『拍手小説』
【直紀&奈々】

 少し前を歩く恋人同士らしき男女の姿から目が離せない。

 互いにエコバッグを一つずつ提げ、空いている手をしっかりと繋ぎ、時々顔を寄せるようにして笑い合う横顔からは幸せが溢れ出している。

 奈々は幸せそうな二人を見つめながら自然と頬を緩めた。

 知らない人だけれど自分も幸せを分けて貰ったような気分に浸っていた奈々は斜め前を歩いていた人物が止まったことに気付かずにそのままぶつかった。

「あ……ご、ごめんなさい」

「大丈夫か?」

 振り返った直紀に心配に顔を覗き込まれ、奈々は慌てて首を縦に振った。

 顔を下に向けた奈々はそのまま視線を直紀の手へと移す。

 付き合い始めて時間が経ったけれど、手を繋いで歩くことは数えるほどしかない。

 普段から直紀はポケットに手を突っ込んで歩いていることが多く、奈々もまた自分から直紀に手を繋ぎたいと言うことも出来ずにいた。

(いいなぁ。あんな風に歩いてみたいなぁ)

「だから持ってやるっつっただろ」

「あ……っ!」

 奈々の手に提げられていた雑貨屋の紙袋を直紀がひょいと持ち上げる。

 直紀が勘違いしていることを訂正出来ず、奈々は少し困ってしまった。

 最初の出会いが先生と生徒だったせいか、直紀を前にするといまだに緊張してしまう自分がいる。

 それが余計に直紀に気を使わせていると分かっているし、いけないと分かっていてもふとした時に出てしまう。

「映画までまだ時間あるけど……疲れたなら、どっかで休むか?」

「だ……大丈夫! 疲れてないし、あの……えっと本屋行ってもいいですか?」

 頷いた直紀が歩き出して奈々はホッとしながら後に続く、手を伸ばせばすぐそこにある直紀の手はいつものようにポケットの中。

 少しだけ勇気を出してみたくなった。

 奈々はソッと手を伸ばして直紀の上着の袖を遠慮がちに指先で摘む。

 相手に気付かれないようにあくまでソッと、今の自分にはそれが精一杯だけれどそれでもすごく嬉しい。

(いつか自然に手を繋げるようになれたらいいな)

 ささやかな願いを胸の中で呟くと急に直紀の腕が大きく動いた。

「服が伸びる」

「あ……っ、ご……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 直紀の言葉に奈々は顔を青くして慌てて手を離し、さらに直紀が離れようと足を半歩後ろに引いた。

 自分のしたことの恥ずかしさに顔を上げられず、出来ることならこのまま逃げ出したくなる。

「そんなに謝らなくていい。どうせ安もんだからな。遅かれ早かれ伸びるだろうが、いつか伸びるにしても遅い方がいいにこしたことはない。だが、安もんだからこそ大切に……ってそういうことじゃなくてだな」

 真っ青になっていた奈々は直紀の言葉を半分も聞いていなかったが、わざとらしい咳払いの声にビクリと肩を震わせた。

「こっちなら引っ張ろうが何しようが、伸びる心配もないから好きにしていい」

 俯く奈々は突然差し出された手に驚いて顔を上げた。

「な……直紀、さん。あの……」

「こんな通路の真ん中で立ち止まってたら迷惑だ。早くしろ」

 差し出された手がずっと待っていてくれることに背中を押されて奈々は手を伸ばした。

 ポケットの中に入っていたせいか、ポカッと温かい直紀の大きな手が自分の手を包み込んだ。

end
―129―
[*前] | [次#]

コメントを書く * しおりを挟む

[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -