お試し黒ばす | ナノ

黄瀬の笑顔


黒子がいない。

泣きながら「二度と来んな!」とフライパンを構えたステーキボンバーの店主に丁寧に頭を下げてから気づいたそのことに、セツナは慌ててケータイで黒子に電話をかけた。
メンバーも黒子の不在に気付きざわざわと困惑する中、プルルル、と呼び出す音が鳴る。
・・・出ない。
もしかしたらマナーモードになっているのかもしれない。
とりあえず周囲を探すが、影も形もなかった。


「黒子ーー」
「あいつケータイ持ってねーのかよ」
「さっき掛けたんですけど、マナーモードになってるみたいです」
「つっかえねー!!てかすぐフラフラ消えるって・・・子犬か!」
「それより早く見つけましょ!逆エビの刑はそれからかな!!」
「逆エビ・・・あの、リコ先輩、黒子くんは仮にもケガ人ですから優しく・・・!」


え?なに?と振り向いたリコは青筋を浮かべた笑顔だった。
黒子の逆エビは避けられない確定未来のようである。


「・・・えっと、あっち側見てきます。たしかこの先にストバスコートがあったと思うんで、もしかしたらそこにいるかも。黒子くんですし」
「分かったわ。じゃあ私たちはこっち側探すわね。見つけたら連絡して!」
「分かりました!」


リコに見送られ、セツナは走り出した。だが直後に、腰痛めてんだから走るな!!と怒号が飛んできて、慌てて早歩きにシフトチェンジする。
リコの怒号には反射的に従ってしまう癖がついていた。


「どこ、いったんだろう・・・」


キョロキョロと見回しながら一時目的地のストバスコートに到着し、とりあえずぐるっと一周してみると・・・そこには何故か綺麗な金髪が見えて。

・・・居た。
黄瀬と、黒子。そういえば二人は同じ中学校でチームを組んでいたのだ。それが高校で別になって。声をかけようと挙げかけた手を、なんとなく下ろす。
二人を囲む重い空気に、思わず駆け寄る足取りも止まった。



「・・・なんで、全中の決勝が終わった途端姿を消したんスか」
「・・・!」


風に乗って聞こえた黄瀬の声に、びくりと体が震えた。
姿を消した。黒子が?
それ以降の会話は、ストバスコートに集まっている高校生たちの声に紛れてうまく聞こえなかった。でも、話を聞こうと近くに行くのは・・・たばかられて。
時折聞こえる黒子の声と、黄瀬の声。
「方針に疑問」「勝ってなんぼ」「バスケが嫌い」「分からない」・・・繋がらない断片的な会話がひどくセツナの心を乱した。


「おい、何やってんだ眞城。黒子見つけたら連絡しろって監督に言われただろ」
「っ、火神、くん・・・でもその、あれ・・・」
「あ?」


背後から急に声を変えられどきりとしたが、それが火神であると分かり一気に緊張が解けた。それと同時に、安堵感が寄せてくる。
大丈夫だ、火神が居たら。
そんな根拠のない自信が湧いて、相変わらず何か話している二人を指差した。


「けどひとつ言えるのは、黒子っちがアイツを買ってる理由がバスケへの姿勢だとしたら・・・」


急に風が吹いて、声が通る。


「黒子っちとアイツは・・・いつか・・・決別するっスよ」


どうしてそんなところだけ聞こえてしまうの。
踏み出しかけた一歩をとどまって、セツナは無意識に火神の袖を掴んだ。不安がまた押し寄せてくる・・・決別って、なんだろう。黒子と、火神が。けつべつ?
どうして?
足場が揺れるような感覚に襲われて、肩にかけたバッグがずしりと重しのように思えた。

・・・そのセツナの頭を、火神の大きな手のひらが覆う。
じわりとした暖かさが染みて、うるみそうな瞳で火神を見上げた。
大丈夫だとでも言うように火神の手がぐしゃぐしゃとセツナの髪をかき混ぜて、そして悠然と二人に近づいていく。
歩きながら腕を振り上げて。


「・・・ちょっと待って、火神く」
「テメー何フラフラ消えてんだよっ!!」


バシコッ!!
聞こえた打撃音に涙も引っ込んだ。
頭を抑えてうずくまった黒子に血の気が引いて、思わずバッグを落として駆け寄る。


「くっ黒子くん大丈夫!?傷開いてない!?」
「だい、じょうぶです・・・それより眞城さんも、走って大丈夫なんですか」
「え、・・・あ、イタタタ」


ズキッと走った衝撃にへたりと黒子の隣にへたりこんだ。
頭上で火神と黄瀬が言い合っているが、なぜだか急に騒ぎ出したストバスコートの音に邪魔されて正直耳に入ってこない。
思い出した痛みは地味に続いて、黒子の手を借りて近くのベンチに腰掛ける。


「ごめんなさい、ありがとう」
「いえ、ボクこそ・・・」


はにかんで礼を言うと、黒子も微笑んでくれた。
だがセツナが腰掛けたベンチの真後ろにあるフェンスにガシャン!!とバスケットボールが打ち付けられ、黒子の表情は暗く一変した。
急な音にびっくりして固まったセツナが、ふら、と黒子が歩き出すのを止められるわけもなく。



「え、ちょ、黒子くん?」
「・・・?」
「あれ、そういえば黒子っちは!?」


三人が黒子の動きに気づいたときには既に、コートの取り合いで暴力沙汰になっていたストバススペースの真ん中に居て・・・回転を加えたボールを相手の鼻先に押し付けていた。


「どう見ても卑怯です」
「アッツ・・・!?」
「てかなんだテメ・・・どっから湧いた!?」
「そんなバスケはないと思います。なにより暴力はダメです」
(なぁぁぁにをやっとんじゃー!!!)
(黒子っち〜!!?)


唖然とした火神と黄瀬に、なぜだかセツナの方が申し訳なくなった。
小さく、ごめんなさい、と呟いてみる。小声で呟いたつもりだったが、ふと、黄瀬がこちらを向いた。


「あれ、えっと、・・・セツナちゃんだっけ?」
「はい」
「居たんだ」
「実は、いました」
「・・・そっか、チョード良かったっス、これ持ってて」
「え、あ」


ぽい、と投げられたのは黄瀬の上着と鞄だ。それを見ていたらしい火神が「お前ウチのマネージャー勝手に使うんじゃねーよ」といいながら、やはりセツナに向かって上着とバッグを投げる。仕方なく、上着は畳んで重ねバッグはベンチに置いた。
ついでに黒子の分も同じようにして、やっと落ち着いて5対3で始まったコート取り合戦の行方を見守る。
圧倒的な力量の差だが、それでも三人のプレイは見るものを惹きつけるものがある。


「・・・かっこいいなァ・・・黒子くんも、火神くんも・・・黄瀬さんも」


あっという間に相手を瞬殺して悠々と返ってきた三人に「お疲れ様です」とだけ言う。おぅ、と返してくれたのは火神で黒子はただ微笑んでいた。黄瀬、は・・・
どこか、すっきりした顔をしていて。


「オマエは!何を考えてんだ!!あのままケンカとかになったら勝てるつもりだったのかよ!?」
「いや100%ボコボコにされてました。見てくださいこのチカラコブ」
「テメ・・・ッ」
「火神くん抑えて・・・」
「黒子っちってたまにすごいよねー」
「同感です。でも、こっちは肝が冷えるよ・・・あんまり無理しないで、黒子くん」
「すみません・・・それでも、あの人達はヒドイと思いました。だから言っただけです」


反省した様子を見せつつ、でも一切後悔はしていない様子の黒子に黄瀬はその目を見開いていた。

思えば、そうだ。
この影の薄い元チームメイトは、いつだって真っ直ぐで。
大人しそうな外見の割に結構言うことキツくて。
でも、・・・誰より、優しくて強かった。
大事な。大事な・・・友人のひとりだった。

それは今も変わらないと、思っていいんだろうか。
手のひらで受けた黒子のパスは、帝光にいた時と変わらず黄瀬に力をくれた。
それが、例え一時的なものでも・・・嬉しかった。



「・・・じゃっ、オレはそろそろ行くっスわ。セツナちゃん、鞄ありがと」
「あ、いえ」


受け取った鞄を軽く感じて、自然と笑みがのぼる。


「最後に黒子っちと一緒にプレーできたしね!」


晴れやかな黄瀬の笑顔はまるで、憑き物でも落ちたようで。
セツナはふと、黄瀬の写真集を思い出していた。どんなに綺麗な服を着てどんなに格好良いポーズを決めて撮った素晴らしい写真でも。
今の、今の黄瀬の笑顔が一番素敵だと思った。


「・・・黄瀬さん!」
「ん?」


喉渇いたー、とぼやきながら去っていこうとした黄瀬に、思いついてぽんっとペットボトルを渡した。手持ちにあったのは今朝作ったあのドリンクだけだったが、リコに太鼓判を押してもらったものだから大丈夫だろう。


「差し上げます。リコ先輩のお墨付きです」
「・・・どうもっス」
「それと」


火神と黒子が不思議そうな顔をしているのに謝りつつ、ゆっくり黄瀬の近くに歩いた。


「・・・実は私、黄瀬さんの写真集持ってるんです」
「、へぇ、オレのファン?」
「に、さっきなりました」
「どういうことっスか」
「バスケしてる黄瀬さんが、一番素敵だと思ったんです」


セツナはゆるりと微笑む。
黄瀬は訝しげに眉を寄せたまま、セツナの話に耳を傾けていた。


「黒子くんと、“一緒に”プレイできて、嬉しかったんですよね」
「・・・ま、そりゃ、チームメイトだったし」
「先ほどの練習試合は、どうでしたか」
「え?」
「楽しかったですか?」


セツナの言葉は、端的に黄瀬の中に入ってきた。
試合。生まれて初めて負けた、・・・試合。楽しかった?そんなわけ、ない。


「・・・負けて楽しいとか、ないっスよ」
「じゃあさっきのストバスは?」
「・・・何が、言いたいんスか」
「バスケは、チームプレイです。私はまだバスケを知って日が浅いけど、火神くんと黒子くんのおかげで、その意味をこの目で確信してます。さっきの黄瀬さんは楽しそうでした。バスケをして、楽しそうでした。それは、黒子くんとチームプレーをしたからじゃ、ないんですか」
「・・・」
「海常では、バスケは楽しいですか?」


軸を隠したようなセツナの言い回しは、されど深く心に残った。

バスケ。楽しい?
そりゃ、楽しい。ボールを貰ってシュートを決めて。勝って。
でも。

・・・帝光で、初めて試合に出た時のような・・・血が沸騰するような気持ちは・・・

はた、と考え込んでしまった黄瀬に、セツナはすこし寂しそうに俯いた。


「余計なこと、言ってしまったかもしれません。でも、私、黄瀬さんが黒子くんとバスケしているのを見て、楽しそうだなって・・・素敵だなって、思ったんです」


悩ませてしまってすみません、と頭を下げたセツナのつむじを、黄瀬はぼんやりと見た。
この子は、少し。
黒子に似ているような気がする。
外見や思考や、そういったものではなくてもっと・・・根底、のようなものが。

気付いたらなんだか居た堪れなくなってきた。


「・・・あー・・・セツナ、ちゃん」
「はい」
「なんか、メモ用紙?みたいなの、持ってないっスか」
「あ、あります、けど」
「ちょーだい」


受け取った手帳の切れ端に、番号とアドレスを走り書く。
なんだか急に照れくさくなって、誤魔化しついでにサインも書いてみた。


「これ、あげるっス」
「え?これ・・・」
「オレのケータイのアドレスと番号。・・・ごめん、実は前教えたの、流出用のフェイクなんス。こっちが本物」
「えっ」


セツナが驚いて手帳の切れ端をまじまじと見る。それから黄瀬の顔色を確認して、どうしてですか、と問いかけた。


「セツナちゃんのこと疑ってた。色々と。でも、なんつーか・・・黒子っちと友達なの、本当なんだなーってしみじみ思って。嘘教えたの、悪かったなって・・・」
「そんな・・・気にしてません」
「オレが気にするッス!だから、その・・・」


本当に教えてよ。黒子っちと友達になった経緯とか。

消え入りそうに言った黄瀬の言葉は、それでもしっかりとセツナの耳に届いた。
それはモデルの黄瀬涼太でも、キセキの世代黄瀬涼太でも、なく。
どこにでもいる普通の男子高校生の、黄瀬涼太の言葉。


「・・・はい」


にこ、とセツナが微笑んだのを確認して、黄瀬もようやっと眉間の皺を消してゆるく口の端を上げた。
こみ上げた安堵と照れくささと、いろんなものをひっくるめてじゃあ、と手をあげ踵を返す。


「あ!あと火神っちにもリベンジ忘れてねっスよ!予選で負けんなよ!!」
「火神っち!!?」
「黄瀬君は認めた人には『っち』をつけます。良かったですね」
「やだけど!!」
「じゃあーねー!!黒子っちー火神っちー!それと・・・セツナっちもねー!!」
「・・・え」


ぱちくりと瞬きして驚くセツナの肩を、黒子がぽんと軽く叩いた。
まさか、セツナにまであだ名がついていたとは。


「黄瀬くんに、何を言ったんです?」
「バスケを・・・楽しそうにチームプレーをしている黄瀬さんが、一番素敵ですって・・・それだけ、だと思うんだけど」
「そうですか。・・・彼に気に入られたみたいですね」


ご愁傷様です、と若干からかうように言う黒子は少し珍しくて、思わず15cm高いところにある水色の瞳を見つめた。
ゆらゆらゆれるその色は、なんだか嬉しそうにも見えて。
あぁ、黒子くんも楽しかったんだなぁと、妙に納得した。

その後すぐリコに見つかり無事(?)黒子への逆エビの刑が執行された後、一同はやっと誠凛への帰路に着いたのだった。




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