聖なる夜を君と 3
 恭弥がヒバードの相手をしている間に、そそくさと部屋着に着替えて脱衣所を出ようとするわたしの手を恭弥が掴んだ。

「風邪をひくから、髪、乾かしてからおいで。料理はもう温めるだけなんでしょ?」
「ええ…」
「じゃあ、用意しとくから」

 そう言って笑うと、ドライヤーをわたしの手に押し込んで、黒いパジャマに着替えた恭弥はヒバードと共にさっさと出てしまった。
 髪を乾かした後で慌しく寝室に戻ったわたしは、今夜の為にとこっそり買っておいた新しいナイトドレスに着替え、それと解らない様に厚手のガウンを着込んでからダイニングに向かう。
 テーブルの中央には美しいアレンジメントフラワーが鎮座、わたしが用意していた燭台の蝋燭にはロマンティックに火が灯され、温められた料理がその周囲を所狭しと並べられている。

「お酒はご法度だけど、折角の君の誕生日なんだし、こんなに凄いご馳走を頑張って支度してくれた君へのご褒美に一杯だけね?」

 そう言うと恭弥が器用な手つきでシャンパンのラベルを剥がし、軽快な音を立てて栓を開けた。
 淡い薔薇色の液体をグラスに注ぐと、繊細な泡が弾ける音が微かに聞こえた。

「「乾杯」」

 着席したわたし達はにこやかにグラスを掲げてそう囁き合った。



 料理はどれも好評で、恭弥は健啖に食してくれた。
 勿論、ヒバードは専用プレートに乗せられたご馳走に顔を突っ込んでいる。
 待ちに待った至福のひとときを楽しんでいるものの、中央に置かれたチキンがマイプレートに含まれていないのが不満らしく、上目遣いに恭弥を見つめて声をあげた。

『ヒバリ! チキン!』
「チキンは駄目だよ。同胞を食べてどうするのさ? それにそのカナッペは君の心臓食べるのと同じなんだよ。解ってる? 折角利口に生まれついたのに、莫迦になっちゃったらもう僕の傍にいなくてもいいからね」
『バカ…、チキン? バカ…』

 二人?のやり取りが可笑しくて、わたしはケーキを切り分けながらくすくすと笑った…。



 ダイニングを簡単に片付けた後はリビングに移動してケーキと紅茶に舌鼓を打つ。
 ベリーは甘酸っぱく、生クリームはあっさりとしていて我ながら上出来なケーキだと思った。
 明日はリボーンの所へ差し入れしよう。
 そんなことを考えながらぼけぼけとケーキを頬張っていたわたしを見て、恭弥がくつりと笑った。

「美味しい?」
「…、自慢じゃありませんけど…。いかがですか?」
「うん。凄く美味しいよ」

 恭弥の感想にわたしはほっとした。

「よかった…。あ、あの…、一応“Christmas”ということで、あなたにプレゼントを用意してみたんです…」
「へぇ?」

 わたしはソファーに置いていた赤いリボンのかかった緑の小さな包みを出すと「どうぞ…」と、恭弥に手渡した。

「有難う。開けてもいい?」
「ありきたりな物ですけど…」

 リボンが解かれ、ラッピングが恭弥の長い指によって丁寧に開かれる。
  恭弥の手のひらに丁度乗るサイズの箱。
 中に入っているのは…。

「ワォ! 腕時計?」
「ごめんなさい、ありきたりで…。毎日使えるものがいいと、思ったものですから」

 普段から黒を好む恭弥だったので、シンプルな中にも高級感が漂う雰囲気の黒の文字盤は気に入って貰えたらしく、嬉しそうに微笑んでくれた。

「嬉しいよ。有難う。じゃあ僕からも、ありきたりな物だけどプレゼントをあげる…」

 恭弥はソファーにかけたままにしていた学ランの胸ポケットから小さな箱を取り出して、わたしの掌に乗せた。
 白い包装紙に、店名が刷り込まれた赤いリボン。
 それはわたしが気に入って、普段から使用しているCartier…。

「あ、開けますね?」
「どうぞ」

 包装紙を開いて中の箱を開けると、赤い革張りのケースが姿を現す…。

「まあ…」

 ケースの中には、煌く大粒ダイヤが燦然と輝く美しいソリテールトリニティが納まっていた。
 恭弥はそれを取り出すと、わたしの左手を持って薬指にすっと嵌めた。
 思わず手をかざして、まじまじと見入ってしまう。
 吸いつく様にぴったりとしたサイズと、特別な場所に与えられた豪華な指輪に心が顫える。
 どうしよう。
 凄く嬉しい…。

「多分、十年は続く婚約期間だけど…、お揃いのマリッジリングは本当に結婚する時まで待っててね?」
「まあ…」

 彼の言う“本当の結婚”とは、彼がわたしのくちづけを受ける日のこと…。

「いつも、つけていてくれる? 僕からの約束の印」
「ええ…。とっても、とっても嬉しいわ…。有難う、恭弥…」

 ゆっくり頷くわたしを見てくすりと笑った恭弥は「Merry Christmas&Happy Birthday!」と囁いて、わたしに唇に唇を寄せた…。
 唐突に重なった彼の唇は甘く、苺と生クリームとシャンパンの香りがした。



「デザート食べたから、もういいでしょ?」

 わたしのすべてを虜にする恭弥の瞳が悪戯っぽく微笑む。

「え、ええ…」
「じゃあ、今度こそ、黄色い子に邪魔されない様に…」

 ケーキとシャンパンを堪能した酔っ払いヒバードの姿は既になく、恭弥の大きな腕がわたしの身体に廻って、強く抱きしめられる。
 深く官能的なキスが、わたしの唇に襲いかかった…。
 途端にふわりと漂う薔薇の香り…。
 好んで使っていて、既に体臭にもなりつつあるバスラインの香り。
 どちらのものとも解らない同じ香りの中で、目眩がしそうな程に幸せな気持ちに満たされたわたしは、恭弥の首に手をまわして、積極的に愛をねだった…。

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