夜明け 〜煌鳴〜
 王宮の朝は早い。
 朝廷という言葉通り、夜が明けて半刻後には百官打ち揃っての朝議が正殿大広間にて執り行われる為、宮人達は日が昇る前から起きだして忙しく立ち働く。
 そして、続々と出仕してくる官吏達が欠伸をかみ殺しつつ和やかに朝の挨拶を交わした後、「さてさて! 本日の主上のお出ましは有りや無しや?!」というのが雁国での常の会話となっているのである。



「おお! 煌様が北宮を旋廻あそばされていらっしゃる! そろそろではあるまいか?」

 官吏の一人が、北宮鴛鴦殿方面の上空で美しく飛び舞っている自国の宝重『海東青』煌の姿を眼にして声を上げると、控えの間のあちこちでうっとりとした感嘆の声が漏れた。

「ほんに! 煌様が朝餉を御所望に参られた。では拙めは『御出座』に銀一両!」
「いやいや! 昨日もそれで大損されたに…。卿も太っ腹な事だ! では拙めは后妃様が臥室に釘付けされる方に銀一両…」

 したり顔の官吏達が王夫婦の睦まじさをねたに賭け事に興じる様子を、秋官長大司寇と地官長大司徒は苦笑しつつ回廊から眺めていた。

「あいつらときたら…。飽きもせずに毎日毎日、多愛のない賭け事に興じれるものだな。そうは思わんか? 朱衡」
「それだけ我が国は平和であるという事ですよ、帷湍」
「……」
「あの頃のわたし達が夢見た、穏やかな平和です」
「…。そうだな」

 怜悧な微笑みを浮かべている親友の横顔を見つつ、真面目な地官長はそれでも、心の底から浮かぶ嬉しさを押し隠すようにふふんっと鼻を擦り、苦い顔を作った。





 その頃…。
 北宮鴛鴦殿の深奥、王と后妃が寝御する帳の中では甘やかな問答が繰り広げられていた。


 煌既鳴矣  煌、既に鳴きぬ
 朝既盈矣  朝、既に盈ちたり
 匪煌則鳴  煌、則ち鳴くに匪ず
 麗蝶之聲  麗しい蝶の声なり


「陛下。煌が鳴いておりますわ。きっと、朝日が天空を染めてございます…」
「この帳の内にあって朝日が見えようものか! あれは煌ではない。蝶が羽ばたく音だ。それよりもっとこちらに来ぬか…」
「あれ…」


 東方明矣  東方明けぬ
 朝既昌矣  朝、既に昌んなり
 匪東方則明 東方則ち明くるに匪ず
 月出之光  月出づるの光なり


「いいえ。東の空が白々としている気配がいたします。夜はすっかり明けはなたれましてよ…」
「そなたの思い過ごしであろう。あれは夜明けの光ではない。月の出だ。さあさあ! 心配せず、もそっと俺の傍へ寄れ! 美凰…」
「……」


 煌飛薨薨  煌、飛んで薨薨(こうこう)たり
 甘輿子同夢 甘(たのし)んで君子(きみ)と夢を同じゅうせん
 會且帰矣  会ず且く帰れ
 無庶予子憎 庶(こいねが)わくば 予(わ)が君の憎む無からんことを


「でも、本当に窓辺で物音が…。きっと煌が朝餉を催促しに参ったのですわ。いつまでも陛下と共に甘い夢を見ていたいのですけれど、程なく朝議に御出座召されねばなりませぬ。お支度がございますゆえ、わたくしの事をお怨みにならず、どうぞお起きになってくださいませ…」


 今日不作楽 今日(こんにち) 楽しみを作さざれば
 當待何時  当に何れの時かを待つべき
 逮為楽   楽しみを為すに逮(およ)べ
 逮為楽   楽しみを為すに逮(およ)べ
 當及時   当に時に及ぶべし


「今日を楽しまずに、一体いつまで待てと云うのか! なるべく早い内に楽しむべきだ! さあ! 今すぐ二人で楽しもう!」
「尚隆さまったら…」


          『斉風』一部変
          無名氏『西門行』





 良人のおおらかな愛の詩に、心優しい后妃美凰は翻弄されてばかり…。
 王が后妃の云う通り、素直に起きて朝議に出座したのか否か?
 いずれにしても、雁国の一日はこうして今日も始まるのだった…。

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