【RKRN】恋の寿命(竹くく)
「三年、だって」
「は?なにが」
「想いの期限」
静かに豆腐を食みながら、兵助は小さく呟いた。
器用に箸を操り崩れやすい豆腐をその形のまま口に運び、咀嚼し、飲み込む。一連の動作はいつも通りなのに、ただ零された言葉の内容だけがひどく脆く、そして冷たく染みていく。
八左エ門は間抜けに口を半開きにしたまま、目の前の恋人が何を言わんとしているのか必死に読み取ろうとした。
「三年経てば、恋心は死ぬ、ってことなのだ」
「なんで」
「寿命だよ」
そういう決まり。
誰も抗えない。
また一口真っ白な豆腐を食む。伏し目がちの黒目を縁取る長い睫毛が幾度か瞬きをして八左エ門を見た。
「なぁ、ハチ。俺とお前が付き合ったのって、いつだっけ」
「・・・去年だろ」
「じゃあ、お前が俺を好きになったのは?」
「・・・、」
出かけた言葉を飲み込んだ。
兵助は、何が言いたい。何を言いたい。
底の深い井戸を覗き込んだ時のような暗い不安が鎌首をもたげ、八左ヱ門の心中に暗雲をもたらした。彼に伝えなければならない答えを、間違ってはいけない。
でもなんと言ったらいいのか、皆目見当もつかなかった。
「・・・二年、の時だ。はっきり想ったのは」
「そ、か」
窮して発した言葉は、ただの事実。だって他に言い様がない。
普段は歯に布着せぬ物言いをする兵助が、今日ばかりは何故か曲がりくねった文脈で言う。その真意の裏の裏を完全に読み取れるほど、八左ヱ門は機微に敏くはなかった。
いや、日頃人の感情の動きは読み撮りやすい質であると自負しているが、この時ばかりはその野性的な直感が働いてくれない。
「じゃあ、そろそろ終わる」
「は、」
「覚悟を決めるから」
なんの覚悟だ。
だんだん腹が立ってきた。顔になんの感情も見せずにただひたすら豆腐を口に運ぶばかりの兵助。だというのに、その瞳だけは悲しみに打ちひしがれているような、悲痛な哀色を滲ませていて。
イライラしだした八左ヱ門の心情を知ってか知らずか、兵助は食べ終えた豆腐の器に綺麗に揃えて箸を置き、ことさら綺麗に笑いやがった。
「気持ちが切れたら言ってくれ。女のように面倒くさく追いすがったりはしない」
「はー!?」
「だから、気持ちが」
「あ、あー・・・あーもうわかった、やっとわかったお前が何を言いたいのか!!」
俺の悩んだ時間を返せばかやろう!!
組みあがったパズルは、その途中がどんなに困難なものであったとしてもいざ完成してしまえばあっけなさを感じるものだ。それと同様の呆れと疲れと、そして少しばかりの嬉しさが綯い交ぜになって八左ヱ門に盛大なため息をつかせた。
要するに、だ。
兵助は想いの寿命が三年だと聞いて、そして八左ヱ門が兵助に恋をしたのが二年生のとき、つまり三年前だと知って。
勝手に八左ヱ門の気持ちに終わりを見てしまったのである。そしてそれに一人で寂しがって悲しがって、そして強がって。
なんとも思い込みの激しいことだ。いや、むしろ阿呆。兵助は阿呆だ。
ため息を通り越して肺の中の全てを吐き出すような息を吐き、八左ヱ門は貼り付けていた無表情が剥がれてついに情けなく眉を下げた兵助の首を羽交い絞めにした。
「たかだか三年で俺の兵助への気持ちが切れるとか、考えやがったのかこのい組の秀才は」
「だ、だって、三郎が」
「三郎?三郎な、わかった今度シメる」
脳内で大笑いしているあのイタズラ好きの同胞をコテンパンに伸す想像をふくらませつつ、いやそれよりも先によく状況が飲み込めてないまま瞳をうるませている大切な恋人の頭をぺちんと叩いた。
「いたっ」
「あのな。兵助、お前あんまりみくびんなよ?俺自分でも引くくらいお前のこと好きなんだからな」
「で、でも恋心は・・・」
「寿命が三年って?それ本当か」
「だって・・・雷蔵も、言ってたし・・・」
「じゃあ仮にそれが本当だとしてもだ。世の中には三年よりもっと長く続いている人達だっているだろ?そう言う人はどうなんだよ」
「・・・それは・・・」
「そーいうこと」
なんだか納得いっていないような兵助の唇を、誤魔化すようにかすめ取る。
ちゅ、と軽いリップ音は小さいけど、それはどんな口封じよりも強力だった。
「おまえ頭いいのにアホだよな!」
「なっ!!?」
顔を真っ赤にして怒る兵助はされど、八左ヱ門に強く抱きしめられればふにゃりとその表情を一変させた。
気持ちが切れれば言ってくれ。女のように追いすがったりはしない。
そう思ったのは事実だが、その言葉を言うのに多大な勇気と覚悟を必要としたのもまた事実だ。
だって本当は別れたくなんかない。三郎から想いの期限を聞いて愕然として、すぐに怖くなった。兵助がこんなにも誰か一人を愛しいと想ったのは八左ヱ門が初めてだったし、だからこそ何もかもが初めてで、時折恋愛相談していた三郎からそういうものだと言われれば疑いもせず信じてしまった。忍者としてもいけない思考だったと今なら深く反省できる。
「・・・来年も、一緒にいてくれるのか」
「来年どころか再来年も十年先も離す気ないんですけど」
「そ、か」
そう、か。
力強く、それこそぎゅむぎゅむと音がしそうなほど抱きしめられたまま、兵助はへにゃへにゃとその泣き顔を崩した。
その崩れた顔にこれでもかと己の頬を押し付け、八左エ門はさてどうやって三郎に仕返ししてやろうかと考えを巡らせた。
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恋の寿命が三年と聞いて。
こいつらの場合、八左エ門は気にしないと言うか笑い飛ばしても兵助はグチグチ悩みそうだなぁそれで一人で突っ走って八左エ門に迷惑かけちゃいけないとかおバカなこと考えて離れようとか決心しちゃうけど結局できるわけなくてその不安や恐怖を知った八左エ門が「あーもーバカ野郎そんなに不安なら俺がどんだけお前のこと好きなのか体にわからせてや(略」な展開になる、なってくれ。
邪推ニヨニヨ
・・・しかし、under書けない。なんか時間空いたら羞恥心がもりもりと
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6th.Dec.2013
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