してる的な拓朗の発言に庸介は溜め息が出そうになった。

「なぁ…ワンピースってピンクのチェック?」

 思い出したように庸介が呟いた。

 その言葉にエッ?と拓朗が顔を向けた。

「胸んとこと裾ににフリル付いてて肩紐は首の後ろで縛ってあっただろ?」

「何で知ってんだよ…また写メか?」

「いや?」

 庸介は楽しそうにクスクス笑った。

 自分だけ知らないのがどうしても許せない拓朗は急にハンドルを乱暴に動かして車を左右に振った。

「あっぶねぇなぁっ!!!」

 庸介が叫び声を上げた。

 その様子に拓朗は勝ち誇ったように鼻でフフンと笑う。

「吐け。吐かないならもう一度…」

 拓朗はハンドルをギュッと握った。

「分かった!分かったって!可愛いワンピースだったから買ってタマに送ったんだよ」

「送ったぁ!?いつ!」

「んぁ〜一週間くらい前じゃね?」

「俺は全然知らねぇぞ??」

「睦美さんがこっそり渡してくれたんだろ?」

「クソ〜〜〜ッ!!」

 拓朗は悔しそうにハンドルを叩いた。

 今度は庸介が勝ち誇ったように鼻でフフンと笑った。

「珠子だけでなく母さんまでも…」

「人徳〜人徳〜」

 庸介が自信たっぷりに言うと再び車体が左右に大きく揺れた。


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