彼らの決意と私の決意
興奮未だ覚めやず。
部活が終わる頃には綺麗に晴れ上がった夕暮れの空を背に受けながら、セツナは下校の道のりを歩いていた。
思い出すのは火神のダンクと黒子のパス、そればっかりだ。もちろん、ミニゲームとは言えバスケの試合を見たのは初めてで、そのせいでより一層記憶に残っただけかもしれない。それでも、セツナの脳内をそれでいっぱいにするには十分だった。
わくわくする。こんな気持ちを感じたのは初めてで、そう思う自分は嫌いではないかもしれない。
(私、もしかしたら結構試合観戦とか好きみたい)
だとしたら新たな自分の発見だ。高校デビューは好調かもしれない。そわそわしたまま高校近くの商店街を通り抜けようとしたとき、ふと目の端を過ぎったファーストフード店に件の二人を見つけて思わず足を止めた。
マジバの窓際で向かい合って座っている赤黒と水色は、間違いなく彼らだ。
「火神くんと、黒子くん・・・仲良いのかな」
火神がぽいっと投げたマジバーガーを黒子がキャッチして、何やら話しているようだ。
その内容にも気になったが・・・火神の前に山のように積んであったバーガー達が、見る間に消えていく・・・その驚異の食べっぷりに、セツナはしばし唖然としてその場に立ちすくんだ。
(え、一口?あのマジバーガーを・・・包みの色からしてたぶんお店で一番大きいやつだ・・・それを・・・一口?え?男の子ってそんなに食べるのが早いものなの?いやでも、黒子くんをみるとちゃんと何口かに分けて食べているし、火神くんが、すごい?)
ポカンとしているうちに二人は食べ終えたらしく、トレイを片付けて店から出てきた。
ありがとうございましたぁ、と間延びした店員の声にハッと我に返ったとき、丁度セツナと黒子達の目があった。
「あ、眞城」
「こんばんは・・・というのも変ですね。どうも、眞城さん」
「こ、こんばんは・・・確かに変だね。っどうも?も、なんかおかしいような気が」
「そうですね。こういう時、なんて言えばいいんでしょう?」
「いやどうでもいいだろ。それより眞城、お前今帰りか?」
「うん。リコ先輩にスコアの書き方教わってたから少し遅くなっちゃって・・・」
「女性ひとりでこの時間に帰るのは危ないですよ。送ります」
「え、ううん大丈夫だよ。そんなに遠くないし」
「でも・・・」
食い下がる黒子に、火神がすこし面倒くさそうに頭を掻きながら答えた。
「あー・・・いい、こいつは俺が送ってくから。マンション同じだし」
「そうなんですか?」
「う、うん・・・偶然ね、だからびっくりしたよ。・・・えと、じゃあその・・・お、お言葉に甘えて、火神くん、お願いします・・・」
「あぁ・・・なんでそんなにどもってんだ」
「えっいやっ、ちょ、ちょっと緊張して」
「は?」
訝しげに眉を寄せた火神に、内心焦る。
まさか送ってもらえるなんて考えは一切なかったため、予想外の流れについどもってしまった。だめだ。ここでどもって口をつぐんでしまったら、中学時代となにも変わらない。明るく、気さくに、普通に、会話をすればいいのだから・・・
窮した頭を振り絞って思い立った話題を、急いで口に登らせた。
「そ、それより、今日のミニゲームすごかったね!二人共かっこよかった・・・!」
「・・・ありがとうございます」
「・・・おー・・・」
「あのね、私ちゃんとバスケ見るの初めてだったの!本当にすごかった、火神くんのダンクは迫力があって見ていて気持ちよかったし、黒子くんのパスは魔法みたい。ほんと、見とれちゃって、私っ、」
「ちょ、待て眞城おまえちょっと黙れ」
「え・・・あ、ご、ごめんなさい、二人の話も聞かずに・・・っ」
・・・慣れないことは、するものではないのかもしれない。
気まずげにそっぽを向いてしまった二人の姿に、全身に冷水を浴びせられたような気分になった。会話を続けられた!という安心感と今日のゲームを思い出した高揚感が一気にしぼんで、残ったのは後悔の気持ちだけ。
つい、べらべらと余計なことを言ってしまったのかもしれない。
ずぅん、と沈んでしまった気持ちはそのままセツナの顔を下に向けた。
「あー・・・って、なんで落ち込んでんだよお前」
「だ、だって黙れって」
「そう言う意味じゃ、ないですよ・・・正直なことろ、男として悪い気はしないです。かっこいいって言われるのは」
本日二度目の、ぽかん、だ。
どうやら二人は、気分を害してそっぽを向いたのではなく・・・照れたからの、ようで。
急にセツナも恥ずかしくなってきて、頬を薔薇色に染めた。
「え、あ、う・・・」
「・・・はぁ。なんだかなぁ・・・まぁいいや。それより、黒子。・・・『キセキの世代』ってのはどんぐらい強ぇーんだよ」
火神が急に語尾を強くして黒子に向き直った。
キセキの世代。・・・聞いたことは、無い。なんのことだろうと聞くのもたばかられて、じっと口をつぐんだ。
「オレが今やったらどうなる?」
「瞬殺されます」
「もっと違う言い方ねーのかよ・・・」
「・・・ただでさえ天才の五人が、今年それぞれ違う強豪校に進学しました。まず間違いなく、その中のどこかが頂点に立ちます」
滑るように歩き出した黒子の声は平坦だった。感情を押し殺しているわけではない。ただ事実を宣っているだけのような声音・・・なのに、どうしてだろう。
この声の裏に、ちりちり燻る炎が見えた気がした。
キセキの世代。
話から推測するに・・・バスケの、天才的な選手のことだろうか。五人、居るらしい。そんな人たちと黒子がどんな関係なのかは、流石にわからない。
ゆるり、ゆるい風が歩く三人の横を通り抜けた。
「・・・ハッ、ハハハッ!いいね火ィつくぜそーゆーの」
沈黙を破ったのは火神の笑い声だ。
燃える闘志を隠すこともせず吠える。それは、野生の獣を彷彿とさせる雰囲気で。
「決めた!そいつら全員ぶっ倒して日本一になってやる!!」
拳を握って宣言した火神のかなり上にある顔を、セツナは呆気に取られて見上げた。
日本一。
なんて大きなことを言うのだろう。
セツナのちっぽけな頭では到底思いつかない高い目標だ。こぼれそうなほど目を見開いて口を噤むセツナと相反して、黒子は静かな眼差しのままゆっくりと歩みを止めた。
「ムリだと思います」
「ぅおいっ!!」
「潜在能力だけなら分かりません。でも今の完成度では彼らの足元にも及ばない。一人では、ムリです」
そう語る黒子の目は前を。
ひたすら前を、向いていた。
「・・・ボクも決めました」
火神の目を突き刺すような、真っ直ぐな瞳で。
「ボクは影だ。・・・でも、影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる」
その言葉がすとんとセツナの胸に収まる。昨日、火神が言っていたのは、黒子のことだったのだ。
影。自分を、影だと言う・・・魔法使い、みたいな人。
「光の影として、ボクもキミを日本一にする」
その言葉に、じわじわと広がるのは憧憬だ。
日本一、なんて、そんなもの簡単になれるわけない。それなのにどうしてだろう。
彼らが、頂点に立つ光景が浮かぶ。
それを見たい。
日本一になるその瞬間を、この目で。
「・・・ハッ、言うね!勝手にしろよ」
「頑張ります」
「・・・待ってッ、」
二人が歩を進める。咄嗟に、彼らの制服の袖を掴んでしまった。
驚いて振り返った二人の目に射抜かれて、一瞬息が詰まる。
「・・・?」
「あぁ?おい、眞城?」
「・・・たし、も・・・」
私も。
二人が日本一まで上り詰めるのを、見たい。
まるで喘ぐように絞り出したこの言葉は、二人に届いただろうか。
胸の痛みは最高潮だ。強い憧れが痺れとなって全身を支配していて、でもそれを考えてる余裕なんてない。
しばしの沈黙の後、ぽすんと、頭になにかあったかいものが乗った。
「・・・お前、マネージャーだろうが」
「、はい」
「お前がバスケ部をやめねー限り、嫌でもオレ達が日本一になるところを見るぜ」
「そうですよ。それまで、ちゃんとサポートしてもらいますから」
「・・・はい!」
あぁ、なんてかっこいいのだろう。
頭に乗せられた火神の手と、黒子の優しい声と。
彼らの強い心に刻まれた決意と。
セツナにはそのすべてが眩しくて、目を瞑った。
私も、決意をしよう。
ふたりを最後まで見つめ続けること。私に出来るすべてのことを、彼らに。
自分を変えたくて決めた高校と部活だった。
地味で、暗くって、友達もいなくて、それが大嫌いな自分を変えたくて。
今・・・その決意はすこし形を変えつつある。
それが何故か嬉しかった。
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