『拍手小説』
七夕【陸&麻衣】
食料品を買うなら近所のスーパー、服を買うなら繁華街のデパート、映画はシネコンじゃなくて映画館、外食するならもっと……。
でもここなら全部揃うと押し切られた陸は日曜の朝から郊外にあるショッピングセンターに来ていた。
「なんでそんなに機嫌悪いの?」
横を歩く麻衣に下から睨み付けられた。
「別に機嫌悪くないし」
「じゃあ、どうしてそんなに不貞腐れた態度なの?」
「別に不貞腐れてないし」
朝からずっとこんな調子だ。
一緒に暮らしているからデートという表現は違うかもしれないけれど、麻衣と二人で出掛けるのならもっと違う所へ連れて行ってあげたいと思う。
こういう場所で済ませるのは何か嫌だ。
別に金を使いたいとか、ブランド物じゃないと嫌だとか、見栄を張っているとかじゃない。
同じ手を繋いで歩くでもどこを歩いても変わり映えのしないショッピングセンターの通路より、風があって色んな音や匂いのする街を二人で感じながら歩きたい。
ちょっと恥ずかしいからそんなことは言わないけど……。
「もういいよ。帰ろ?」
「何でそんな風に言うんだよ! 別に俺は何にも言ってないだろっ!」
相手がケンカ腰のせいか自分もそうなってしまいすぐに後悔する。
一緒に暮らしているから意見の食い違いや小さなケンカはある、自分の意思表示をしてくれるのだから黙って耐えているよりもケンカした方がいいとは思う。
でも……こういうのは最低だ。
何となく空気が気まずくて二人とも黙り込んでしまう。
ましてや人目のある外だから大声を張り上げるわけにも強引に抱きしめるわけにもいかない。
そんなことしようものなら機嫌は急降下することが目に見えていた。
それでも俺と麻衣は帰ることはせず手を繋いだまま週末で混雑しているショッピングセンターの通路を行く宛てもなくダラダラと歩き続けた。
確かに……俺が悪かったかもな。
理由も言わずに不機嫌な態度を取ったのは間違いなく自分で、そんな自分を見て腹を立てる麻衣を責めるのは筋違いだろう。
ちゃんと謝って……この後はいつもみたいに……。
そう思ってもなぜか上手くきっかけが掴めずにいると歩いて行く先で揺れる笹が目に入った。
「ね、麻衣……」
「なに?」
低い声で返されて思わずウッと口籠る。
ここで引いてはまた同じことの繰り返しと自分を励ましてまだ不機嫌そうな麻衣の手を引いた。
「七夕の短冊、書けるみたいだよ」
大人も子供も楽しそうに色とりどりの短冊に願い事を書いている。
俺は揺れる笹の前に立ち揺れる緑色の短冊に目を止めた。
「タマが早く大人になりますように。だって……何だろうネコ?」
「同じようなこと書いてあるよ。早く庸ちゃんと釣り合う大人の女性になりたい、だって……なんか可愛い」
ピンク色の短冊を読みあげた麻衣の頬が緩んだ。
「俺達も書こうか」
麻衣は俺の顔を見上げると黙って頷き返した。
その表情にはさっきの不機嫌さは感じられない、俺はホッと胸を撫で下ろして白い短冊を手に取った。
何て書こうか迷っている俺とは違い、麻衣は黄色の短冊にスラスラと書き始めている。
麻衣の横顔が幸せそうなのを見ているうちに俺の手も自然と動いた。
「陸、何書いたの?」
「ヒミツ」
「エーーッ! 何か変なこと書いたんでしょ?」
「書いてないよ。あ……麻衣、あそこの雑貨屋さん麻衣の好きそうな感じだよ! 行こっ」
「ちょ、ちょっとー陸っ!」
二人でそれぞれ短冊を括り付けた。
俺だって麻衣が何を書いたのか気になったけれど聞こうとは思わない。
きっと俺と麻衣は同じことを書いているような気がしたからだ。
俺はすっかり笑顔に戻った麻衣の手を引くと、さっきまであんなに無機質だった通路が急に色付いたような気がした。
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