初部活
入学式の時点では面識が無かったから分からなかったが、黒子とは同じクラスだった。
気付いた時には嬉しくて思わず駆け寄って「おはよう!」と挨拶したら何故か驚かれてしまったが、すぐに「おはようございます、眞城さん」と返され、つい頬が緩む。
黒子も微笑んでくれたので更に嬉しくなった。
(友達っていいなぁ・・・あれ、もう友達って思っていいのかな?一方的?でもこれから仲良くなれるといいな)
そんなことを考えながら、初の部活動の時間だ。
初めての運動部。初めてのマネージャー業。
やるからにはしっかり務めなくちゃと思ってある程度の仕事は調べて予習してきたけれど、果たしてうまくできるだろうか。ドキドキしながら訪れた体育館にはすでにたくさんのバスケ部員が集まっていて、そこに入るのに少しばかり躊躇してしまった。
「お、落ち着くのよセツナ、大丈夫大丈夫、普通に挨拶して行けばいいんだか「あ、来たわねマネージャー!!」ァひゃい!」
「ひゃい?え、ちょっと大丈夫?」
「えっあっいやっすすすすみません突然声かけられたのでびっくりしてしまって!!」
「そ、そう?ならいいけど」
深呼吸していたところで女性の先輩に嬉々として声をかけられ、思わず返事が裏返ってしまった。恥ずかしい。
彼女は苦笑しつつ、セツナを促し歩きだす。
「私は相田リコ。二年だけど男子バスケ部のカントクやってるわ。眞城セツナちゃんよね?」
「は、はいっ」
かんとく。リコの言葉にセツナは目を瞬かせた。ひとつ上の先輩だが、女ながらにこの男子バスケ部をまとめる役目を担っているらしい。
少しつり目がちな瞳にはキラキラとした光が詰まっていて、歩く足取りも歪みがなく自信に溢れているように見えた。明るく、物怖じしなくて、自分をしっかり持っている人。リコの第一印象は、セツナの目指す姿にとても近い。
かっこいいな。じわりと、セツナの胸中にリコへの憧れが根付いた。
「嬉しいわー、うちマネージャー居なかったのよ。去年は私が兼任してたけど、セツナちゃんのおかげで監督に専念できそう。今年も、希望してくれたのはセツナちゃん一人だけだから仕事大変だろうけど、よろしく頼むわね」
「こ、ちらこそよろしくお願いします!でもあの、私マネージャーとか初めてで」
「大丈夫よ!私も教えるし。大切なのは気合と根性!!」
「〜っ、がんばります!!」
「よろしい!じゃあ早速、自己紹介よろしくっ!!」
「えっ!?」
リコの一挙一動にドキドキしてるうちに、セツナはいつのまにか体育館の真ん中まで連れてこられていたらしい。眼前にいるのは、バスケ部員達、で。みんな興味津々といった様子でセツナを見ている。「うわぁ念願の女子マネだ!」とか、「初々しいね、かわうぃ〜・・・キタコレ!」「きてねぇよダァホ!!」なんて声が聞こえてくる。
心臓が爆発するかと思った。
でもその人ごみの中に、唯一の友達を・・・黒子を、見つけて。
どこか心配そうにこちらを見ている彼に、みっともないところは見せられないと思う。
「え、と、あの・・・、ま、マネージャーをやらせていただきます眞城セツナです。バスケもマネージャー業も初心者で、至らないところも多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします!」
一気に言って頭を下げた。大丈夫かな、とハラハラする間もなくぽんと背が叩かれ顔を上げると、リコがにっこり笑ってくれている。どうやら、大丈夫だったようだ。
「さぁて、可愛いマネージャーも入ってくれたことだし私も自己紹介するわね。男子バスケ部カントク、相田リコです。よろしく!」
「えぇ〜!!!?」
「あっちのじいちゃんじゃないの!?」
「ありゃ顧問の武田センセだ。見てるダケ。じゃあ、まずは〜・・・」
リコの眼差しが爛々と光り、口元がひどく美しい笑みを描いた。
「シャツを脱げ!!」
「え"え"ー!!!???」
「え・・・っ!?」
「あ、もちろんセツナちゃんは脱がなくていいからね。はいこれっバインダー持ってー、その名簿の横のとこに私の言ったことメモってくれる?」
「は、い」
・・・驚いた。
リコがいきなりシャツを脱げ!って言い出したことにも歴とした理由があったわけだからそれはいい。しかしそれより・・・同年代とはいえ異性の体など、そうそう見るものではない。
リコには経験により鍛えられた眼力があるからあまりそう思わないのかもしれないが、初めて見たセツナには少し刺激が強かった。
明らかに女性とは違うその作りを目の当たりにして、頬に熱が集まってしまうのが分かる。気にしないように必死にリコの言うことをメモしながら、部員のみんながリコの眼力に驚き注目してくれていて助かったと胸をなで下ろした。
途中何かリコの悲鳴が聞こえた気がしたが、顔を上げるとやっぱり男子の上体が目に入ってしまうので必死にバインダーを構え素数を数えてやり過ごし、しばらく待ってからちらりと覗き見る。
まだ、よりにも寄って黒子が上半身裸だった。
再びバインダーに顔を埋めるしかなかった。
・*・*・*・
あれから初部活は特に問題なく終了した。
初回だったのもあり、簡単な基礎トレとか部員同士の自己紹介や、それくらいで早めに解散したのだ。部員たちの裸を見てしまったことを思い出すとまた頬が熱くなってしまう気がしたが、きっとこういうことはこれから多々あるだろう。これにも、慣れなければいけない。
頭を振って、ペンを握っていた手にしっかりと力を入れリコに頼んで譲ってもらった情報を見直す。
「えーっと、顧問は武田先生で監督はリコ先輩で、二年の先輩は日向先輩と、伊月先輩と水戸部先輩と・・・」
紹介された先輩達の顔と名前を早く一致させなければならない。リコからもらった資料を見ながら自分なりに整理し直し、それから今日教わったドリンクの作り方もノートにまとめる。
帰りに本屋によってバスケットのルール本も購入してきた。やはりネットの知識だけでは心許無い。
一人暮らしのマンションはセツナには少し広かった。父親のツテで安く借りられたココはセツナが一人暮らしをする条件のひとつでもあり、セキュリティーはしっかりしているしまだ新しい建物なので綺麗で、文句のつけようもない。だた、いかんせんちょっと広すぎて淋しい。
今までは実家で母と父と祖父と暮らしていたのだから、仕方ないかもしれないが・・・
「あ、明日のお弁当作らなきゃ」
できる限り自炊する。それも、一人暮らしの条件のひとつだ。安易な外食ばかりではいけないと、一人暮らしを始める前に母親から渡されたレシピ集は三冊ほどある。
それをパラパラとめくりながら冷蔵庫を開けるが、調味料と牛乳しか入ってなかった。そういえば今朝主な食材はすべて食べてしまった気がする。帰りにスーパーに寄る予定だったのを、本屋に立ち寄ったことで忘れてしまっていたのだ。ちらりと時計を見ればまだ9時で、スーパーの閉店時間は12時だから今から行けばまだ間に合う。
エコバッグに財布と鍵とケータイだけを入れて部屋を出た。
エレベーターを降りてマンションのエントランスホールを抜けると、透明な玄関扉の向こうに大きな人影をみつけて、セツナはびくりと足を止める。
しかし現れた人物には見覚えがあって、思わず声をあげた。
「あれ?えっと、確か・・・かがみくん、だ」
「お?あれ、お前、・・・あー、マネージャー!」
「眞城です」
「そうだ、眞城」
居たのは、ほんの数時間前まで一緒の体育館にいた同級生だった。一年生の中でもとりわけ体が大きく、リコが涎を垂らしながら見ていたので覚えている。
そういえばクラスも同じだったはず。知らぬ人ではないとわかったら安心して力が抜ける。部屋の目標を思い出して、呼吸を整えてから笑顔を浮かべて声をかけた。
「こんばんは、火神くんは今帰りなの?」
「あぁ。お前、えーっと、眞城はここのマンション住んでんのか?」
「そうだよ。今月から一人暮らし」
「へー・・・俺もここで一人暮らししてんだけど」
「ほんと?」
驚きの事実だ。部屋番号を聞けば、なんと同じ階の丁度反対側で。
「偶然ってあるものだね」
「そうだなー・・・」
頭を掻きながらそう同意した火神はなんだか少し疲れているように見えた。
部活の時はそれほど疲れた様子はなかった気がするが・・・何かあったのだろうか。
「・・・どうか、したの?」
「いやー・・・別に」
それ以上はなんとなく聞けなくて、そこは簡単な挨拶をして別れようかと口を開いた。
の、だが。
「なぁ、眞城」
「はい?」
「・・・自分を、影だとかぬかすやつ、なんだと思う」
火神の問いは、抽象的でわかりにくかった。己を影だという人が居るのだろうか。
「あー・・・何聞いてんだ俺。わりぃ、べつに仲良いわけでもねぇのに」
「ううん。でも、そうだな・・・よく、わからないけど」
「お、おぅ」
「影も、確かに存在しているものだよね。光源が強いほど濃くなるものだし」
「・・・まぁ、そうか」
「ごめんね、あんまり良い答えを出せなくて」
「いや、俺こそ」
火神はふーっと息を吐きながら、何かを払うように頭を振った。
それから気を取り直して鞄を肩にかけ直し、セツナの肩をぽんと叩いてエレベーターに乗り込んでいく。すれ違い際、Thanks、と妙にいい発音で言われ、そういえば火神は帰国子女だったと思い出した。
「えっ、と。GoodNight、火神くん」
「Ah,Thanks・・・You too,眞城」
扉が締まる直前に声をかければ火神は一瞬驚いた顔をした後、にかっと笑って返してくれた。なんとなく嬉しくなり、セツナは上機嫌でマンションを出る。
火神くんとも、仲良くなれるといいな。
都会の夜空に星は見えないけれど、それでも存在はしている星を見上げた。
明日も晴れますように。
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