その笑顔が罪?! (REBORN!)
「一体全体、どういうこと!」
「どっ…、どういうことと仰しゃられても…」

 ボンゴレ本部の北棟にある夫の執務室で、わたしは絶体絶命のピンチを迎えていた。
 何故こんな状況に陥っているかというと、時を遡ること数十分…。



『おう、美凰じゃんか! 久しぶりだな!』
『あっ、山本さん! こんにちは…』

 恭弥さんを待たせているという自覚がありつつも、廊下でばったり出会った山本さんとついつい話に花が咲いてしまったのだ。

『相変わらず綺麗だな! 新婚生活はどだ? ヒバリの奴も欠伸ばっかしてるけどよ、美凰もかなり寝不足気味ってか?』
『いやな山本さん! 変なこと言わないでください!』
『わりぃ、わりぃ! 冗談だよ! で、今日はなんだ? ヒバリの奴と出かけるのか?』
『ええ。今日から2週間、休暇旅行でエジプトに…』
『へぇ! そういや休暇申請出てたのな…。しっかし相変わらず豪勢な嫁さん孝行だよなぁ〜』
『いやだわ! 半分はお仕事ですもの。ほら、風紀財団で調査している“世界の七不思議”』
『おー、あれかぁ〜 ヒバリも色々大変だなぁ〜』
『それはそうと、花さんはお元気ですか?』
『ああ、お蔭様でな。あーんなでかい腹抱えてても元気溌剌でさぁー、俺の方がハラハラしてるよ』
『もうそろそろですものねぇ〜 山本さんもいよいよ“パパ”かぁ〜 楽しみですね!』
『おうよ! ま、産まれたら顔見に来てやってくれな』
『勿論ですわ! お知らせお待ちしてますから…』

 所謂世間話という、たったそれだけのことだったのに…。



 突然、ヒュン!と音がしたと思いきや、山本さんとわたしの間に見慣れたトンファーが揺れていた。
 そしてそれは、豪華な内装の壁に突き刺さっていたのだ。

『○▲□×●△■×ーっ!!!』

 一体どこから?!
 きょろきょろ慌てていると、般若も恐れをなして逃げるであろうわたしの夫、雲雀恭弥の静かな激怒の顔がすぐそこにあった…。

『おー、ヒバリー! 相変わらず冗談きついのな!』
『山本! 君…、僕のものに近づかないでくれる?』
『今からエジプトだってなぁ。日焼けに注意しろよ! 美凰、色白だかんな! じゃな美凰、また連絡すっから!』

 恭弥さんの問いかけをまったく無視したままの山本さんはからから笑い、手を振りながら立ち去った。
 鈍いというか、図太いというか、かなりの大物だとわたしは思った。
 それからすぐ廊下を引きずる様にここへ連れてこられて、今に至るのだ。





 執務室に入るなり、恭弥さんはすぐに鍵を閉めるやその扉にわたしを押しつけた。
 わたしの顔の真横には、雲雀の両手がある。
 そして、綺麗な顔がとても近い。
 結婚して間がないわたしには、かなりどきどきしてしまうシチュエーション。
 恭弥さんが、形のいい唇を動かした。

「で? どういうことって聴いてるんだけど?」
「で、ですからどういうことと仰られても…、山本さんと偶然出くわして、普通にお喋りをしていただけですわ」
「偶然?」

 恭弥さんの眼元が凄みを増す。

「へえ! その割に随分と笑顔が見られたけど?」
「見知った方と楽しい会話していれば、自然に出ますわ!」
「理解できないね」

 そんなぁ〜
 普通に喋っていただけで、どうしてこんなに不機嫌に責められなければならないの?

『わたしには誰に対してもそんな仏頂面しか出来ないあなたの方が理解できませんわ!』という本音が喉まで出かかったが、かろうじて直前で呑み込んだ。

 我慢するのよ、美凰!
 これを言ったら、今すぐこの場で咬み殺されてしまうだろうから。
 それにしても、どうしてこんなに怒るのかしら?
 嫉妬深いのは周知の事実だけれど、わたしのすべては恭弥さんのものであって、誰かに傾くなんてこと絶対にあり得ないのに…。

「どうしてそんなに怒るの?」
「……」

 恭弥さんは一瞬、息をのんだ。
 まあ? 予想外だったのかしら、この質問って?
 一瞬考えたらしい恭弥さんは、目を逸らしながら気まずそうに言った。

「…。実は…、今まで黙ってたんだけどね、君の笑顔は…、風紀を乱す恐れがあるんだよ」
「はい?」

 恭弥さんの言葉に、わたしはぽかんとなってしまった。
 風紀を乱す?
 なんですの、それって?

「あまり…、不特定多数の男に笑顔を見せるべきじゃないということだよ。まあ…、僕だけの前なら例外だけどね…」
「恭弥さんの前だけ?」
「そう。僕はそこらへんの奴らとは出来が違うからね」
「……」

 相変わらず意味がよく解らない恭弥さんの思考。
 心なしか得意げな恭弥さんを見ていると、更に謎は深まるばかり。
 風紀を乱す笑顔ってなに?
 わたしの笑顔が犯罪なの?
 って言うか、学校も既に卒業している身の上で、今更風紀なの?
 でも、普段滅多に見ないちょっぴり気まずそうな恭弥さんの表情はかなりのレアもの。
 そんなことをぼけぼけと考えていたわたしに、恭弥さんはにやりと笑いかけてきた。

「さあ…。というわけで僕は静かに怒っている」
「え、えーと…。そ、それは…、ご、ごめんなさい…」
「謝っても駄目だね。自分の危ない凶器を理解していなかった美凰の罪は重いよ」
「そんなぁ…。それじゃ、どうすれば許してくださるの?」
「そうだね…。じゃ今からここでストリップショーでもしてくれたら許してあげる」

 ノーブルな口許が紡いだ、些か下世話な言葉にわたしは眼を見開いた。

「ス、ススス、ストリップですってぇぇぇっ!」

 真っ赤になって狼狽するわたしが面白いのか、恭弥さんはニヤニヤ笑いながら顔を近づけてきた。

「因みにこれからは他の男の半径一メートル内に近づいたら僕がいいと言うまで肩揉み、他の男に挨拶したら僕の気がすむまで膝枕と耳掃除、他の男に笑いかけたら僕が満足するまでキスしてもらうから」

 訳のわからない懲罰に唖然としてしまう。

「なっ、なんですのっ!? それって!」
「理由は要らない。夫の命令だよ。あっ、解ってると思うけど他の男と必要以上に喋ったらストリップして貰うからね」
「そんなの無理ですわ!」
「どうして?」
「だ、だだだ、だって! それじゃディーノ叔父さまやツナ兄さま、それに草壁さんやマリオやルディーとも喋っちゃ駄目ってことになりますもの!」
「許容範囲の相手は僕の中にちゃんとあるから、君は心配しなくていいよ」
「……」

 もう訳がわからない。
 混乱状態のわたしは、眼を白黒させながら訴えた。

「き、許容範囲ってなんですの? だ、第一普通に日常生活をしてて、恭弥さんが仰しゃる様なことができる筈ありませんもの! 絶対に無理ですわ!」
「何? それじゃ他に僕の機嫌を鎮められる方法知ってるんだ?」
「うっ…」

 それは、まったくもってお手上げである。

「わ、解りませんわ…」
「ならやるしかないね」
「で、でも…、ス、ストリップだなんて…、い、いやらしいわ!」
「僕は君の夫なんだから、いやらしいも何もないでしょ」
「……」

 飄々と言う恭弥さんが小憎らしい。
 それなのに…、惚れた弱みという言葉通り、彼を熱愛しているわたしには逆らえないものがある。
 横暴だわっ!と叫んでみても、心の中でそれを拒否していない自分がいることに驚くのだ。
 ああでもないこうでもないと思い煩っている内に、わたしからふいと離れた恭弥さんはツナ兄さまのものよりも豪華な黒革張りの執務椅子に腰掛け、ゆったりと長い足を組んで、楽しそうにわたしをくいくいと手招いた。

「まだ? 早くしてくれないとエジプト行きの飛行機に乗り遅れるよ?」
「……」

 どこからともなくヒバードが姿を現して、恭弥さんの頭の上にぽふんと止まった。

『ハヤク、ハヤク! エジプト、ハヤク!』

 悠然と煙草に火をつけて催促をする恭弥さんは、観客準備万端だ。
 ヒバードちゃんに至っては、???という顔をして、黒目を眼一杯見開いている。
 恐々と彼に近づきながら、わたしは悔し紛れに言った。

「わたし…、ス、ストリップなんて…、は、初めてなんですけれど?」
「そりゃそうだろうけど、僕は悪くないからね。すべては君が悪いんだから。まあ…、脱いだ後の責任はとってあげるから、安心して始めていいよ」
「……」

 どんな風に責任を取るのだか!
 綺麗な顔をニヤつかせて『責任』なんて言うこの人の口を抓ってやろうかと思ったけれど…、やめておいた。
 もう、どうにでもなってしまえ!というか、拷問にも等しい様な気もする。
 でも…。
 あなたとなら、拷問もきっと天国に変わってしまうのだろうから。
 そう思ったわたしは、覚悟を決めてワンピースのファスナーに手をかける。

「ワォ!」

 ひどく嬉しそうな恭弥さんの声は、ぱたぱたというヒバードちゃんの軽やかな羽ばたき音にかき消された…。





 結局、予約した飛行機のフライト時間には間に合わず、草壁さんの手を煩わせてパレルモを出発できたのは夕刻のことだった。
 特別扱いで手荷物検査をパスしたヒバードちゃんは、ファーストクラスの一席をしっかりと確保し、豪華な鳥籠の中ですやすやと眠っている。

「恭弥さんの莫迦莫迦っ!」
「どっちが莫迦だか。大体君が悪いんだよ。色々といやらしいことに興味を覚えてしまうから…」
「わたしのせいなのっ?!」

 切れ長の黒い瞳が楽しげに吊り上った。

「…。エジプトでは二週間でベリーダンスでも習得して貰おうかな?」
「ベっ、ベリーダンスですって?!」
「今以上に腰の旋回力がつくよ」
「っ! 莫迦! 莫迦! 莫迦ぁーっ!」

 近くで書類を繰っていた草壁さんの耳を気にしてわたしが叫ぶと、ヒバードちゃんが目覚めて羽ばたきをした。

『バカ! バカ! ヒバリ! モット! モット! キョーヤ!』
「ヒ、ヒバードちゃんったら!」

 思い出し笑いをしながら眼前の紅茶ポットに手を伸ばしている恭弥さん。
 気の毒そうにわたしを見ながらやっぱり笑っている草壁さん。

「飲まないの? 冷めるよ」

 豪華なマイセンのティーカップを差し出す恭弥さんの極上の笑顔。

「い、戴きます…」

 真っ赤な顔をしたまま、不承不承に紅茶のカップを受け取りつつ、『一体、どっちの笑顔が罪つくりなんだか…』と心の中で呟いたわたしはエジプトへ到着するまでの数時間を、むむむっと唸り続けていた…。

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