閑話 黄瀬とメル友
風呂上がり、濡れたままの髪をがしがしと拭きながら自室のベッドにダイブするのは黄瀬涼太にとっては習慣だった。
タオルドライが済むまでそうしてごろごろながらケータイをいじる。主にメールのチェックや某呟きサイトの巡回なのだが、今日は少しだけ気になることがあった。
「・・・セツナっちからメール来ないなー」
風呂に入る前に送ったメールの返事が、まだ来ていないのだ。
なにか変なことでも書いたかなー、と送ったメールの内容を確認してみる。
Date 20xx/4/26 20:37
From キセリョ☆
To セツナっち!
Sub こんばんはっス!!
ドリンクありがと!
すっげー美味かったっス!あれどこのメーカー?
「・・・普通だよなー?」
家に帰ってきて夕飯を食べて、軽いロードワークに出たら喉が渇いて。
帰宅したらもらったドリンクの存在を思い出してちょっと警戒しつつ・・・本当は人から貰ったものはなるべく口にしないようにマネージャーから言われているが、まぁ黒子の友達だし誠凛の女子マネだしいっか、と・・・一口飲んでみたら、本当にびっくりするほど美味しかったのだ。スポドリは何種類も飲んだことがあるが、こんなすっきりした甘さで体に染み入るのが実感できるドリンクは初めてで。セツナは「リコ先輩のお墨付き」だと言っていた。リコ先輩、というのはあの女子高生カントクのことだろう。流石にイイものを知っているなと感心したのだ。
レモンの風味が強めで、それがまだ黄瀬の好みど真ん中。
だからメーカーと商品名を教えてもらって、今度から常飲しようと思ったのに。
センターに問い合わせて新着メールを確認してみる。
新着、0件。
「こねーし」
少しすねた自分に気づいて気まずくなった。
なんだ。
今まで女の子からのメールを待ったことなんてなかったのに。
オレらしくねっス。
口をへの字に曲げてケータイを放り投げ、髪にトリートメントをつけてドライヤーのスイッチを入れる。ゴォォォ、と一番強い風力で荒っぽく乾かしながら、ちら、ちら、とケータイを見た。
こない。
ハァ、とらしくないため息を溢しあらかた乾いた髪に櫛を通す。
仮にも黄瀬はモデルだから手入れはすればするほどいいのだろうが、今日ばかりは時間稼ぎも入っているように思えた。
「あーもー!今日中に返信くれないと明日買えないじゃないっスか!!」
ぎゃん!と騒いだとき、ピロリン♪とメールの受信を知らせるランプが光る。
櫛を放り出してケータイに飛びつくと、待ちに待っていた人物からのメールで一気にテンションが上がった。
Date 20xx/4/26 21:46
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub こんばんは
お返事遅くなってしまってすみません。
ドリンク、お気に召していただけて光栄です。市販のものではないので、レシピだけ送らせていただきますね。
・ミネラルウォーター 1L
・砂糖(蜂蜜でも可) 80g
・クエン酸 小匙1.5
・レモン果汁(風味用) 一個分
・塩(岩塩が好ましい) ひとつまみ
上から順に加熱しつつ混ぜていくだけです。あ、沸騰はさせちゃダメですよ。あとはお好みで調整してください。
レモンだけじゃなく、柑橘系の果汁だったら合うそうですよ(*´`*)
「・・・・・へ」
もう一度メール文を読み直してみる。メーカー品じゃ、ない。・・・手作り?
「う、わー。マジで!?誠凛はスポドリまで作ってんスか・・・」
てことは。
手元に残されたペットボトルに半分ほど残ったドリンクを見る。
これは、セツナが作ったのか。
「・・・おぉぉ・・・」
無意味に歓声が漏れた。一見そこらへんにいるごくごく普通の、平凡を絵に書いたような、妙に地味な雰囲気のするあの気弱そうな少女を思い出す。不可思議な言動は黒子に似たところがある、でも黒子よりもっと色々小さな子。
思わぬ長所発見、といったところだろうか。
Date 20xx/4/26 21:49
From キセリョ☆
to セツナっち!
Sub 手作り!?
マジっすか((((;゚Д゚))))
セツナっちすげーっスね!器用なんだヽ(*´∀`)ノ
ピロリン♪
Date 20xx/4/26 21:51
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub Re:手作り!?
そんなことないですよ。思ったより簡単です。冷ます時間がかかるので、お暇なときに作ってみてください(*´`*)
黄瀬さん、舌が肥えてそうだから本当にお口に合って良かったです
Date 20xx/4/26 21:55
From キセリョ☆
to セツナっち!
Sub 本当に美味しかったっスよー!(*´∀`*)
いやいやオレには無理っス!キッチンに立つ時間があったらバスケしたい(笑
てか、黄瀬さんて(´ε`;)セツナっち同い年でしょー!?涼太でいいっスよ?敬語もいらないし。セツナっちだけ特別♪
ピロリン♪
Date 20xx/4/26 22:04
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub Re:本当に美味しかったっスよー!(*´∀`*
ありがとうございます。では、涼太さんで。すみません、今まであまり同年代の男の子と話す機会がなかったもので・・・なにか気に障ってしまったらすみません。
・・・違いますね、えと、ごめんなさい。
特別はいつか大切な子のために取っておいてあげてね(*´`*)
「ぶっはっ」
思わず吹き出した。
こういう反応は初めてだ。涼太でいいよ、と言えば女の子は大抵喜んで、甘ったるい鼻にかかった声でりょうたぁ、と呼んでくるような子がほとんどだったのだ。
しかもさん付け。人気沸騰中のモデル、黄瀬涼太の特別を、いらないと言う。
そんなところまで黒子に似ているのか。
「やべーセツナっちおもしれー」
くつくつ笑いながら、ベッドにごろりと横になる。
ぽちぽちとメールを打つのが楽しくなってきた。そういえば、こうしてプライベートでメールのやり取りをするのは久しぶりだ。帝光時代でも、青峰はあまり返してくれないし黒子だって返してくるのは淡白な文面で、時々寝おちて返ってこない。緑間は一応律儀に返信してくれるが、一言だけの時がもっぱらだ。
紫原と赤司も・・・言わずもがな。
高校になってからは誰とも、ほとんどメールしなかった。
元来黄瀬は筆まめな方だ。返事が返ってくれば楽しくて、また新たにメール作成画面を呼び出す。
Date 20xx/4/26 22:07
From キセリョ☆
to セツナっち!
Sub 真面目っスね〜
涼太さん・・・初めて呼ばれる呼び方っス!新鮮〜いいね(*≧∀≦*)
ところで、セツナっちはどうやって黒子っちと仲良くなったんスか?
黒子っちって、自分から女の子に話しかけるタイプじゃないし・・・気になってるんだよね〜ピロリン♪
Date 20xx/4/26 22:16
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub Re:真面目っスね〜
黒子くんとは、新歓のとき私が落としたハンカチを拾ってくれたのが初めてだったよ。その時、私ちょっと怪我しちゃったんだけど、水飲み場まで案内してくれて。それから同じ部活なんだって分かって、クラスも同じで・・・私ラッキーだったの(*´`*)
Date 20xx/4/26 22:19
From キセリョ☆
to セツナっち!
Sub Re:Re:真面目っスね〜
へー!そうだったんだ!黒子っちらしいっス(((o(*゚▽゚*)o)))
黒子っちってすごいよねー!オレ最初会った時あまりのウスさに見つけらんなかったっスよ・・・でもプレー見たらすごくて!ありえねーって!!マジそんけーっス!!O(≧▽≦)Oピロリン♪
Date 20xx/4/26 22:22
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub Re:Re:Re:真面目っスね〜
うん!黒子くん本当にすごいよね!私高校からバスケ部入ったんだけど、あんなにドキドキしたの初めてだったよ。魔法みたいなパス!かっこいいよね(*´`*)
「お!?」
ここに来てセツナの文面が沸き立った。黒子のことを格好良いとまで言っている。
もしかして?
黄瀬はにやりと笑ってすぐさま返信した。
Date 20xx/4/26 22:25
From キセリョ☆
to セツナっち!
Sub ( ゚∀゚)!
もしかして、セツナっちって黒子っちのこと好きなんスか〜!!?
ピロリン♪
Date 20xx/4/26 22:32
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub Re:( ゚∀゚)!
好きですよ?黒子くんは私の憧れです(*´`*)
黒子くん始め、火神くんや誠凛の先輩たちや、同級生も、みんな素敵な人ばっかりで、私にはもったいないくらい・・・もちろん、涼太さんも素敵です。日向先輩から聞きました。次、誠凛と海常が対決するのはI・Hですよね。
これを言うのも変かもしれないけど、お互い、頑張りましょうね「・・・セツナっちってもしかしたら恋愛経験値ゼロ?」
返ってきたメールをまじまじと読み直して、そう思った。
普通この年代で好きや嫌いと言えば、いわゆるソーユーことではないのだろうか。だがセツナの文面からは一切そういう色めき立った雰囲気は読み取れない。
本当に、憧れ。
メールの一文をもう一度読む。
「涼太さんも素敵です」
・・・純粋に、嬉しいなと思った。
女の子からの、色恋ではない透明な好意。むずがゆく、じんわりと胸をくすぐる。
「・・・黒子っちが大事にするのも分かる気がするっスわ」
誠凛に乗り込んだとき、セツナをかばうように黄瀬の前に立ちはだかった黒子を思い出す。あの時はまだセツナのことを黄瀬の周りに群がる女子と同じものだと思っていた。
黄瀬に気のないフリをして意識してもらおうとする女子ももちろんいる。その類かと思っていたのだが・・・違かった。セツナはそのまま、あの態度のまま本当に、黄瀬に・・・突如目の前に現れた芸能人に対してごく普通に困惑していただけだった。
それが分かった今では、黒子のあの態度の意味もわかる。最初、黒子がセツナを友達だといった時にはまるで黒子が彼女に取られてしまったような、そんな一抹の悔しさと寂しさを感じていたが、てんで見当違いだった。
黒子は、本当にセツナを大切な友達だと思って、そして大事にしているのだ。
・・・今のところは、そう見える。お互いを尊敬して大事にして。
それは火神と黒子の関係ともいくらか似ているように思えた。少し、羨ましい。海常において黄瀬にはそう思える相手が、まだいない・・・
しばらく、悩んでからぽちぽちと文字を打ち込んだ。
Date 20xx/4/26 22:57
From キセリョ☆
to セツナっち!
Sub ちょっとお願いがあるんだけど
オレと、メル友になってください送信完了の画面を確認して、すぐにケータイを放り投げた。
天下のキセリョが、女の子に「メル友になってください」だって!青峰あたりが知ったら爆笑してそこらへん転がりまわりそうだ。
でもだって、やっぱり少し、黒子が羨ましくて。
返信が来て欲しいような、でも返事は欲しくないような。複雑な感情を押し込めて頭から布団を被った。
ピロリン♪
「っ!!」
Date 20xx/4/26 23:02
From セツナっち!
to キセリョ☆
Sub Re:ちょっとお願いがあるんだけど
私でよければ是非(*´`*)
「・・・しゃあ!!」
ベッドの上でガッツポーズをした途端、目覚まし時計に拳があたって派手に落としてしまった。それも気にならないほど、黄瀬の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
それから何通かやり取りしたあと、今日のところは夜も遅くなってきたのでひとまずおやすみメールを送ってケータイを閉じた。
でも、これで。
もしかしたら、黄瀬もセツナと仲良くなれるかもしれない。
黒子とセツナのような関係にはなれなくても、彼女とすこしは近いものになれるかもしれない。
彼女と黒子は根底が似ているのだから、そしたら。
黒子が言ってたあの言葉の意味も、わかるだろうか。
次第にうとうとしだした意識の中で思う。
今日は試合に負けて心底悔しかった。でもそれは、きっと必要なことだったんだ。
そう素直に思えたのは、彼女と黒子と・・・黄瀬の傲慢を砕いてくれた、火神のおかげかもしれないから。
次は負けないっス。
完全に落ちた夢のなかでも響く、ボールの弾む音。六つが七つになって、七つが八つになって・・・楽しくて気持ちよくて。
バスケがしたい。
もっと、もっと。
つよくなりたい。
もっと。
・
・
・
聞こえだした黄瀬の寝息はとても穏やかだった。
・*・*・*・
黄瀬からきた就寝を知らせるメールに「おやすみなさい」と返してから、セツナは緊張してうっすら汗ばんでいた手のひらを開いた。
まさか、今日すぐにでもメールが来るとは思わなくて。
だって相手はあの、大人気モデルでキセキの世代でもある黄瀬涼太なのだ。
「メル友になってください」と来た時には本当にからかわれているのかとも思ったが・・・でも、それまでの文面や、今日のストバスでの黄瀬の笑顔を思い出すとそういうことでもない気がして。
「・・・また、お友達が増えた・・・のかな」
ゆる、と頬がゆるむ。
バスケ部に入ってから・・・、いや、黒子と出会ってから。
セツナの世界は確実に広がって、それは際限なく続いていくような気がしている。中学時代からは考えられないことだ。
運動部のマネージャーをして、尊敬する先輩とチームメイトがいて。毎日が楽しくて。
「誠凛に来て、よかったぁ」
ぼふ、とベッドに沈み込む。
今の自分は、少しだけ好きになれそうだ。
prev /
next