腕枕 (蒼いくちづけ)
 まだ朝日が昇らぬ夜明け前、雲雀はゆっくりと目覚めた。
 腕枕に艶やかな髪が乱れ散り、柔らかな寝息が胸の辺りに確認される。
 雲雀は微笑みながら愛する妻の温かな肢体を抱き寄せた。
 今日から2週間のアメリカ出張。
 風紀財団関係の出張ならば大抵同行する美凰だが、今回の仕事はボンゴレ絡みの仕事である。
 互いに寂しい思いをするが、血生臭い現場に連れ立つ事だけは絶対にしたくない雲雀であった。



 雲雀の胸に埋めていた花顔をあげ、美凰は密やかな寝息と共に仰向けになった。
 花の様な寝顔をじっと見つめているうちに、雲雀の胸にたまらないやるせなさが込み上げて来た。
 愛しい…。
 何という愛しい女なのだろう。
 たった2週間という日々でさえ離れ難い程、何よりも愛しい妻…。

「愛してるよ…」

 薔薇の花弁の様な朱唇に優しいくちづけを何度か落すと、甘やかな吐息と共に美凰がうっとりと目覚めた。

「恭…、弥?」
「美凰…」
「見て…、いらっしゃったの?」

 キスの合間にそっと目蓋をこすりつつ、羞恥の体で美凰は優しく夫を見上げる。

「寝顔かい?」
「ええ…」
「見ていたよ。駄目なの?」

 朝露を含んだ白薔薇のような頬が、ほんのりと上気した。

「だって…、羞かしいわ…」
「今更だね。それに僕は美凰の…、もっと羞かしい顔をいつも見てるよ」
「えっ? …。あっ! まあ!」

 雲雀の言葉の意味に気づき、美凰は更に顔を赤らめると筋肉質の胸の中に顔を伏せた。

「意地悪な恭弥…」
「そう?」

 雲雀はくつくつ笑い、柔らかな背中を撫でていた手をふっくらした白い乳房に這わせてきた。

「あっ…」

 昨夜の愛の名残か敏感になった薔薇色の乳首を愛撫されると、美凰は忽ちの内に息を乱し始める。

「あんっ! い、いけませんわ…」
「起きるまでにはまだ時間があるよ…」
「でも…、昨夜あんなに…」
「ん? 疲れたのかい?」

 悪戯っ子の様に微笑む雲雀の笑顔には敵わない。

「で、でも…、あっ…」
「2週間も逢えないんだよ。ちゃんと名残りを惜しんでおかないとね…」
「んっ…」

 そう言うと雲雀は喘いでいる美凰の唇を甘いキスで塞ぎ、穏やかで優しい愛の行為を施し始める。

「もう一度、君の血を貰っておかなきゃ…。飢え死にしないようにね…」
「あぁん…、恭弥ったら…」

 羞恥しつつも美凰は雲雀の熱い愛の要求に応え、やがて奔放に悦びを露わにした…。





「お願い…、行かないで…。2週間も離れ離れなんて、堪えられないの…。ツナさんには、わたしからお願いしますわ…」

 夜はすっかり明けきり、夫婦のベッドルームにも暖かな日差しが差し込み始める。
 控え目だが濃密な愛の交歓を楽しんだ後、ゆったりとした休息の刻を愛する夫の腕枕の中で迎えた美凰は涙ぐみながらそっと囁いた。
 常ならば我慢して口にしない言葉も、心も身体も快楽に蕩けきってしまっているこの瞬間だけは本心を正直に述べてしまうらしい。

〔なんて愛しい…〕

 雲雀は蕩けて消えてしまいそうな愛する妻の薔薇色の裸身を更に抱き寄せ、乱れ散る黒髪を手に巻いて何度も唇を寄せた。

「僕だって君のいない生活は耐えられないくらい辛い。けどね…、今回は少しばかり流血沙汰の出張だから君を伴うわけにはいかないんだよ。それに、沢田綱吉には借りが一つあるから返せる機会に返しとかなきゃならない。だから少しの間だけ、辛抱してて…」
「……」

 白い腹部を愛しげに撫でさすられるが、美凰は眉根を寄せて不安げに沈みこむばかりであった。

「あなたの事が心配なの…」
「大丈夫だよ。僕は不死身だ。解ってるでしょ」
「……」



 雲雀の強い愛に屈した美凰は彼を唯一無二の伴侶としてしまった。
 身も心も…、そして共に生きる永遠の命さえも…。

〔わたしの心は絶え間なく“これでよかったのだろうか?”という気持ちに囚われる…。今更後悔しても…、恭弥がわたしと同じく不死の身になってしまったことは、どうする事もできないというのに…。彼を愛しているから…、そして恭弥も、わたしを愛してくださったから…〕

「美凰…、今更後悔なんて赦さないよ?」

 凛とした雲雀の声音に、美凰ははっとなった。
 見ると雲雀はまじまじと美凰の潤んだ双眸を覗き込んでいる。

「恭…」

 雲雀は有無を言わせずに美凰をぎゅっと抱きしめた。

「僕は僕の意思で君のくちづけを受けたんだからね。だって仕方ないじゃないか。こんなに君の事を愛しているんだもの。僕だけがしわくちゃのおじいさんになったら、美凰はもう僕の事を愛してくれなくなるだろ? 赤ん坊の言葉を借りれば、君って“面食い”らしいからさ…」
「まあ…」
「それに僕が死んでしまった後、別の誰かが君を抱くなんて考えたら…、死んだって死に切れないね! 僕は幽霊の存在なんて信じてないけど、君にならきっととり憑いて…、君を抱こうとする男を咬み殺していると思うし…」
「恭弥…」
「でもそんなの建設的じゃないだろう? 僕は生身の身体で四六時中君を愛していたいから…、だから君の唯一無二の伴侶になったんだよ。だからくだらない事で色々悩まないで…」
「……」
「大切な事は僕が君を愛してて、君も僕を愛してるって事…。いいね?」

 美しい青菫の双眸から真珠の様な涙をぽろぽろ零した美凰は、雲雀の胸に縋りついて吐息をついた。

「恭弥…。わたし、やっぱりお留守番はいや…。ご一緒したいの…」
「そりゃ、僕だって連れて行きたいけど…」
「大丈夫。絶対に絶対に無茶はしませんから…。お願い…、連れて行って…」
「……」

 躊躇する雲雀を、美凰は切なげに見あげた。

「あなたの腕枕がないと、わたし眠れませんもの…。睡眠不足で2週間も過ごしたら…、わたしきっと病気になってしまうわ…」
「美凰…」
「あなたの傍にいたいの…」

 美凰は頬を赤らめつつ雲雀の首に両腕を投げかけて花顔を埋め、夫の耳元に蕩ける様なキスと愛撫を繰り返す。
 愛をねだる時の甘やかなシグナルであった。

「お願い…。あなたをとっても愛しているの…。わたしをもう一度愛して…。それから…、すぐに支度をしますから、ご一緒させて…」
「美凰! ああっ! 僕の美凰!」

 雲雀は歓びと幸せの絶頂を噛み締めつつ、愛しい妻をかき抱く。



 愛しい…。
 何という愛しい女なのだろう。
 たった2週間という日々でさえ離れ難い程、何よりも愛しい妻…。

〔僕だけのもの…。僕だけの美凰…〕

 それから二人は再び、情熱的に愛し合い、互いを睦み合った。





 風紀財団会長付きの気の毒なお抱え運転手の吉田は、定刻から遅れること二時間も待たされた挙句、急遽、出張の同伴をする事になった会長夫人のスーツケースを黒塗りのメルセデスに積み込みながら、溜息交じりに苦笑しつつ一足先に空港に向かい、自家用ジェットの出発手続きに慌しい会長秘書の草壁哲矢に携帯電話を鳴らしていた。

「ですから、会長の腕枕でないと奥様はよくお寝みになれないとの事で、結局、ご同伴なさるそうです! もう勘弁してください! 朝っぱらから二時間も待たされた挙句、会長のお惚気を聞かされ続けるこっちの身にもなって戴きたいものですよ…。ねえ、草壁さん!」

 吉田はエントランスホールのスツールに腰掛けている美凰の前に跪き、ヒールの具合を確認しつつ頬を赤らめて固辞している妻の足に靴を履かせてやっている雲雀の真剣な表情を呆れた様に眺め、その傍に立っているメイドの玉蘭と苦笑の視線を交わした。

「“腕枕”か…。先月の中国出張の際も、同じ科白を伺った様な気がするんだが? まったく…、恭さんときたら…」

 そう言いながらも草壁は表情は楽しげである。
 微笑みを浮かべつつ、吉田に様々な指示を口頭で出してから慌ただしい報告の電話を切ると、会長夫人の出国準備と同時にボンゴレへの連絡を取り始めた…。

「ああ、もしもし。沢田さんですか? 申し訳ありませんが…、姐さんがですね…。はい…、はい…。いえ、申し訳ありません…」

 陰になり日向になって雲雀夫婦の世話を焼く草壁の心労は絶えない…。

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