Dolce Vita 3
 しっとり汗ばむ柔肌の感触と仄かに漂う甘い薔薇の香りにうっとりと酔う。
 心地よさそうに雲雀の胸に頬をすり寄せる美凰の無防備な姿に、雲雀は至福を噛みしめていた。
 途方もない至福だった。

「もう…、夕刻ですのね?」
「うん。病気でもないのに丸一日ベッドで過ごしていたなんて…、初めてだ」
「…、そろそろ起きなくては…」

 羞恥にふるりと顫えつつ身を起こしかけた美凰を、雲雀はそっと抱き寄せた。

「ねぇ。後悔…、してないよね?」
「あなたこそ…」

 些か戸惑い気味な声音に、美凰を抱く雲雀の腕に力が篭った。

「もし後悔してるとか、訳の解らない愛想尽かしを口にしようものなら、咬み殺す」
「恭弥…」
「この部屋から一歩も…、いや、このベッドから絶対に出さないよ。身動きできないくらい、足腰が立たないくらい君を抱き続けるからね」

 随分と大人びた科白の割に、あどけなさがあいまった口許の動きに美凰は小さく微笑んだ。

「いやらしいことを仰らないで。意地悪ね?」
「意地悪じゃないよ。仕方ないでしょ? 愛してるんだから…」

 臆面もなくそう言うと、雲雀は美凰の唇にそっとキスを落とした。

「嬉しい…。わたしも愛しているわ…。でも本当にそろそろ起きなきゃ…。恭弥ったら丸一日お水以外口になさっていないのよ?」
「ワォ! 水だけじゃないよ。ずっと君のこと食べてたもの…」
「まあ!」
「美凰は美味し過ぎて…、食べるのをやめられない…」

 雲雀の楽しそうな表情に胸がどきどきと高鳴る。
 まるで初めて異性への愛を覚えた頃の様に…。

「でも…、そうだね。君にそう言われたら、なんとなくお腹が空いてきたかな?」

 そう言うと、雲雀は無駄な肉の一切ない腹部を軽く撫でた後、頭の下で両手を組んだ。
 妖艶とも言うべき美しい姿態に、美凰はこくりと喉を鳴らす。

〔わたしの方こそ、食べても食べても飽き足らない程にあなたを欲してしまったわ。嘗て、こんな気持ちになったことはなかった…。羞かしい…。でも…、それでもまだ…〕

 色白で全体的に痩躯だが、割れた筋肉につつまれた腹部から精力的な男らしさを秘めた下腹部にそっと視線を這わせた美凰はかっと頬を染めながら、自身の貪欲さを振り払う様にもぞもぞ身を蠢かせた。

「美凰? どうかしたの?」
「い、いいえ! なんでも…。そ、それより…、お食事の支度をしますわ。何を召し上がりたい?」
「……」

 焦って自分から離れてゆこうとする美凰が訝しく、そんな彼女の態度が雲雀の不安を煽り立てる。
 勝負を挑んでいるつもりはないが、より深く愛した方が心を凌駕されるのだ。
 雲雀は手探りでナイトガウンを探している美凰の繊手を捕らまえた。

「美凰…、離れるなんて赦さないよ!」
「き、恭弥?」
「食事なんていらない! もうお腹空いてない…。僕の傍にいて…」

 雲雀は不機嫌そうに眉を寄せ、むくれた態度で上目遣いに美凰を睨みつけた。
 本能の赴くままの子どもっぽい仕草が、未覚醒ながら女と言う生き物に備わっている母性本能を刺激する。

〔可愛い人…。不思議な人ね、恭弥…。成熟された男性以上にわたしの身体を翻弄し、清廉な少年の姿でわたしの心を虜にする…〕

 美凰はそっと、握られた手を握り返した。

「我儘を言わないで。あなたはちゃんと食べなきゃ駄目。だって…、あの…」
「……」

 雲雀の身体を気遣う様に、美凰は美麗な面差しを覗き込む。

「離れたりしませんわ。宜しければ恭弥もキッチンにご一緒してくださる?」
「……」

 自分の態度が気恥ずかしかったのか、ぷいっと顔を背けている雲雀の頬に美凰はそっと唇を寄せた。

「一緒にいたいの…」
「…、本当に?」
「嘘は言いません…」
「じゃ、その前に一緒にシャワー浴びて…」
「えっ?」

 自分の思いつきに内心ほくそえみつつ、下心満々の雲雀はねだる様に菫色の双眸を覗き込んだ。
 雲雀の明眸にセクシーな含みを感じ取った美凰は、途端に真っ赤になって身体を少し仰け反らせた。

「み、妙なこと…、なさらない?」
「妙なことって?」

 慌てる美凰が可愛くて、雲雀はにやりと口角を上げた。

「! わ、解っていらっしゃるくせに!」

 頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く美凰に、すっかり機嫌がよくなった雲雀はくすくす笑いかける。
 からかわれている事がたまらなく羞かしい。
 握っていた雲雀の手をそっと外し、美凰は漸く探し当てたナイトガウンをそそくさと身にまとった。

「そんなにお笑いになるなんて! やっぱり意地悪ですわ!」
「気を悪くしたなら謝るよ。でも一緒に浴びたいんだけど?」

 ガウンの裾を玩びながら艶めいたテノール音で甘く囁かれると心が蕩けてしまう。

「何も…、なさらない?」
「うん。多分ね…」

「まあ! 多分だなんて…」

 美凰が胡乱げにじっとりと雲雀を睨む。

「まあ…、僕には備わっていない自制心とやらを総動員して努力はしてみるけど…。君の瞳の色を見ていたら確約は出来ないね」

 事もなげに言ってのける雲雀に、美凰は眸を瞠った。

「わたしの瞳の色って…」

 戸惑う美凰の手を優しく撫でつつ、雲雀はそっと囁きかけた。

「“シ足りない”って、その綺麗な眸が訴えている様に見えるから」
「!!!」

 小さく悲鳴を上げて耳までかっと赤くなった美凰の反応が、面白くもあり不満でもある。
 心から愛する女が眼前にいるのだ。
 触れたい、愛したいと思うのは至極当然の男心である。
 無論、男の精を糧に生きている身であっても、セックスによる体力の消耗という点から考えれば、美凰の身体にかかる負担を意識しないわけではない。
 雲雀とて、無茶はしない様に心がけてはいるつもりなのだが…。

「美凰…」

 迫ってくる雲雀の視線を避け、美凰が小さく叫んだ。

「恭弥の意地悪! 浴びたいなら一人で浴びていらして! わ、わたしもお食事の支度をしたら、ひ、一人でゆっくりと入浴しますからっ! きゃっ!」

 ブランケットを跳ねのけてベッドを降りた途端、美凰は唐突にかくんと床にへたりこんでいた。

「美凰っ?!」

 雲雀は慌ててベッドの上を移動し、美凰の傍に足を降ろして彼女の顔を覗き込む。
 美凰は吃驚した様子で明眸をぱちくりさせていた。

「どうしたの?! どこか痛めた?!」
「あっ…、あの…、こ、腰が…」
「は?」
「…、立てない、の…」
「……」

 口ごもりながら言葉にした途端、それが何故なのかという理由に思い至ったのか、火を噴いた様に花顔がますます赤くなる。
 雲雀は美凰が立てない原因に気付いて、嗜虐的な微笑みを浮かべた。
 ほぼ一昼夜に亘る烈しかった行為のせいで、足腰が萎えてしまっていたのだ。
 美凰の反応がたまらなく愛しくなった雲雀は再びくすくす笑いつつ、柔らかな身体をぎゅっと抱きしめた。

「腰が立たないんなら、一緒に入るしかないよね?」
「〜〜〜っ!」

 芙蓉花の様な唇を噛みしめて言葉にならない唸り声を上げる美凰を、雲雀はさっと抱きかかえた。

「じっくり洗ってあげるから、僕のこともじっくり洗ってね?」
「いやですっ! 運んでくださるだけでいいのっ!」
「やだ。一緒に浴びる。それから食事の支度も手伝ってあげるよ。支えててあげるからね」
「け、結構ですわっ!」

 瞳を潤ませ、自分の腕の中で弱々しく身もがきする美凰を宥めすかした雲雀は、愛しい温もりを軽々と抱え上げるとバスルームへ向かった…。
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