【5】
「あっ! 響ー、お前サボってんじゃねぇぞっ!」
突然、裏口の扉が開き大きな声が耳に飛び込んできた。
壁にもたれながらボンヤリしていた響はその声にゆっくりと視線を向けた。
「俺のやることは終わった」
声を聞いて誰だか分かったがその姿を視線の端で捉え、悠斗の姿しかないことを確認すると視線を元に戻した。
新調したばかりなのか黒のスーツはまだ身体に馴染んでおらず、着ているというより着せられているという表現がしっくり来た。
いつもよりも時間を掛けて立てたと思われる明るい茶髪だけが妙に浮いているような気がした響は思わず口元を緩めて小さく吹き出した。
「今、笑っただろっ!」
「笑ってない」
「ぜーーーってぇ、笑った! 就活中の学生みてぇとか言いたいだろっ!」
(いや……そんな学生見たことないよ)
似合っていないと自覚しているらしいが少しだけ勘違いしていることには敢えて何も言わず顔を上げた。
大きな足音を立てて近付いて来る悠斗の顔は初めかなりムッとしていたが隣に並んで立つ頃にはすっかりいつもの表情に戻っている。
「お前、今度の飯……来るんだってな?」
「麻衣さんを独り占め出来なくて悔しいのか?」
「バ、バカ言うなっ! 陸さんがいるのに独り占めなんて出来るわけねぇっつの……」
それでも出来るものならしたいと顔に書いてある。
完璧なまでの横恋慕、一度は玉砕したのに諦めきれずそれでも奪おうとはしない。
負け戦だと分かっていて引く様な男じゃない、ただ好きな人もその相手のことも自分が心から慕っているからこそ一番近くにいられるだけでと現状に満足している。
(恋とか愛とか……俺には分からないな)
一度は愛し合い永遠の愛を誓い合った二人が憎み合い顔を合わせば罵る、そして二人の愛の結晶であるはずの子供に愛していたはずの男を一番なってはならない見本だと毎日のように説く。
気がついた時には恋とか愛とかは小説やドラマの中の物、人間が生み出した空想物としか捉えられない自分がいた。
そして生きていくために感情は邪魔なものだと気付く。
こうやって立っている自分は自分が作り出した空想物の中の自分。
まるで物語を書くように自分を演出し、それを最高の演技で演じればいいと思っていた。
そう、ずっとそう思ってきた。
他人との繋がりを極力避け、ホストとしての自分を頭の中で描いた通りに演じる。
そこに苦痛はなくただそれだけで良かった、はずだった。
ホストとして初めて足を踏み入れたのがこの店だったことは幸か不幸か大きな転機になった。
―5―
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