媚薬 7
「あの…、胸の大きさ、でございますか?」

 祥瓊は狼狽する美凰に向かってこくりと頷いた。

「だって、虎嘯が…」

 良人の名前が突然出てきたので、鈴が身体を乗り出した。

「うちの人がなんか言ったの?」
「婚礼の翌日に虎嘯と凱之が話してるの、あたし聞いちゃったんだもの」

『〔女の乳はでかくないと駄目だ。我が后妃を見ろ!〕と延王君が自慢げに仰せだっただろ? 俺の鈴は、ああ見えて脱いだら結構凄いからな〜』
『祥瓊は見た目からしてちょっとな〜 どうだったんだろ〜な〜 桓タイにきいてみるか?』

「…、あんの莫迦!!! なんて事を!」

 鈴は口汚く良人を罵り、門外漢の陽子は真っ赫になったまま溜息をついてお茶を啜り直す。
 美凰は心底、申し訳なさそうに祥瓊を見た。

「本当に申し訳ない事を…。陛下がつまらないことを虎嘯どのや凱之どのに仰せになった為に、祥瓊のお心を傷つけてしまったのですね? なんて事でしょう…」
「つまらない事なんかじゃありません! どうせあたしの胸なんか…」
「いいえ、とてもつまらない事ですわ!」

 繊頸が激しく振られ、祥瓊の言葉の続きは制された。

「美凰?」

 陽子は吃驚して茶杯を置き、延后妃をまじまじと見つめた。
 花顔は美しい眉根を寄せて曇っている。どうやら怒っているらしい。
 美凰の憤慨した様子を見たのは初めてだったので、陽子も鈴もそして当事者の祥瓊も呆気に取られていた。

「女性の身体に対する殿方のお好みは千差万別でしょうし、お顔の美醜についても同じ事だと思います。でも身体やお顔のお美しさだけに心を奪われて、お二人はご一緒になられたわけではありませんもの。第一、女性の身体の事をあれこれ仰せでしたら、わたくしたちも男性の身体についてあれこれ申し述べなければ不公平というものですわ」

〔封建社会の生まれの割に美凰って案外、男女平等の思考なんだな?!〕

 陽子は心の中で呟いた。
 というより、延王夫妻は稀に見る美男美女の組み合わせなのだから、お互いに不平すらあるのかどうか、陽子としてはそちらの方に興味があったと云っていい。 

「それに祥瓊、ご心配なさらずとも大丈夫ですわ!」
「は?」

 祥瓊は訝しげな眼を美貌の后妃に向ける。
 美凰はこほんと軽く咳払いをし、にっこりと微笑んだ。

「ご婚姻なさったのですから鈴もご承知だと思いますけれど、お乳というものは、旦那さまに触って戴いている内に少しずつ大きくなるものですのよ!」

 延の后妃は大真面目な顔で三人の娘達?に宣言した。

「……」
「あははっ…」

 祥瓊の潤んだ双眸はまん丸になり、鈴は引き攣った笑いを真っ赫な顔に浮かべた。

「わたくしはこの三百五十年の間に、少なくとも二寸(6cm前後)近くは大きくなりましたわ」
「ほっ、本当に?!」

 身を乗り出して縋るように美凰を見つめる祥瓊に、花顔が優しく頷いた。

「本当ですわ。それに常に揉んで戴いていると『筋肉』というものが鍛えられて張りを保てると、陛下が仰せでいらっしゃいましたの…。丁度昨日、このお話を聞かせて戴いた所ですのよ」
「…、そっ、そうなんだ…」

 唸りながら考え込む祥瓊を尻目に、陽子は額を押さえながらがっくり項垂れた。

〔筋肉? そりゃ大胸筋を鍛えてれば張りは保てて、加齢と共に重力に従って胸が垂れることは防げるだろうけど、基本的に胸の大きさって、あれは脂肪じゃないのか?!〕

 陽子は蓬莱での知識を心の中でひとりごち、美凰の胸の谷間に眼をやると、自分の胸をそっと撫で下ろして溜息をついた。

〔第一、王や王后に加齢なんて関係ないじゃないか! 恐らく延王の卑猥な欲望を満たす勝手な言い分に違いない。美凰は騙されて触られ放題というやつなんだ…。きっと…〕

 助平?な良人の言う事を真に受けている美凰の天然ぶりに、頭が痛い陽子であった。
 ふと顔を上げると、主婦二人と主婦未満一人が、胸の大きさの話題から延長線上の艶めいた話にわいわい花を咲かせている。

「…、ですから、房事はとても心地良いものなのですわ…。わたくしにしてみれば、痛みよりも嬉しさの方がひとしおでしたもの…」

 祥瓊はごくんと唾を飲み込んだ。

「本当に? でも…、羞かしいんですもの…。鈴はどうだったの?」

 突然、水を向けられた鈴の顔が真っ赫になる。

「えーっ…。そりゃ最初は羞かしかったけど…。あたし、蓬莱の貧乏子沢山の百姓出身だから、まあ、なんていうか…、小さい頃から親のあれも見てたし…。でも、気持ちいいのはいいかな?」

 美凰はくすくす笑った。

「虎嘯どのは大きなお身体とは正反対に、それは濃やかでお優しそうなご様子ですものね?!」
「いやだぁー。美凰様ったら…。そう思われます? そりゃ、延王君の様な巧みさはないかも知れませんけど…。すっごく優しいですぅ〜!!!」

 鈴はうっとりと、良人の虎嘯を思い出しては吐息をつくと、はっと思い出したかの様にもじもじと美凰を見つめた。

「あのう、美凰様! あたし、お伺いしたい事が…」
「はい? なんでしょう?」
「ほら、この間、お話してくださったでしょう? あのう…、そのう…」

 鈴は茶杯をいじくりまわして、次の言葉に悩んでいる様子である。
 美凰は小頸を傾げて羞恥している鈴を見つめた。

「ご相談事ですの? 女だけなのですから、どうぞ羞しがらずに仰って…」

 美凰の他愛ない優しい言葉に、鈴は思い切って顔をあげた。

「虎嘯ったら、あの、あたしの…を見たいって言うんです。それで、そのう…、あの、食べたいかなぁ〜 なんて…」
「ぶっ!」

 陽子は飲みかけの花茶を噴き出し、咳き込んだ。

「ち、ちょっと陽子ぉ〜 汚いわねぇ…」

 真っ赫になっている祥瓊は、眉を顰めて陽子を睨んだ。

「ごほごほ…、ごめ…」
「まあ! 大変…。大丈夫ですか? 陽子…」

 美凰は流石に落ち着いた様子で、陽子に絹の手拭を差し出すと新しいお茶を準備し始める。
 陽子はよい香りのする手拭で口許を拭いながら鈴を睨んだ。

「鈴が変な事言うからじゃないか! 第一、今日は祥瓊と桓タイの事で相談に来てるんだろ!」
「だってぇ〜!」

 もじもじしている鈴と祥瓊にも新しいお茶を注ぎながら、美凰は頬を染めて云った。

「まあまあ、陽子…。あのう鈴…」
「はい」
「それって普通なのではありませんの?」
「は?」

 それぞれ美しい色をした六つの明眸がまん丸になる。
 美凰は訝しげに自分を見つめてくる視線ににっこり微笑んだ。

「あの…、尚隆さまはわたくしと初めて契られた時から、そのう…、ずっとお口で愛撫してくださいますけれど…」
「……」

 三人の耳には鴛鴦殿内の鳥の囀りさえ、なんだか恥ずかしく聞こえる…。
 眼前のあまりの静けさに、美凰は自分がとても変な事を云ったのではないかと不安になり、美しい双眸を瞬いてお茶を一口含んだ。

「あの…、変ですかしら? でも陛下からは、ご夫婦事はそれが普通なのだと伺っておりますし、陛下もあの、とても嬉しそうでいらっしゃいますので…」
「えーと…、美凰様がおいやでなかったら…、いいんじゃありません? あははっ!」

 紅く染まった頬を片手で押さえながら小頸を傾げる美凰に、鈴が引き攣った笑いのまま云った。

「そうそう…。え、延王君もお悦びでいらっしゃるのならね…、ねっ、陽子っ!」

 祥瓊は自分の悩みも忘れてしまったかの様に、固まった陽子に同意を求めた。

「ああ…、まっ、そのう…」

 未知の話に緊張が続き、喉が渇く陽子はしきりにお茶のお代わりを繰り返す。
 陽子の反応は未婚者のそれであるから、鈴の同意に美凰の花顔は途端に明るくなった。

「良かった。わたくし、変な事を申し上げたのかととても不安になりましたわ…。ですから、鈴がおいやでなかったら是非して戴いたらどうでしょう?」

 興味津々であるにも係らず、鈴は一応引いてみる。

「で、でもそんな処を口でなんて、羞かしいわ…」
「大丈夫ですわ…。羞しいのは羞しいですけれど、あの、こう申し上げてはなんですけれど、とても気持ちよくて…。わたくしはいつも、そのまま気が遠くなってしまいますの…」
「そっ、そうなんだ…。それでそれで?」

 祥瓊もふんふん頷きながら先を促す。
 美凰の頬は更に染まった。

「その後に陛下のご立派なものに愛して戴くと、もう身体中が蕩ける程に心地良くて…、それからご休息の合間に、お礼と申し上げてはなんなのですけれど、陛下の貴いものを、わたくしがお口で愛して差しあげるのですわ…」
「ぶぶっ!」

 陽子は再び飲みかけの花茶を噴き出し、咳き込んだ。

「げほげほげほっ!…」

 今度は祥瓊も陽子の無作法を窘める余裕がなく、口をぱくぱくさせていた。
 鈴はといえば、信じられないとばかりに美凰の桜桃の様な口許を見つめている。

〔あ、あんなのをってか、そりゃ延王君のと虎嘯のとはまた違うのかも知れないけど…、基本的な形って同じでしょ! 男のあれをあんなお美しい唇で?〕

 美凰は陽子を気遣い、咳き込んでいる背中を優しくさすってやる。

「あの、少し刺激的過ぎましたかしら? でもご夫婦の房事はそんな風で当たり前と陛下が…」
「……」

 三人の耳には鴛鴦殿内の鳥の囀りが、ますます恥ずかしく聞こえた…。

〔美凰は完全に延王にマインドコントロールされてるんだ…。希代の名君も夫婦の秘事(みそかごと)となると唯の助平オヤジ…。そりゃ最初の最初から調教されてりゃ…〕

『調教』という言葉に、一人赫くなって慌てる陽子であった…。

「まさか、美凰様?!」
「はい?!」

 鈴はこほんと咳払いをした。なんだか聞きたくない気もするのだが…。

「まさか、あの、延王君のあれを…、飲んでしまわれたりなんか…」
「いやですわ…。そんな…」

 美凰は流石に羞しそうに俯いた。その仕草がまた艶っぽい。

「そっ、そうよねぇ〜 いくらなんでもそんなにお美しいお口が…」

 乾いた笑いでほっとする鈴に、美凰は花顔をあげて極上の笑顔をふりまいた。

「貴いお情けですもの…。勿論、頂戴しておりますわ…。陛下もそうして差し上げますととてもご満悦のご様子でいらっしゃいますのよ」
「ぶぶぶっ!」

 陽子と祥瓊は揃って花茶を噴き出し、咳き込んだ。

「げほごほげほげはっ!…」

 鈴は二人の娘の激しい狼狽振りにがっくりと項垂れた。

「流石は延王君…、ってやつなんですね。…、所詮、あたしたちの悩みなんて…」
「?」

 美凰の美しい双眸が不思議そうに瞬く。
 長く濃い睫毛が、桃色の頬に陰翳をつくるとそれだけでまた艶っぽいのだ。
 ある意味、ここに相談にきたのは間違いなのかもしれない。
 三百五十年の愛欲の海は、深く果てしないことを思い知らされる慶国三人娘?たちであった。

_13/61
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