『君の隣』
 第三章 P6


 電車を降りた祐二は放心した様子でホームに立ったままだった。

(信じられねぇ。一体コレをどうしろと…)

 ズボンの中はまだ張り詰めたままで少し腰を引いている。

 電車の中でイカされなかったものの中途半端な状態で止められて祐二の体はどうしようもない状態だった。

「祐二?学校、遅れるよ?」

 隣に立っていた貴俊が声を掛ける。

(誰のせいだと思ってんだ)

 キッと睨み上げると爽やかな笑顔の貴俊と目が合う。

 その横を同じ学校の生徒達が通り過ぎていく。

「会長ー、おはようございます」

「篠田せんぱーい、おはよございまーす」

「おはよう」

 挨拶をされる度に爽やかな笑顔で返すその姿は思わず見惚れてしまう。

 長身でオフホワイトのブレザーを着た貴俊の横で腰を引いている祐二は余計に小さく見えた。

(お前ら騙されてんだぞ!こいつは電車の中で痴漢するような変態なんだぞっ!)

 心の中で一人叫ぶのが精一杯だった。

 声に出して言う度胸があるわけでもなく、ましてやそんな事を言えば自分が男に痴漢されていたとバレてしまう。

 何よりこんな事をされても貴俊の立場が悪くなるような事が出来ない祐二だった。

「祐二?歩ける?」

 再び貴俊が声を掛ける。

 心配そうな口調の割には顔は楽しそうに笑っている。

「あ、歩けるに決まってんだろ!」

 祐二は啖呵を切って足を踏み出した。

 けれどどうしても股間の辺りが気になってしまっていつものようには歩けない。

(くそ…こんな事なら最後までやられた方がマシだ)

 なかなか冷めない体の火照りに下唇を噛む。

「ねぇ、祐二」

 少し前を歩いていた貴俊は立ち止まると振り返った。

「んだよ」

 不機嫌そうにぶっきらぼうな返事を返す。

 けれど貴俊はそんな事に気にする様子もなく顔を横に向けた。

「辛そうだからしてあげようか」

 貴俊はトイレに視線を向けながら小さな声で呟いた。

(っな…何考えてんだよ)

 あの日と同じようにトイレの中でイカされるなんて…。

 そう思っていても口からは拒絶の言葉が出て来ない。

 貴俊の顔を見ると祐二の返事を待っているようで顔をジッと見つめている。

「お、俺っ…」

 返事をすれば自分からねだっているのと同じ事だった。

 朝でしかも人通りも多いこの場所でまだ理性の残っている祐二にはありえない事だ。

 けれど体の疼きを止めて欲しいという本能が理性を抑えこみそうになる。

「俺…っ」

「あぁ…でも時間がないや。遅刻しちゃマズイしね」

 まるで芝居がかったように時計を見た貴俊は祐二の肩をポンと叩くと歩き始めた。

 その余裕を見せる一連の動作が祐二を苛立たせた。

(あンのやろぉ…)

 貴俊の背中を睨みつけると祐二は大股で歩き始めた。

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