逮捕されて車に乗せられて連行される犯人ってこんな気分かしら、車窓を流れる景色を眺めながら二時間サスペンスでは、逮捕された後の犯人って映らないなぁ、などと考える。

 逃げられると思ったのに……。
 甘かった、シュガードーナツに砂糖振り掛けて蜂蜜とメープルシロップのダブル掛けよりも甘かった。

 ほんの数分前、確保された自分の姿を思い出すと泣きたくなる。


「自転車か、そうだな」
 頷く彼に見えないように右手で小さくガッツポーズを決めた次の瞬間、拳を握ったままの右手がビキッと音を立てて固まった。
「トランクに乗せれば問題ないだろう」
 そんな瑣末なことと鼻で笑うかのごとく簡単に言い捨てたかと思うと、私の承諾どころか返答も待たずに、さっさと自転車を積み込んでしまった。


 ガタガタとトランクに積まれた自転車が音を立てるたび、久しぶりに耳にした洋楽が簡単に掻き消されてしまう。

「あ、あの……やっぱり自転車乗せたりして車に傷でもついたら……」

 ガタガタと大きな音がするたび、自分の乗っている自転車が彼の車を傷つけているかと思うと、まるで自分が傷つくかのような痛みを感じる。
 不釣合いな自分が隣にいることで、彼を貶めているような気がしてしまうからかもしれない。

「傷? トランクとは本来荷物を運ぶためのものだ。荷物を載せて傷がついたところで何の問題がある。車なんてものはだいたい交通手段の一つだ、汚れるのが嫌だとか傷つくのが嫌だとか言う方がおかしいだろう」

 久しぶりに会う彼はまったく何一つ変わっていなかった。
 彼はやっぱり彼でしかない。
 変わっていないことが嬉しいと思う反面、私が連絡を絶っていたことも、何も告げず姿を消したことも、彼に何一つ影響を与えていないことに、少しだけ寂しさを感じてしまう。

 彼にとって私はその程度の人間でしかないのかな。

 あまりに身勝手な考えが頭の中を占めていけば、自己嫌悪でこのまま車のシートにめり込んで姿を消してしまいたくなった。

「さて、話の前に飯でも食うか?」

 めり込むことも出来ず、ただ助手席で身体を小さくさせていた私は、少し機嫌の良い彼の声に思わず顔を上げた。

 ハンドルを握る彼はこちらを向いてはいなかったけれど、薄暗い車内に浮かび上がる彼の横顔は、さっき再会した時よりもずっと穏やかな顔をしている。

「ご、ご飯は……」

 何ごともなかったようにご飯に誘われて戸惑ったのは私の方、ただ引っ掛かるのは「話の前に」という言葉だった。
 ここでいう話は私が起こした一連の騒動であることは間違いなく、もしかしたらいつも通り近況報告から始まる他愛のない話かもしれないなどと、淡いを期待を抱いてみたりもしたけれど、苦い経験をしたばかりなので甘すぎる考えは丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

「ま、まだ……お腹空いてないかなぁ」

 こんな状況で食事が喉を通るわけがない。
 深く考えたわけじゃないけれど、上手い断りの理由が口から出たことにホッとする。

「そうだな。先に用事を済ませるか。食事はゆっくりした方が美味いしな」
「よ、用事……って」

 軽く言い返されてしまった。
 ちょっとATMに寄ってお金下ろすから、くらいの軽い感じだ。

「一から十まで説明しないと理解出来ないほどお前は頭が悪かったか? それとも少し会わないうちに頭が悪くなったのか?」

 タイミング悪く信号で止まってしまったからか、ずっと前を向いていた彼の視線が初めてこっちを向いた。

「……ッ」

 氷のように冷たい微笑み、上から見下ろすように見つめられているだけなのに、見下されているような感覚。
 メガネの向こうの瞳がまったく笑っていない恐怖。
 心臓が鷲掴みされたようにギュッと痛みを訴える。

「あ、あああ……あの」

 返す言葉を見つけられず、視線を泳がせているうちに、車が再び走り出して自然と彼の視線からも逃れられた。
 ホッとして詰めていた息を吐いても軽くならない息苦しさに思わず胸の辺りを服の上から掴んだ。
 
 逃げたい。
 昔見た映画の中で逃げ出そうとして車から飛び降りるシーンを見たことがある、あれって映画だから出来ることだろうけど実際やったらどうなんだろう。
 流れる景色の早さに道路に落ちた時の衝撃を想像して身震いした。

 諦めるしか……というより、ここまで来たら腹を括るしかない。
 彼のどんな責めにも耐えよう、それから自分の気持ちをきちんと話して分かってもらおう。

 覚悟を決めたらおへその辺りに力が入って自然と背筋が伸びた。


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