vs海常Before
セツナにとって、今日という日は初めての校外練習試合だ。
しかも相手校は強豪と名高い海常高校ー・・・キセキの世代のひとり、黄瀬涼太を有する圧倒的に格上のチーム。緊張するなという方が難しい話である。
日本一になると宣言した火神と黒子の力を信じているが、それでもそわそわと落ち着かない…
結局、あまり眠れずに朝を迎えてしまった。
仕方なく予定時間より二時間早く起き上がり、何かやることはないかと部屋をうろつく。キッチンに入って、ふと、冷蔵庫に貼り付けていたドリンクの作り方が目に入った。
パソコンでスポーツサポートについて調べていたとき偶然見つけて、いつか作ってみようと思ってメモしておいたものだ。材料は揃えてあったし丁度いい。時間つぶしにもなるし、うまくいけば今日役立つかもしれない。多めに作ってリコに見てもらおう。
レモンを片手にパタパタと準備を始めた。
鍋に水と砂糖を入れて火にかけ、溶けたら火を止め冷ましクエン酸を加える。更に冷ましているあいだに風味付け用のレモンを絞り果汁にホンの少しの塩を加え手鍋に混ぜる。完全に冷めれば完成だ。味見をしてみるが、特に変な味はしないと思う。粉末のものよりすこしレモンの風味が強く、すっきりした甘さになっていた。
ペットボトル三本と自分用の小さな水筒に半分ほどできたそれを冷凍庫に入れ急速に冷やしつつ、時計を見ればあと30分で出かける時間だ。慌てて身支度を整えて戸締りを確認し、保冷バックに作ったドリンクと凍らせたタオルと保冷剤…それに、少し悩んでから鉄分補充ジュースを詰めた。先日極度の緊張によって貧血を起こし皆に迷惑をかけてしまってから、いざという時の為に用意したものだ。パッケージに書かれた「超速攻!鉄分補充!!〜血液の足りていないあなたに〜」という文字を、苦々しい気持ちで眺める。効果は抜群だがスッとしたトマトの酸味があって、なんだか人に紛れて生活する吸血鬼にでもなった気分を味わえる微妙な一品だ。効果は、抜群なのだが。
・・・本当はこんなもの使わずに済めば一番いいんだけど、とぼやいてから気を取り直して部屋を出た。
ガチャリと部屋の鍵をかけた時、ちょうど反対側の通路からのっそりと現れた大きな姿に思わず笑顔になった。
「おはよう、火神くん」
「おぅ、はよ。ずいぶんでけぇバッグだな」
「初めての練習試合だから、なんか緊張しちゃって。なにか足りないものがあったらいけないと思って色々詰めちゃった」
「そうかよ」
「うん。・・・火神くん、もしかして寝不足?目、赤いよ」
「テンション上がりすぎて寝付けなかっただけだ。ほっとけ」
「今日大丈夫?」
「問題ねーよ。うずうずしてんだこっちは」
「頼もしいね。・・・あ、そだ、火神君これあげる、ドリンク作ってみたんだ。粉末じゃなくてレモンとかで。変なものは入れてないし味は問題ないと思うんだけど・・・念のため、リコ先輩の了承もらってから飲んでね。まずかったら捨てていいから」
「ほー。いや、捨てねぇけど。Thanks、貰っとくわ」
バスケ部の部員と話すときは、もうあまり緊張もせずどもらなくても話せるようになった。
セツナにとってこれは大きな進歩だ。嬉しくなりつい色々と話を続けるうちに、二人は今日の集合場所までたどり着いていた。
先に来ていたリコと日向と伊月に挨拶をし、セツナは一度準備室へ行って手早く人数分のドリンクを作り保冷剤と一緒にクーラーボックスに入れて集合場所へ戻る。よたよたしながら歩いていたらちょうど来た降旗がクーラーボックスを請け負ってくれた。実はかなり重かったので、申し訳ないが降旗の言葉に甘えて海常まで持ってもらうことにした。
その次に来たのは黒子だが、何故か誰にも気づかれていない。セツナがおはよう、と声をかけると・・・驚かれた。
そういえば、黒子は影が薄いから気づかれにくいと言っていたが・・・セツナは、そんなことないと思うんだけど、とこっそり思う。でも事実その影の薄さとミスディレクションによって黒子のバスケの強さがあるわけだから、あまり否定しない方がいいだろうと口をつむぐのがいつものことだ。
次いで小金井と水戸部、福田と河原が来て順次揃ったところでリコが気合たっぷりに拳を突き上げた。
「よっしゃ!いざ、海常に乗り込むよ!!」
「おぅ!!」
一同、やる気満々。
だったの、だが。
「・・・え?・・・片面・・・で、やるの?」
海常に着いて、広いから迎えに来たと宣う黄瀬の案内(セツナはこっそり水戸部の後ろに隠れた。また絡まれるのは御免被りたい)で連れて行かれた体育館は、あろうことか片面だった。そんな、馬鹿な。
目を見開いて何度確認しても、やっぱり片面。もう片面は練習中。
どういうことなのだろう、これは。
「あぁ、来たか。今日はこっちだけでやってもらえるかな」
悪びれる様子もなく、海常の監督・・・武田は言う。リコが苦い顔を隠して「よろしくお願いします」と頭を下げた。
それに習ってセツナもぺこりと頭を下げる。でも、内心は。
「・・・腹立たしいです」
「同感だけど。眞城、眉間に皺寄ってる」
「そういう日向先輩も、青筋たってますよ」
武田監督曰く、軽い調整のつもりだからやるが他に学ぶものがないだとか。そもそも無駄だとか。挙句に、「トリプルスコアなどにならないように頼むよ」の一言。そして黄瀬はベンチらしい。試合にも、ならない、と。
無精ひげを生やした恰幅のいい監督だが、良いのはどうやらその恰幅だけのようである。ビキビキ・・・とリコの額にも青筋が見て取れた。リコだけではない。あの温厚な黒子や水戸部まで、むっとした顔をしている。火神に至っては視線が鋭すぎて人を殺せそうだ。
そこに更に、黄瀬が油を注いだ。
「あの人ギャフンと言わせてくれれば多分オレ出してもらえるし!オレがワガママ言ってもいいけど・・・オレを引きずり出すこともできないようじゃ『キセキの世代』倒すとかいう資格もないしね」
あぁ、完全に馬鹿にされている。
セツナが憧れてやまない人達が、過去の実績だかなんだかしか評価しないような人に。
そう思った時、ぷっつん、と音がした。
思わず一歩踏み出しかけたセツナを、黒子が抑える。そして黄瀬に向き直り、静かに口を開いた。
「アップはしといてください。出番待つとか、ないんで」
リコが低姿勢を崩さず、武田に声をかけた。
「あの・・・スイマセン、調整とかそーゆーのはちょっとムリかと・・・」
「「そんなヨユーはすぐなくなると思いますよ」」
「・・・なんだと?」
綺麗なユニゾンが体育館に響き、ぴくりと武田の片眉がはねあがった。
宣戦布告。
そうやって馬鹿にしていればいいと彼らの目は語る。
目にもの見せてやると、滲み出す闘志が吠える。
面白そうに口端を上げた黄瀬を、セツナはこっそり睨みながら案内された更衣室へと足を向けた。
道すがら、黒子にそっと声をかける。
「・・・黒子くん、さっき、ありがとう」
「なにがです?」
「止めてくれて」
「・・・まさか、眞城さんがあそこで怒ると思いませんでした」
「怒るよ。だって、誠凛が馬鹿にされたんだもん。相手がいくらI・H常連でも、そういう態度とられる筋合いはないと思うから」
「そうですね」
黒子はあくまで冷静だ。でもその目にはすこし好戦的な光が宿っているように見えた。
「・・・度肝抜いてやります。見ててください、眞城さん」
「うん、いっそあの年季入ったゴール壊しちゃえ。いっぱいボールぶつければ落ちるかも」
「ぶつけたんじゃ点は入りませんけど・・・まぁ・・・それは火神君に任せます」
「ダンクシュートで一発!」
「ですね」
ふふ、と二人で笑った。
さぁ。開戦の火蓋を落とせ。
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