お試し黒ばす | ナノ

vs海常B


(黒子視点)


ダムダム、とボールのバウンドする振動が床越しに伝わる。
それと火神君の声。先輩達の声。体育館にこもる熱気と、時折頬に触れる冷たい布の感触。それと、甘いバニラの香り。
シェイクと同じようで少し違う、でもいつだか嗅いだことのあるその香りを追うようにふっと意識が浮上した。
朧げな視界にふわりと黒が揺れて、それと同時にその黒がぐっと近寄ってくる。


「くろこ、くん?」


小さくて優しい声が心配そうにボクの名を呼んだ。
だんだんクリアになる意識で彼女を・・・眞城さんを、認識する。既視感のある甘いバニラの香りは彼女のものだった。
彼女の黒い瞳が僅かに潤んでいる。なぜだろう。そこまで考えてズキリと傷んだ頭に、試合中に負傷してしまったことを思い出した。
だから彼女が泣きそうなのか。

・・・泣かないでください。

言葉は声にならずただ息が漏れる。
かわりに彼女の名を呼んだ。


「眞城さん」


ぱ、と彼女の顔が明るくなって、その冷たくて小さな手のひらがぺちぺちと軽くボクの頬を叩く。
大丈夫?大丈夫?としきりに心配されるれ、大丈夫です、の意を込めて彼女の手を掴む。ほっとしたように顔を緩めた彼女に何故かこちらまで安堵した。

ー・・・そうだ、試合。
状況を理解しようとぐるりと目玉を動かし、スコアボードを見る。誠凛が、負けていた。
まだ少しぼんやりする頭でカントクの背中を見るとぼそりと呟く声が聞こえて。


「・・・前半のハイペースで策とか仕掛けるような体力残ってないのよ。せめて、黒子君がいてくれたら・・・」


ボクが。ボクが試合に出たら。
海常に勝てますか。

キセキに。
黄瀬君に、勝てますか。

ぐ、と体に力を入れて起き上がる。慌てたように背中を支えてくれる眞城さんの、握り締めたままだった手をそっと開放して。


「・・・わかりました」


くら、と一度歪んだ視界を頭を振って払い、驚いた顔をしているカントクに向き直る。


「おはようございます・・・じゃ、行ってきます」


立ち上がる間際、眞城さんがまた泣きそうな顔をしていた。
彼女にそんな顔をさせているのが自分であると自覚はあるが、ここで、倒れたままではきっと。
日本一になんてなれない。
キセキを・・・黄瀬君を倒せない。

僕たちが日本一になるのをその目でみたいと言ってくれた彼女に、応えたいから。


「いや・・・いやいや何言ってんのダメ!ケガ人でしょ!!てかふらついてるじゃない!!」
「今行けってカントクが」
「言ってない!たらればが漏れただけ!」
「じゃ、出ます。ボクが出て戦況を変えられるなら、お願いします。・・・それに」


コートで走る、火神君を見る。


「約束しましたから。火神君の影になると」


困惑した表情を浮かべるカントクと、チームメイトたち。
そして彼女。その全部を背負うつもりで、もう一度カントクにお願いします、と言う。
ため息をこぼされた。


「・・・わかったわ・・・!ただしちょっとでも危ないと思ったらスグ交代します!」
「・・・」


カントクの言葉に、ほっと胸をなで下ろす。うつむいてしまった眞城さんには申し訳ないけど。
一度包帯を巻き直してもらいながら、じ、とコートを見据えたとき・・・ぐいっと差し出された小さな缶に、少しだけ驚いた。


「眞城さん」
「貧血、防止。効果は保証するから」
「・・・止められると、思いました」
「止めないよ・・・。だから、これだけ飲んでって」


渡された缶には、「超速攻!鉄分補給!〜血液の足りていないあなたに〜」と書かれていた。


「・・・ありがとうございます」


カントクを見て飲んでもいいか確認してから、受け取りプルタブを開けて中身を干す。
トマトに似た酸味が喉を通ると意識がスっとまっすぐになった。

反撃、開始だ。






・*・*・*・





コートに黒子が復活して、ゲーム展開はまた誠凛側に流れ出した。
2Q分、丸々二十分抜けていたことにより黒子のミスディレクションが効果を取り戻しパスが周り始め、日向の3Pも外れずネットを揺らす。
差が、縮まる。


「嘘だろ・・・」
「同点・・・!!」
「誠凛がついに追いついた!!」


場が湧き上がり、海常側に戦慄が走る。
その中で、ひとりスっと冷たい目をした人物が居た。


――・・・同点。

その事実を認識した黄瀬の雰囲気が変わる。
火神が感じたゾワリとした殺気がそのまま動き出し、黒子のパスをカットしてゴールに叩き込んだ。


「オレは負けないっスよ・・・誰にも、黒子っちにも」


キセキの世代。
その呼び名は伊達じゃない・・・ゆらりと動く彼の長身からにじみ出る闘志に、誠凛はごくりと生唾を飲んだ。


「やべぇな・・・全員気ィ入れろ。こっから試合終了まで第一Qと同じ・・・ランガンだ!!」


両方のベンチから、両方の監督から、そしてきつく噛んだセツナの唇からも声援がほとばしった。


「・・・ディフェンス!!」
「守れ!」
「ソッコー行けぇぇ!!!」


残り二分、スコア誠凛91対海常93。


「回れ回れ!!」
「リバウンドォ!!」
「走れー!!!」


残り三十秒、スコア誠凛95対海常98。
日向の3Pがゴールに吸い込まれ、残り十五秒――・・・


「うわぁぁまた同点!?」
「っの、しぶとい・・・っ!トドメさすぞ!!」
「時間ねぇぞ当たれ!!ここでボール獲れなきゃ終わりだ!!」


残り十秒・・・


「守るんじゃダメ!攻めて!!」


リコの咆哮が誠凛チームの背中を蹴り飛ばし、皆死に物狂いでボールに飛びかかる。笠松の3Pを火神が叩き落とし、飛べなかった日向も必死にそのボールに食らいついた。

光と影が走る。

その前方に構えるは、壁―・・・!!


「黄瀬、涼太・・・!」


思わず呻いたセツナの声は誰にも届かず霧散する。
黄瀬を相手に、黒子はおろか火神だって、ひとりでは手も足も出ない。
でも二人なら。

残り、三秒

黒子が大きくゴール前にボールを弾く。
パスミスかと思われたそこに火神が走り込んだ。

アリウープ
残り二秒


「させねぇスよ!!」


驚異的な瞬発力で回り込んだ黄瀬がブロックに飛ぶ。
でも、火神の方が、宙を飛んでいた。

残り一秒


「テメーのお返しはもういんねーよ!なぜなら・・・」

「・・・ッいけぇぇぇぇ!!!」

「これで、終わりだからな!!!」


ガヅンッ・・・!!ビィィー!!!
セツナの咆哮と、ブザービーターと、火神のダンクシュートと。
すべてを抱きこんだ一秒が刻まれた。

静寂、


「・・・うわぁぁぁぁ!!!!誠凛が!!?勝ったぁぁぁぁあ!!!!!」


のち、歓喜の雄叫。ホッと息を付いたリコの腕にすがりついて、セツナはわぁわぁと騒がしくなった誠凛ベンチでボロ泣きした。


「がぢっ、勝ちましたよリコ先輩〜っ!!」
「うんうんそうね!勝ったわねっ!!」
「よ、良かったでずぅぅ・・・」
「って、泣きすぎよセツナちゃん!?もぅっ・・・あ、降旗くんちょっとタオルとって!セツナちゃんが重症!!」
「えぇ!?」


べそべそと涙を拭うセツナの目元を抑えつつ、リコもじわじわと湧き上がる喜びをそのまま表情にした。
まさか本当に、勝てるなんて。
負けるつもりは毛頭なかったが、それでも必ず勝てると盲信していたわけでもない。
今日の勝利は本当に嬉しかった。でも、いつまでもこうしているわけには行かない。べそべそ泣く後輩マネージャーの鼻をぎゅっとつまんで(ふぎゅ!とか聞こえたが無視)、コートで整列する選手たちを見つめる。
リコの視線に気づいたのか、セツナも赤くなった目元を隠しながらコートを見た。

ぽろり。
泣いていたのは、セツナだけではなかった。

あれ、あれ、と自分では止められない涙を拭いながら、黄瀬がその背中を丸めている。
外野からたかが練習試合なのに、という言葉も聞こえるが・・・セツナと正反対のその涙にだって、色々な気持ちがこもっていることは見てわかった。
すん、と鼻をすすり、セツナはコートを見やる。
嬉しそうな反面、どこか複雑そうにも見える火神と黒子と・・・そして笠松に蹴られながら足取り重そうに整列する黄瀬を、黙って見つめた。



「整列!100対98で誠凛高校の勝ち!」
「「ありがとうございました!!」」




 





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