お試し黒ばす | ナノ

ミニゲーム


晴れますようにって、思ってたんだけどなぁ。

ざぁざぁと音を立てて振り続ける雨を見上げ、セツナは残念そうに眉を下げた。
雨は苦手だ。髪はまとまらないし通学は大変になるし、あまり良い事はない。ため息がこぼれそうになったとき、基礎練習を終えた日向がリコに話しかけているのが聞こえた。


「ロード削った分練習時間余るな・・・どーする?カントク」
「んー・・・ちょーどいいかもね。5対5のミニゲームやろう!一年対二年で」
「ゲーム、ですか?」
「うん。セツナちゃんもスコアを書く練習になるし、一年の実力も見ておきたいしね」


ついでにバスケのルールも簡単に確認してみてね。
明るい笑顔でリコに言われ、セツナはすこし緊張してリコの指示通りに準備を始めた部員たちを見た。昨日購入したバスケ入門のルールブックで多少の予習をしたとは言え、こうしてちゃんとゲームを見るのはもちろん初めてのことだ。
集合の号令に伴い集まる部員の中に、黒子と火神の姿を見つける。現時点で一年生は15人いるのだが、どうやら二人共ゲームに出るようだ。
去年、先輩達は一年生だけで決勝リーグまで行ったらしい。入部説明会の時に聞いたことを思い出し幾人もの一年生が不安げな顔をしている中、二人だけは飄々としているように見えた。


「ビビるとこじゃねー。相手は弱いより強いほうがいいに決まってんだろ!行くぞ!!」


火神君の好戦的な言葉に、一年生達は不安げながらもしっかりとコートに立つ。リコのホイッスルが高く響き、ジャンプボールが宙を舞った。
試合、開始。
それはセツナにとって、まさに世界が変わった瞬間だった。


「す、ご・・・」


呆然。その言葉が、一番的確かもしれない。
それほどまでに初めて見る本格的なバスケットボールは迫力があった。
中でも特に火神のプレイは独走的だ。走る、飛ぶ、ダンクが決まる。バスケットのゴールは高さ3mの位置にあるはずなのに、いとも簡単にそこにボールを叩き込んでいく。初心者のセツナでもその凄さがわかるのだから、先輩達にとってはどれほどの脅威に映るのだろう。心臓がばくばくと痛くなった。
スコアボードにみるみる点数が加算されていく。
だけどその反面、火神がイライラと苛立ちを募らせているのもわかった。その原因はイマイチわからないが、セツナの胸の中に妙な不安が湧き上がる。


「・・・一年チーム、火神くんしか点を取ってない・・・こういうチーム競技は、一人だけが強くても、ダメなんじゃなかったっけ・・・」


セツナの不安は的中した。二年生は決して弱いチームではない。はじめこそ火神の圧倒的なバスケセンスに驚いていた先輩達も、落ち着いてくれば注意すべきは火神だけだと気づき、彼にボールを渡さない作戦に出た。それからの点数経過は予想通り・・・
あっという間に点差を離され、一年生の中からはため息が漏れ始める。


「もういいよ・・・」
「・・・もういいって・・・なんだそれオイ!!」
「落ち着いてください」


かっくーん。
火神の激昂に対し、いつのまにか背後に居た黒子の膝カックンが炸裂した。

まるでコントのように・・・本当に綺麗に決まったそれに思わず口を両手で塞ぐ。
そんな場合じゃない、そんな場合じゃないのはわかっている・・・が。


「・・・ふっ・・・」
「!!ってんめー眞城!笑ってんじゃねー聞こえてっかんな!!」
「ひゃいっ!ごごごめんなさい!!」
「眞城さんに当たらないでください」


ぎゃあぎゃあとコートの中心で騒ぎたてる一年生を、先輩たちは呆れた様子で見ていた。身を縮こまらせてスコアボードの影に隠れたセツナの隣に居るリコも苦笑いを溢し、ホイッスルを咥える。

試合再開。前半と同じ流れでいくかと・・・思っていたのだが。


「え!?」


選手たちのあいだを飛び交うボールが、急に角度を変えた。何が起こったのか分からずに目を凝らす。
何度も瞬きをして、見間違いではないのかともう一度注意深くボールだけを見た。


「・・・くろこ、くんだ」


まるで手品でも見ているみたいだった。彼に向かったボールが一瞬で方向を変え、マークされていない一年生にどんどんパスが回っていく。火神を見ていた時とはまた違う、じわじわと心拍数が上がっていく感覚がセツナを襲っていた。
有名なマジシャンのショーを見ている時のような、高揚感とでも言うのだろうか。
火神のプレイは言うなればアクションだ。次はどんなすごいモーションを見せてくれるのかワクワクする。黒子のプレイは違う。気づかぬうちに惹き込まれている。まるで魔法・・・


「・・・ミスディレクション・・・帝光中の・・・幻の六人目・・・!」


リコが小さく呟いたのを、セツナは聞き逃さなかった。
黒子は魔法使いなのかもしれない。そんな空想じみたことを考えていた頭でも、その言葉が示す効力はよく理解できる。
魔法使い。あながち、間違っていないのかもしれない。
黒子が動き出してから、ゲーム内容は一気に変わった。火神以外が点を取り始め、黒子のパスに追いつけない先輩達に焦りが募っていく。
焦りは、思考を混乱させる。これまで完全にマークしていた火神に、パスが回った。
シュートが決まり、得点は・・・一点差。
黒子がスティールを決め、がら空きのゴール前に走る。レイアップモーションに入って、セツナの心臓は一気にうるさくなった。
このシュートが決まれば、一年生チームの勝ち、だ!

ガボンッ。


「あッ!!」

「・・・だから弱ぇ奴はムカつくんだよ・・・ちゃんと決めろタコ!!」


リングに弾かれた黒子のシュートボールを、火神が叩き入れる。ガンッと一際大きく響いたゴール音とともに見えた小さな黒子の笑みに、息が詰まった。


「うわぁぁぁ一年チームが勝ったぁ!!?」


どよどよと浮き立つ空気の中、セツナは細かく震える指先で、唖然としているリコの服の裾を弱く握った。それに気づいたリコが俯いて胸を押さえているセツナの様子に訝しげな視線を寄越すが、セツナは意に介さずただ深呼吸を繰り返している。
それでも、セツナの心臓の鼓動は一向に収まる気配がない。攻守の切り替わるスピードに追いつくのが精一杯で、とても詳しいゲーム内容は記憶できていない。
だけど、頭に刻み込まれてしまった。


「セツナちゃん・・・?」
「リコ先輩・・・私、へんです。すっごい、ドキドキしてます・・・バスケって、すごい・・・」
「それって・・・」
「私、私・・・いままでバスケ知らなくて、すごく損した気分です・・・」


ドキドキと、こんなに心臓が高鳴るなんて初めてだ。コンクールの時もこんなに緊張しなかったのにと唇を震わせる。そんなセツナを、リコはすこし驚いたように見つめた。それから満面の笑みで、セツナの背をバシっと叩く。


「いたっ」
「なぁに言ってんの!これはまだミニゲームよ。これからもっともっと、すっごいの見られるんだから!!」
「は、はいっ!!」


今日よりもすごいの。
どれだけ、ドキドキするんだろう。ワクワクするんだろう。
震えの止まらない指先をぎゅっと握りながら、それでもセツナは込み上げる気持ちを抑えきれずにきつく目を瞑った。
まぶたの裏に、火神のダンクシュートが焼きついている。黒子の魔法みたいなパスが浮かんでくる。

こんな気持ちになったのは、初めてだ。
自分から、もっと知りたいと思ったのは。
バスケについて。
火神について、黒子について。
何かが起こりそうな、そんな予感。
自分が根底から作り変えられるようなむず痒さが体を駆け巡る。


リコに促され部員たちにタオルとドリンクを配りながら、セツナの頭の中は大きな期待と興奮で満ちていた。 

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