並盛Romance 15 (雲雀Side)
 美凰に自分の気持ちをきちんと打ち明けることなく彼女を傷つけた僕は、生涯唯一人と心に誓った大好きな女の子に最大の傷を与えて怯えさせたまま、黙って引越しをさせてしまった…。



 父から離婚を言い渡された女は、その日の内に屋敷を追い出された。
 父は、心から愛していた妻に年々似てくる僕を見ているのがたまらなく辛くて…、だから家を空けて刹那の快楽にばかり溺れていたのだと言う。
 愛という感情に囚われた哀れな男の姿を情けないと思いつつも…、初めて知った愛を自ら壊してしまったばかりの僕としては“不憫”と受け止めてやれるだけの心の広さを持っていた。
 事件以降、全ての女と手を切った父は屋敷に落ち着く様になり、少しずつ僕との関係を修復しようと試み始めていた。
 そして僕は、あの図書室でのひとときから以降、逃げる様に僕から去っていった美凰の事をずっとずっと追い続けていた。
 ひっそりと…、こっそりと…。


 引越し先は解っていた。
 でも『顔も見たくない。雲雀くんなんか大嫌い!』と、はっきり言われるのが厭で…、拒絶される事が怖かった僕は現実から眼を背け、彼女に逢いに行く事をしなかった。
 手紙も電話も、怖くて出来なかった…。
 卑怯だけど、美凰が連絡を寄越しはしないかと思い、密かにそれを心待ちにしていた…。
 でも美凰の生活ぶりだけは興信所に依頼して、毎月定期的に報告を送らせていた。

 中学での学生生活…。
 僕が傍にいない間に恋人ができてしまったらどうしよう…。
 そんなことになれば、きっと僕は気が狂う。

〔そんな報告があれば、すぐに美凰を迎えに行かなきゃ…〕

 そう思って僕は、この並盛で悶々と過ごしていた。
 だが、実際に届く報告は判を捺した様に変わり映えのない日常。
 相変わらず読書が好きで、図書委員をしている以外は部活もせず、休みの日には図書館で大抵を一人で過ごしているとの事だった。
 たまに『○○という男子生徒から交際を申し込まれていた』という報告が届き、僕を震撼とさせたが、その顛末はいつも同じだった。
 報告書に『どうやら花總嬢は“男性恐怖症”と言いましょうか“男嫌い”の節が見受けられます。年々ましになってはいる様子ですが…』という記載を眼にする度、僕は美凰が他の男に奪われないですむというほっとした思いと、彼女に対して与えた惨い仕打ちに対する自己嫌悪とに荒れて、後腐れのない手頃な女を手当たり次第に漁った。
 義母から受けた汚辱と美凰に与えた陵辱によって、僕の性的欲望にはトラウマが生まれてしまったのだ。
 どうやら思った以上に、僕は父の血を受け継いでいたらしい。
 刹那的な性的欲望の開放は、胸を締めつけるような苦しい思慕の情を一瞬だけ霧散してくれる。
 穢い女に生涯唯一度の不覚を取った僕は、女を厳選した。
 身体だけの関係で、私生活には一切首を突っ込ませない。
 手を切る時の為に絶対的に自分が有利に立てる相手の弱みを握り、僕が必要でなくなったら有無は言わせない。
 風紀委員長という立場、並盛の秩序という立場にありながら行う矛盾の行為…。
 身勝手だと言われようとも、美凰さえ傍にいてくれれば、僕はこんな歪んだ成長をせずに済んだだろうにと思う。


 いつの間にか、あの夏の日から6年近い歳月が流れていた…。
 美凰の両親が交通事故で亡くなったという報告が届いて程なく、彼女は弱冠16歳にして自身の曽祖父夫婦の自伝とも言うべき小説を書いて著名な尚木賞を受賞した。
 だが、相変わらずの風変わりな気質は騒がしさに巻き込まれる事を嫌ったのか、作家活動を極秘にして決して人前に姿を現すことはなかった。
 そして…、そんな彼女が何を思ったのかこの並盛に帰ってくることを知った僕は、怠惰な性生活に別れを告げる決心をした。
 こんな僕の状態を、美凰には決して知られたくない。
 厭な思い出しか残ってないなら、決して並盛に足を踏み入れる事はないだろう。
 だが、ここへ帰ってくる…。
 ということは…、僕に対して何らかの思いを胸に戻ってきてくれるのかもしれないと、自惚れの強い僕は思った。
 僕が美凰を想って、僅か3年の間に構築した国立図書館に匹敵する蔵書数を誇る並高図書館に目をつけたのかもしれない。
 当然だ。
 これは彼女に対する“撒き餌”にも等しいものなのだから。
 美凰の為に、僕は僕の権力を駆使してこの図書館を作り上げたのだ。
 今度こそ、想いを告げて彼女を手に入れる。
 そう決心した途端の、図書室での悪夢の様な再会だった…。


「あ〜 あと5分でお昼終りだよ!」
「ホントだ! 美凰ちゃん、また応接室に戻るの?」
「うん。今日はね、明日皆に配るプリントの準備しないといけないから…」
「そっか…。大変だね。でも月曜日の学祭打ち合わせには参加させて貰いなよ」
「まあ…、頼んでみる」
「ヒバリさんだって一応3−Aなんだしさ…。ちょっとは協力すればいいのにね!」
「お芝居で主役やるとか?」
「あ〜 それいいよ! ヒバリ格好いいもんね! 見た目だけは!」
「皆そう言うけどねぇ…。そりゃ凶暴さはダダ漏れだけど、意外と性格悪くないよ?」
「美凰ちゃんってばぁ〜 凄いね。扱き使われてても庇うんだ?!」
「庇ってなんかいないよ。事実を述べてるだけ…。あ、もう行かなきゃ! 草壁くんに怒られるっ!」
「草壁さんに?」
「うん。物凄く“委員長命”の人だから、雲雀くんの為にちゃんとしてないと色々大変なんだ〜 まあ、草壁くんの観察とかしてると、毎日が結構面白いよ。トンファーよりあのリーゼントで頭突きとか食らう方が怖いかもしんない…」
「…。なにこの子、変な妄想して一人で笑ってるし…」
「あははは…、ごめんごめん…」
「…、美凰ちゃんって、やっぱ変わってるよね? 面白いわぁ〜」
「そうかなぁ〜 あ、やだっ! 歯磨きの時間がなくなっちゃう! ごめんね! じゃまた!」
「「うんっ! まったねぇ〜!!!」」


「……」

 美凰が姿を消し、続いて女子二人が姦しくお喋りしながら屋上から出て行った後、僕は給水塔から地面に降り立った。
 彼女達が残していった言葉が、耳にざらついたいやな感触を残していた。

『草壁くんの観察とかしてると、毎日が結構面白いよ!』
『美凰ちゃんって実は草壁さんの事、好きなのかなぁ〜』
『あんだけ美形のヒバリの近くにいるのにねぇ〜 まあ、趣味は人それぞれだし…。でもヒバリ親衛隊が色々動いてるらしいから気をつけてあげないと…。草壁が本命って解ったら、親衛隊も妙な手出しはしないだろうけどさ…』
『そうだね…』

〔まさか? まさか美凰が…、哲のことを?〕

 確かに、風紀に入った当初から美凰と哲は、結構いい感じで打ち解けている。
 仲良くお喋りしている姿も何度か目撃している。
 千鳥の甥っ子として中学に上がる前に紹介されて以来、哲は僕の側近中の側近だった。
 一を言えばほぼ十が帰ってくる腹心だから、まったく安心していたものを…。
 第一、哲は美凰の好みじゃない。
 美凰は相変わらず、御伽噺の王子様の様な、この世に現存しない男を理想にしていたのだから…。
 でも…。

『ヒバリ! ヒバリ! ヒバリ!』

 黄色い鳥が僕の頭から羽ばたき、ひょろひょろと頭上を旋回する。
 むっとしていた僕のポケットで携帯電話が震えた。

――お願い。放課後、図書資料室に来て。もう一度、話し合いたいの。

〔なんなの! 鬱陶しい女! しつこいよ!〕

 僕は舌打ちをすると、即座にそのメールを削除した。
 あの女はいつの間に僕のアドレスを知ったのか?
 まったくもって気分の悪い…。
 哲に命じて携帯を新しくしよう。
 番号もアドレスも全て…。
 美凰と哲の事が気になっていたせいで、僕は既に別れを告げて頭の片隅にも残っていなかった女が僕に執着するあまり、とんでもない計画を立てていることに気づきもしなかった…。

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