お試し黒ばす | ナノ

入部テスト!?


誠凛高校の図書室はとても品揃えがいい。
それが新設校だからなのかは定かではないが、およそ他校には揃っていないものが選り取りみどりだ。それは週刊誌に始まり政界誌やファッション誌に至るまでの豊富な雑誌類に顕著に現れている。
その過去のアーカイブの中から少し前に発刊された一冊を手に取り、セツナは足早に図書室の一角に腰を下ろした。
月刊バスケットボール・・・俗に月バスと呼ばれている、バスケットボールの情報誌だ。


「えっと、・・・載ってるかな」


パラパラとページを捲り、それらしい記事を探す。
昨日、黒子と火神が話していたことがずっと頭に引っかかっているのだ。


「キセキの世代・・・あった」


雑誌の中程までめくったとき、特集が組まれているのを発見した。
読み進めていくうちに、その驚愕の内容に目を見開く。
十年にひとりと言われる天才的な五人の選手。そのすべてが同じ中学校の同じ学年に存在し、無敗を誇り君臨していたー・・・それが、キセキの世代。そしてそんな彼らが一目おいている、幻の六人目の噂。・・・黒子も同じ場所にいたのだ。黒子がその、幻の六人目、なのだろうか。
そう考えれば、リコが呆然とつぶやいていた昨日のことと合致する。
だからあんな魔法みたいなパスができるのかと思ったが、何かがまだ引っかかっている。もしそうだとしたら、なにかしら黒子に関する記事が見つかっても良さそうなものだが・・・黒子に関する記事は見当たらない。
とりあえずその五人がひとりひとり特集されているその内容をメモしていると、急に廊下が騒がしくなった。


「テメーは!フツーに出ろ!!イヒョーをつくな!!!」
「・・・火神くんだ」


図書室の中まで響いた怒号に、ちょっと身を竦めた。でもその火神のそばに黒子が居て・・・しかも急に火神が黒子の頭をひっつかんだりするものだから。
慌てて雑誌を片付けて廊下に飛び出した。


「な、何やってるの二人共・・・!!」
「眞城さん・・・ちょ、ちょうど良かったちょっと助けてください痛いです」
「ア"ァ!?」
「かっ、火神くんしーっ!ここ図書室の前だから・・・っ、そ、それに頭とか掴んじゃだめ!」


セツナの必死の静止に、火神も不服そうだがやっと黒子の頭を離した。黒子の首からグキッという嫌な音がしていたような気がするが・・・大丈夫だろうか。
火神がなにやら考え込んでしまったのをいいことに、黒子とセツナは少し彼から距離を取った。


「だ、大丈夫?」
「はい、まぁ・・・とりあえず、逃げます」
「あ、待って・・・あの、私ちょっと、黒子くんに聞きたいことがあって」
「なんですか?・・・その前にまずは場所を変えましょう。火神君が気づいたら厄介です」
「う、うん」


すーっと流れるように歩き出した黒子のあとをパタパタと追う。
背後からベキャッメギギギ・・・という不穏な音がしたが、聞こえなかったフリをした。



・*・*・*・



場所を中庭にうつし、二人でベンチに座る。
次の授業が控えているためあまり時間は取れない。早速だが、本題を切り出した。


「あの、昨日、話してた事なんだけど」
「日本一になる、ってことですか?」
「それも、そうなんだけど・・・あのね、キセキの世代、のことで」
「・・・はい」


黒子が少しだけ遠い目をした。


「私、何も知らなくて。一応月バスで特集されてたのを見て自分なりに調べてみたんだけど、あの・・・黒子くんも、キセキの世代、なの?」
「・・・ボクは、違います。同じチームでしたけど」
「そう、なの?あんなすごいパスができるから、そうなのかなって思ってた」
「キセキは・・・彼らは、ボクなんかじゃ到底足元にも及ばない・・・本物の天才です。神様に選ばれた選手たちだ」
「選ばれた・・・」
「天賦の才、とでも言うんでしょう。ボクにはないです」


変なことを、聞いてしまったかな。
重たげに動く黒子の口を見て今更後悔が湧き上がってきた。でも、なんだろう。黒子の口調は、羨んでいるわけではないようだ。
自嘲、でもない。


「仲、よかったの?」
「・・・分かりません。でも、彼らと・・・プレイするのは・・・楽しかったです」
「そっか・・・仲、良かったんだ」
「・・・良かったん、でしょうか」
「そうだと、思うなぁ・・・私、中学の時友達一人もいなくて。いじめられるとかはなかったけど・・・楽しい、って思うことも、あんまりなかった」
「そうなんですか?今は、結構楽しそうですけど」
「うん。楽しい。まだ始まったばかりだけど、誠凛に来てバスケ部のマネージャーになって、・・・黒子くんや火神くんと友達になれて、楽しいし嬉しい」
「友達?」
「・・・ごめん、やっぱり馴れ馴れしかった、かな」
「あぁすみません、そんなつもりじゃなかったんですけど」


ふと黒子の雰囲気が緩んだ。


「面と向かって友達だって言われると、ちょっと、くすぐったい気がします。・・・そうですね。ボクも、眞城さんと友達になれて嬉しいです。昨日、サポートするって言ってくれたのも嬉しかったですよ」
「ほんと?あ、ありがと・・・ふふ・・・ホントだ、面と向かって言われると、なんか結構くすぐったいね」


ふたりして顔を見合わせて、くしゃりと笑った。
話が大幅にずれてしまった様な気がするが、もう問い直す時間はない。不思議と、それでもいいかと思った。


「サポート、頑張るね」
「はい、お互い頑張りましょう」


きっと、やることに変わりはないのだ。
キセキの世代がどれだけすごい人たちでも、火神と黒子が日本一になると決めたのだからセツナは何があってもそれを支えるだけ。それが、マネージャーというものなのだ。
きっと。たぶん。


「ところで眞城さん、本入部届けはもう貰いましたか?」
「え?本入部・・・あ、そっか。私たちまだ仮入部なんだっけ」
「そうです。もし貰ってないなら、これ」


ぴらりと渡された紙は、部活の本入部届けだった。


「黒子くんもう貰ってきてたんだ。早いね」
「えぇ、入るのはもう決めてますし。さっきカントクの所に貰いに行ったんですけど、二枚もらっちゃって。重なってたんです」
「そうなの?じゃあ、これもらうね。ありがとう。私もすぐ書いて出しに行くよ」
「あ、それなんですけど」


黒子が少しだけ困惑した顔をした。


「受け付けてもらえるのは、月曜の朝8:40、しかも屋上で、だそうで」
「・・・なんで?」
「さぁ・・・まぁ、言うとおりにするしかないですけど」


そうだけど、と呟いて、セツナは黒子から譲り受けた本入部届けを見た。
月曜朝8:40。月曜は確か全校朝礼があったはずだが・・・少し、不安になった。




・*・*・*・




そして、月曜。


「フッフッフ、待っていたぞ!」


仁王立ちで爛々とした目を輝かせ、リコはさも楽しげに一年生を待っていた。
セツナが屋上についた時にはすでに火神と黒子、そして幾人かの部員たちが居て、どうやら来たのはセツナが一番最後だったようだ。
そして予想通り、あと5分で朝礼である。
珍しく火神が慌てた声を出した。


「とっとと受け取れよ!」
「その前に一つ言っとくことがあるわ。去年主将にカントクを頼まれた時に約束したの」


リコの目は、先日見た黒子や火神の目と同じ色をしていた。
不敵、とでも言うのか。未来を信じて疑わない強い色。それは、セツナが憧れてやまないものだ。


「全国目指してガチでバスケをやること!もし覚悟がないなら同好会もあるのでそちらへどうぞ!!」
「・・・は?そんなん・・・」
「アンタらが強いのは知ってるわ。けどそれより大切なことを確認したいの。どんだけ練習を真面目にやっても、“いつか”だの“出来れば”だのじゃいつまでたっても弱小だからね。具体的且つ高い目標と、それを必ず達成しようとする意思が欲しいの」


強いはずだ。リコも、二年生も。
去年一年だけで決勝リーグへ勝ち進んだ期待の新星。新設一年で成し遂げるにはあまりに高い壁だったはずだ。それでもやり遂げ、まだ満足はしない。
やるなら頂点を。強い意志はそのまま、リコや他の二年生の瞳にも宿っているのだ。
かっこいい。
セツナの頬がじんわりと紅潮していた。


「んで今!ここから!!学年とクラス!名前!今年の目標を宣言してもらいます!!更に出来なかった時にはここから、今度は全裸で好きな子に告ってもらいます!ちなみに私含め今いる二年も去年やっちゃった♪」
「え"ぇ〜!!?」
「ぜ、全裸で告白・・・」


むちゃくちゃな要求。それでもそれくらいの覚悟がなくちゃ、入部すら認められない。
どよめく一年生たちを尻目に、リコは一切の容赦もなく言い放った。


「さっきも言ったけど、具体的で相当な高さのハードルでね!“一回戦突破”とか“頑張る”とかはやり直し!・・・言っておくけど、これはマネージャーもよ、セツナちゃん」


リコが振り向きざまに放った言葉は、そのままセツナの胸に刺さった。
どき、と心臓が波打つ。


「覚悟が必要なのは、なにも選手だけじゃないわ。練習レベルが高いほど、より大きなサポート力も必要になってくる。正直に言えば初心者だとかなりきついわ。それでも・・・バスケ部に、入る?」


喉がカラカラだ。覚悟なんて言われても、分からない。
でも。


「・・・ヨユーじゃねぇか。テストにもなんねー」


ぼそりと火神が呟いた。その言葉がセツナの耳に入る前に、彼の巨体が軽々と屋上のフェンスに飛び乗る。
大きく息を吸って。


「1ーB 5番 火神大我!『キセキの世代』を倒して日本一になる!!」


広い校庭にさえぐわんと響くほどの声で、火神は叫んだ。
迷いなどない。その背には、なんの迷いも。
びりびりと痺れるような衝撃がセツナの体を突き抜けた。

なんて眩しい。なんて格好良いの。
私は。私も。私にも、できる?
覚悟なんて、わからない。それでも彼らをずっと見ていたいと思ったから。


強い火神の背中に引き寄せられるように、セツナの足はフェンスに走り寄った。


「い・・・1−B、眞城セツナ・・・っ、日本一になるこのチームを、全力でサポートしたい!!」


火神の声には遠く及ばない。それでもできる限りの大きな声を出した。
叫んでからこみ上げた羞恥と緊張に足がガクガクと震える。ざわざわとざわめく全校生徒の声はここまで届かない。それだけが救いのような気がした。
バクバクと動く心臓と極度の緊張はついに限界を突破し、がくんとその場に崩れ落ちる。リコが慌てて支えようと駆け寄るよりも早く、音もなく近寄った黒子の手がそっとセツナの背を支えた。


「っ・・・くろこ、くん」
「・・・すみません、ボク声張るの苦手なんで拡声器使ってもいいですか」
「い、いいケド」


ふらふらと揺れるセツナをフェンスに寄りかからせ、すぅと黒子が息を吸うのが見えた。それを最後に、セツナの意識はブラックアウトする。あまりの緊張で貧血を起こしてしまったのだと気付く前に、教師の怒鳴り声が聞こえた気がした。








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