アパートへ帰宅していつもなら豊富なラインナップの食料品に心弾ませているはずの夜、風呂に入ることすら面倒でシャワーで済ませた私はベッドにゴロリと横になり、興味もないバラエティ番組をぼんやりと見ていた。

 重い心は一向に軽くなる気配がない。
 口を開けば深いため息ばかりで、それが余計に気持ちを暗くしてまたため息を吐く、悪循環の永久ループに気付きながら止めることも出来ない。

 こういう時、どうしたらいいんだろう。
 明日からはまた新しい一週間が始まる、学生の頃は何だかんだ理由を付けてはズル休みをしたけれど、社会人になった今はそれが出来ない。
 いや、出来ないことはないと思う。
 体調が悪いと連絡を入れれば済む話だけれど、自分が休んだことで誰かに負荷が掛かることを知ってしまっては、気分が乗らないなどの理由でズル休みをする勇気は、社会人なりたての私には持ち合わせていなかった。

 気持ちを切り替えたいな。
 大人ならお酒を飲んで忘れられるのかな。
 お酒の変わりにお菓子ドカ食いとかしたらいいのかな。

 くだらない考えをしては頭を振るを繰り返して、何をするよりも寝てしまうことが一番かもしれない、そう結論を出してテレビを消した時だった。

 音が消えて一瞬の静寂の後、夜の静けさを破る軽快な音楽が鳴った。

「嘘……」

 特別な着信音はわざわざ携帯を確認する必要もなく相手を知ることが出来た。。
 まさか電話が掛かってくるとは思わず、光るディスプレイに表示される名前を見つめたまま手が動かせない。

 向こうから電話が掛かってくることは珍しくない、むしろ彼の暇な時間が分からず掛けても掴まらないということを数回繰り返した結果、自分から連絡を取る時はメールばかりで、メールを打つのが面倒という彼が電話を掛けてくることが多くなった。

 休日でも仕事をすることが多い彼は、日曜の夜に電話を掛けて来てくれることは今までにもあって、特に用がないのに他愛もない話をしているうち、会えない寂しさを紛らせてくれた。

 この電話もそうかもしれない、けど……。

 今日は仕事じゃなかったことを知っている。
 電話に出れば寂しさは紛れるかもしれない、重い心を軽くしてくれるかもしれない、事後報告であっても今日のことを何でもないことのように話してくれるかもしれない。
 心のどこかで期待しながら、最悪の報告を聞くことになったらどうしようと、心が電話に出ることを拒む。

 一つの心の中で激しく葛藤している間にも電話は鳴り続け、そろそろ留守番電話に切り替わってしまいそうになって、期待する心がわずかに勝って慌てて電話に出た。

「も、もしもし……」

 緊張しているせいか、上擦ってしまった声が恥ずかしくて、小さく咳払いをすると、電話の向こうで小さく笑う声がした。

『もう寝てたのか? まだ10時前だぞ、子供か』
「寝てないし!!」
『ムキになるあたり怪しいな』

 私とは反対に機嫌の良い声で彼が笑う。
 声を立てず低く小さく笑う声が好きで、からかわれてムキになれば笑われると分かっていても、眼鏡の奥の瞳を細めながら笑う彼を見たくて、子ども扱いされる悔しさは相殺された。

(でも今は顔見れてないし……)

 声だけではやっぱり寂しい。
 寂しいなんて本人に直接伝えることが出来ないもどかしさが胸の奥でグルグルと渦を巻いていても、本音を隠すことに慣れてしまっていた私の口からはスラスラと別の言葉が出た。

「で、わざわざからかうために電話してきたの?」
『お、からかわれていることは分かったか。少しは成長したのか?』
「別に……成長とか。そんなのいつも分かってるけど、分かってて付き合ってあげてるんだから!」
『はいはい。それはお気遣いどうも』

 本当に可愛くない。
 もっと可愛く出来たらいいのにと自己嫌悪に陥っても、恥ずかしさと妙なプライドが邪魔ばかりをしているのだから上手く行くはずもない。

『今日は何してた?』
「…………ッ、じっ……実家に」

 一通りの掛け合いは終わりとばかりに話題を切り替えた彼の言葉に一瞬言葉が詰まった。

『また食料強奪か? ったく、いつまでも親に甘えてんなよ』
「別に甘えてなんか……、顔見せに行くのは親孝行だから」

 動揺していることに気付いていないのかいつも通り変わらず呆れた声、内心ホッとしながらそんな胸の内に気付かれないように、少し不貞腐れた声で職場の誰かが言っていた言葉を返す。

『親孝行か。まぁ……そうかもな。お前は一人娘だし、ったく高校卒業して就職して即一人暮らしとか。自立は結構だが、おじさんもおばさんも口では色々言っても寂しいだろうしな』

 心からの言葉じゃなかっただけに、感心されてしまうと逆に胸が痛い。
 こういう時こそからかって欲しかったと思いながら、頭の中でずっと考えていたことをチャンスは今しかないと口にした。

「そっちは……何、してたの?」

 知っているくせに、こんな聞き方はズルかったかもしれない。でも、自分から話題を振って問い詰めるなんてことしたくなかった。
 彼からどうでもいい笑い話みたいな感じで話して欲しい、それで私のことだけだって遠回しでもいいから言って欲しい。
 携帯を持っていない方の手を胸の前でギュッと握りしめながら、携帯を耳に強く押し当てた。

『ああ、実家にな。お前も実家に行ってるなら、帰りは送ってやれば良かったな』

 もっと早く連絡入れれば良かったな、そんな風に言ってくれたのにその声はどこか遠くの方で聞こえる。


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