目が覚めた時、部屋の中は薄っすらと明るかった。
心地良い体温を胸の中に感じながら、ゆっくり起き上がってナイトテーブルの上に置いたと思しき携帯電話を見ると、まだ朝の六時過ぎだった。
すぐ傍には、生まれたままの姿をした美凰が眠っている。
長い睫毛に縁取られた瞳はしっかり閉じられていて、規則正しい寝息が聞こえた。
何度も肌を合わせた後、疲れて気を失う様に眠ってしまった美凰。
白い頬にかかる艶やかな髪を払っても、起きる様子さえない。
僕の腕の中で、無防備に眠る恋人。
何ものにも代えがたい僕の宝物。
昨夜のことを思い出すだけで身体が熱くなる。
思わず抱きしめる腕に力を入れると、美凰が寄り添う様に頬をすり寄せてきた。
心の底から愛しさが溢れる。
穏やかな寝息を立てるその柔らかな唇にキスをして、そのまま下唇を軽く吸う。
「ん…」
小さな声が漏れるけど、まだ起きる様子はない。
閉じた唇を舌で舐める様に割ると、簡単に歯列の隙間に入り込めた。
中を探って小さな舌を探し出し、吸いあげながら舌を絡めると、僅かな反応を見せた。
「ん…、あ…」
目蓋がぴくんと動いたけれど、開かれることはない。
胸元まで覆う布団を少しずらすと、白い肌が目の中に飛び込んで来た。
朝の薄い光に輝く白い胸元。
そこに浮かぶいくつもの紅い刻印。
僕が夢中でつけた、所有物の証。
その数の多さに苦笑する。
そしてそれはまた、昨日の夜をありありと思い出させて僕の身体を更に熱くさせた。
理性が少しずつ飛んでいった…。
優しく時間をかけてゆっくりと進めようと思っていたのに…。
僕の腕の中で歓びの涙を流しながら喘ぐ美凰。
気がつくとがむしゃらに抱いていた。
僕が果てると同時に気を失うかの様に眠り込んだ彼女に気がついたのは、たっぷりと余韻に浸った後だった。
そんな風に突っ走ってしまうなんて、やはり自分もこんな時はただの子どもなんだと改めて思う。
やり直すかの様に、その痕を唇で順番に辿ってゆく。
唇から頸筋へ。
鎖骨から胸元にかけて、点々と残るそこに改めてくちづける。
「…、ん…、な、に?」
流石に眼を覚ました彼女が身を捩る。
顔をあげると、まだ眠そうな眼をとろんとさせた美凰と眼が合った。
いつもの大人びた雰囲気は微塵もなく、その姿は稚い少女といった風情だ。
「おはよう」
まだ少し濡れている小さな唇に、僕は軽くキスをする。
「…、おはよ…、ございま…、す…」
半分寝ぼけている様なぼんやり顔で、美凰が僕を見あげる。
そんな彼女が可愛くて、またその唇にキスをした…。
欲しいものが一つ手に入ると、さらに求めてしまうのが人間というもの。
唇を触れ合わせたまま、僕は僕の心を虜にしている青菫色の双眸を見つめた。
「…、僕を好きだと言って?」
そう。
君からの言葉が欲しい。
君の瞳を疑っているわけじゃない。
ただ、言質が取りたいだけ。
安心したいんだ。
僕の想いが一方通行ではないことを、いつでも確認したい。
僕を映す綺麗な瞳が、喜びの色に満ちて優しく揺れる。
急かす様に、芙蓉花の唇に小さなキスをいくつも落とすと、くちづけの合間に「…、好き…」という言葉が漏れた…。
彼女がくれた言葉は砂糖菓子よりも甘く、僕の心の中に溶けてゆく。
さらに唇を求めて少し開いたそこへ舌を這わせ、彼女を深く味わう。
途端に、自分でも抑制しかねる熱く激しい想いが溢れ出した…。
「愛してる?」
「愛しているわ」
「僕を?」
美凰は、こちらがうっとりする様な微笑みを花顔に浮かべて小さく頷いた。
「恭弥を愛しているの…」
縋りついてきた白い繊手を握り締め、掌と手の甲に、そして指の一本一本にくちづけを贈る。
僕の指輪を嵌めている薬指には特に念入りに…。
望んでいた人がこの腕の中にある。
なんという至福なのだろう。
艶やかな微笑みを浮かべる無防備な唇に、またキスをひとつ…。
そんな顔を間近で見せつけられたら、こっちがどんな風になるか解ってる?
それって確信犯だよね?
抱きしめるだけじゃ足りない。
キスだけじゃ足りないよ…。
身体がどんどん熱くなるのを感じる。
僕の熱は君にしか冷ませないものだと、君は気づいている?
「覚悟は出来てる? 美凰」
「覚悟って?」
「永遠に僕のものでいる“覚悟”だよ」
「まあ…」
ちょっぴり混乱している彼女の唇を奪い、僕は身の内に籠もった熱を放出すべく柔らかな肢体に身体を重ねた…。
「そんな覚悟ならとっくの昔に。わたしは…、いつだってあなたのものよ。恭弥…」
ワォ!
その優しく甘い言葉に、僕は“一撃必殺”された気分だった…。
君がもうどんなことにも傷つかない様に、ずっとずっと守ってあげる。
君の為なら、どんな甘い言葉だっていくつでも言ってあげる。
宝物の様に、そして姫君の様に大切にしてあげる。
だからずっと…、ずっと傍にいて…。
僕と…、命尽きるまでとびきり甘い“恋”をし続けよう…。
〜Fin〜
おまけ…。
25日の朝、僕は美凰に“Christmas Present”を手渡した。
誕生日を祝う昨日の指輪とはうって変わっての日用品。
“可愛い湯たんぽ”は冷え性の美凰から、ずっとねだられていたもの。
綺麗なピンク色のハート型カバーに黒猫と薔薇の刺繍がされたそれは、草壁があちこち探し回って発見してきた数種類のものの中で、僕が決めたものだった。
「まあ! とっても可愛いっ! 有難うございます、恭弥!」
カバーごと“湯たんぽ”を胸に抱きしめ、美凰は大喜びの様子だった。
「ねぇ、美凰…」
「はい?」
「それ…、冬の間毎日抱きしめて寝るつもり? 君には僕がいるのに“湯たんぽ”だなんて…。ちょっとショックだね」
そう言って拗ねた僕の頬に、美凰はくすくす笑いながら優しくキスをしてくれた。
「“湯たんぽ”に嫉妬だなんて、変な方…。勿論、恭弥の方がずっとずっと温かいですけど…、これはこれで重宝しますから…」
「……」
「それに…、どちらかと言えば、わたしがあなたの“湯たんぽ”の様な気がしますけど?」
「…、そうだね」
確かに…。
元々冷え性というけれど、僕が抱きこんで眠るから、美凰の身体はいつでも温かい。
そしてそんな彼女を、僕は自分の“湯たんぽ”の様に抱きしめ、温かな眠りに就くのだ。
「ねぇ…」
「はい?」
「その言葉って…、誘ってるって事だよね?」
「まあ…」
美凰の言葉に僕はまた彼女が欲しくなった…。
そして美凰は、僕の言葉に羞かみの笑顔をその美しい面に浮かべた…。
それから僕達がどうなったかは、秘密…。
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