『君の隣』
 季節『ある夏の一日'09』 P1


「問題を起こすな。溺れるな。集合は午後四時、この場所だ。一分でも遅れたら置いていくからな」

 まるで引率の教師のような口振りで話している青年、その前には落ち着いた雰囲気の少年とソワソワと落ち着きのない少年が二人。

 八月某日、連日の晴天もあり小さな海水浴場は今日も人でごった返している。

 集合場所と決めた海の家の横で、諸注意を口にしている長身で細身の青年は大学生の篠田雅則。

 そして雅則よりやや背が低いが均整のとれた身体、黒髪に端正な顔立ちだけを見れば優等生という言葉がしっくりくる、見た目は大きく違うが雅則の三歳下の弟、篠田貴俊。

 貴俊の横に立ちソワソワと落ち着きがない少年、貴俊との身長差は約二十センチ、茶色い髪と大きなアーモンド形の瞳、どこかやんちゃ坊主の雰囲気だが、これでも貴俊と同い年の東雲祐二。

 その横には祐二とよく似た背格好だが、小麦色の肌に爽やかな短髪はいかにもスポーツ少年、祐二と同じサッカー部に所属している佐藤太一。

「それと……」

 今すぐにでも海に向かって駆け出しそうな祐二と太一は、再び口を開いた雅則にうんざりした顔を向けた。

「こっちの首尾が上手くいったら、お前ら帰りは電車な」

「ハァ!? どういうことだよ、雅兄!」

 家が隣同士で小さい頃からよく知っている祐二にとって雅則は兄のようなもの、昔から変わらない呼び名を口にして黒目がちの瞳で雅則を見上げた。

 長身の雅則と祐二では視線を合わすことが出来ず、雅則は腰を屈めると祐二の顔を覗き込んで人差し指を立てた。

「いーか、よく聞け……」

 諭すように真剣な口調の雅則に祐二もまた真っ直ぐな瞳で雅則の言葉を待つ。

 二人の距離が三十センチほどに近付くと、隣りで様子を見守っていた貴俊の眉がピクリと動いた。

「開放的な夏、普段ガードの固い子もハメを外しちゃったりするかもしれない。陽の沈みかけた海を横目に見ながら海岸線をドライブ、ちょっと美味しい料理を食べて、その後は……」

「その後は……?」

 祐二と太一がゴクッと喉を鳴らし雅則を言葉を待つ。

「ハメるに決まって……アガッ!」

「くだらない話はいいから」

 ニヤリと笑って下世話なことを口にする雅則の脳天に貴俊の手刀が落とされた。

 あやうく舌を噛みそうになった雅則は頭を擦り顔を上げると、貴俊を睨み付けてから祐二と太一に視線を向けた。

 だが貴俊は顔色一つ変えず何事もなかったようにあさっての方向を向いた。

「と、いうわけで……ナンパが成功したらお前ら邪魔だから。お子様は電車で帰りなさい、以上……解散!」

「雅兄、ナンパすんのか?」

「海に男一人でいてどーすんだよ。一人で砂遊びでもしてたらやばいだろう?」

「うん。確かにそれはちょっと引く」

「そういうわけだからお兄さんの健闘を祈ってなさい」

 祐二の肩をポンと叩いた雅則は「じゃっ」と手を上げると歩き出したが、数歩歩くと立ち止まり振り返った。

 振り返った雅則の楽しげな表情に、貴俊の顔は一瞬にして曇ったが二人はそれに気付くはずもなく、振り返った雅則を不思議そうに眺めた。

「祐! お前も一緒に来るか?」

「へっ?」

「ナンパ、したことないだろ? 綺麗なお姉さんとお近付きになれるチャンスだぞ?」

 見た目の良いことを自覚している雅則はかなり自信のある口調で祐二を誘った。


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