vs海常A
ベンチに戻ってきた火神がリコに黒子と連携して攻めることを提案し、リコもそれを了承して。渡したドリンクが空になって返ってきたのを補充しつつ、セツナは僅かに潤んでしまった目元に気づかれないように後ろを向いた。
どんな感傷に浸っても、マネージャーの仕事はしっかりしないといけない。
新しいボトルを準備して振り返ったとき、黒子と火神がお互いの脇腹に手刀を食らわせあっているのを見て少しだけ羨ましくなった。仲いいなぁ。
いや、それは今気にすることじゃない。
逆襲ヨロシク!と選手たちを送り出したリコの後ろで、セツナは思い切り息を吸った。
「・・・一本!」
響いた声に、火神と黒子、そして日向と伊月と水戸部も振り返ってくれる。
じわ、と嬉しくなった。
「おう!」
返された返事と魅せられた背中に、感じるのは頼もしさだ。
始まった第二Q、火神の作戦は功を奏し黒子との連携で黄瀬を抑え始めた。日向の3Pも決まり黒子のスティールも決まり、ここでやっと流れが誠凛に盛り上がってきている。
甘い考えだとは分かっている。それでも、もしかしたら。このまま勝てるかしれない、セツナの頭にそんな思いが過ぎった。
だが
「ーッ黒子くん!!」
火神に弾かれたボールを追おうと振り切った黄瀬の腕が、黒子の額を直撃した。
ヒュッと喉がなり黒子が倒れる様がまるでスローモーションのように見える。コートに飛んだ黒子の血を認識した瞬間、セツナは弾かれたように救急箱を手にコートに飛び込もうとした。が、リコに制された。なぜ、と目で問うもリコも焦っているようで、レフェリータイムのホイッスルがなると同時にセツナの手を引いて走り出す。
コートは一時騒然となった。
「血が・・・!!」
「大丈夫か黒子!?」
「フラフラします・・・」
「セツナちゃん救急箱!!」
「はいっ!・・・黒子くん立っちゃダメッ!てか動いちゃダメ!!」
よたりながらも立ち上がって試合続行を希望する黒子の額をタオルで抑え、セツナはなんとかもう一度黒子を座らせようとした。火神も心配そうに近寄ってきた。
「おい・・・大丈夫かよ!?」
「大丈夫です。まだまだ試合はこれからで・・・」
「ッ、黒子く・・・きゃあッ!?」
「黒子ーォ!!」
しょう、と続くはずだった言葉は尻切れに、黒子はぐらりとバランスを崩してセツナの方に倒れ込んだ。突然詰められた距離に驚いて身を強ばらせるが、いくら黒子が小柄だとは言え・・・いや、男子平均身長はあるので細身と言えど小柄ではないのかもしれないが・・・いきなり体重を掛けられてそれをちゃんと支えられるほど、セツナが体を鍛えているわけもなく。
案の定黒子に巻き込まれるように体育館の床に派手に尻餅を付いてしまった。それでも意地で、これ以上黒子には衝撃を与えないよう彼の頭を抱き込む。それでもジィン、と傷んだ臀部に思わず涙腺が緩みかけた。
「いった・・・ッ」
「黒子君!セツナちゃんも大丈夫!?すごい音したけど・・・!」
「だい、じょぶです・・・!」
「・・・眞城、さ・・・すいませ、」
「いい、いいから。気にしないで、大丈夫・・・それより、ベンチに運ぶからね・・・っ、かっ、火神くん!火神くん助けて!黒子くんをベンチに運んで!」
「お、おぅ!」
流石にセツナひとりで黒子を運ぶのは無理だ。一番近くにいた火神に助けを求め、応じて駆けつけてくれた火神がひょい、と軽そうに黒子を横抱きにしてベンチまで運んでくれたのを見送り、蹴飛ばしてしまった救急箱を急いで片付けた。本当に大丈夫?と心配そうに声をかけてくれたリコと伊月に笑顔を返し、私より黒子くんを、とベンチを指差す。
二人が走っていった後を追おうと立ち上がった拍子にビキ、と腰が変な音を立てたが、気にする余裕はない。
応急処置を終えベンチに横になる黒子を見つめ、リコが切迫したように言った。
「・・・黒子君はもう出せないわ。残りのメンバーでやれることをやるしかないでしょ!」
メンバーに走った動揺と落胆、そして緊迫・・・それを振り払うようにリコは更に指示を続ける。
「OFは二年生主体でいこう!まだ第二Qだけど離されるわけにはいかないわ。早いけど『勝負所』よ、日向君!」
勝負どころ。
ぴくりと日向の表情筋が動いた。
「黄瀬君に返されるから火神君OF禁止!DFに専念して。全神経注いで黄瀬君の得点を少しでも抑えて!」
「そんな・・・それで大丈夫なんで・・・すか!?」
「大丈夫だってちっとは信じろ!」
「でも・・・」
気のせいか。
日向の後ろに般若がいる。
「大丈夫だっつってんだろ
ダァホ!たまにはちゃんと先輩の言うこと聞けや
殺すぞ!」
「・・・!?」
「ひゅ、が、先輩!?」
「さー行くぞ!」
やる気を満ち充ちとさせてコートに戻る二年生たちを呆気に取られて見送り、我に返ってあわててコートに走っていく火神を更に見送り。
負傷した黒子の代わりにメンバーインした小金井も無事試合に入り込んだのまで見送ってから、セツナは恐る恐るリコに話しかけた。
「・・・リコ先輩・・・日向先輩って、二重人格なんですか・・・?」
「んー?いや、いつもそういうわけじゃないんだけど・・・クラッチタイムはね。まぁ、見てなさい。うちの二年も捨てたもんじゃないのよ」
コート上でなにかブツブツと呟いている日向をみやり、リコは焦りを滲ませつつも不敵に笑う。
そうだ。二年生だって弱いわけじゃない。
去年彼らだけで決勝リーグまで上り詰めたその実力は、本物なのだから。
「あいにくウチはひとり残らず・・・諦め悪いのよ!」
優しい時は並の人!スイッチ入るとすごい!けど怖い!!二重人格クラッチシューター・日向順平!!
冷静沈着慌てません!クールな司令塔!かと思いきやまさかのダジャレ好き!!伊月俊!!
仕事キッチリ縁の下の力持ち!でも声誰も聞いてことない!!水戸部凛之助!!
なんでもできるけどなんにもできない!Mr.器用貧乏!小金井慎二!!
小金井が「ヒデェ・・・」とぼやくのを無視して、リコは自信満々に宣った。
控えの一年生が軽い感嘆の声を漏らすのを聞きつつ、セツナはぐったりと横たわる黒子の横に跪く。いまだ引かない黒子の汗をそっと拭った。
冷やしたタオルを持ってきておいて良かった。意識はまだ戻らないが、黒子の薄い瞼がひくついている。
「・・・くろこくん」
大丈夫だよ。先輩たち踏ん張ってるからね。
火神くんも、頑張ってるからね。
第三Q、残り三分。スコア、誠凛68対海常74。
6点差が縮まらないまま、タイムは過ぎていく。
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