アイス(蒼いくちづけ)
 とある日の事。
 イタリアでの仕事を終えて並盛へ帰ってきた雲雀と美凰は、久しぶりにゆったりとした休日を二人だけでのんびりと過ごしていた。

『折角の休日なのですもの。今日は群れない所に外出してデートを楽しんでみませんか?』

 愛する妻の数少ないおねだりの大抵は聞き入れている雲雀は『いいよ』と頷き、早速外出の準備をした。

〔いい歳をして腕を絡め、いちゃいちゃしている僕達はどこから見てもバカップルだろうね…〕

 雲雀は嬉しい苦笑を禁じえない。
 それでもSP達の苦労をよそに、お忍び気分で街中を散策する二人は大好きな映画を観て、美味しいランチを食べ、ウィンドウショッピングを楽しむただの新婚夫婦を心から満喫していた。

「まあ! とっても美味しそう!」

 美凰が歓声をあげたのは、通りかかった公園の傍にある露店のアイスクリームショップだった。

「ひとつ買ってあげる」
「あら、宜しいんですのよ…」
「少し休憩だよ。あそこのベンチに座って食べれば。ストロベリーだね?」

 美凰は嬉しそうに頬を染めてこくんと頷いた。

〔ああ、なんて可愛い顔をしているんだい! これはちょっと…、まずいよね〕

 雲雀はベンチに美凰を座らせると、そそくさとアイスを買いに走った。

「嬉しい…。有難うございます。恭弥…」

 美凰は美味しそうに、カップの中からピンク色のアイスを掬ったプラスチックのスプーンを口に含む。
 雲雀は些か惚けた様子で、美凰がアイスを堪能している様子を見つめていた。

〔ああ! 今、この瞬間、僕はプラスチックのスプーンになりたいよ…〕

 欲望のボルテージが徐々にUPし始める。

「とっても美味しい…」

 美しい朱唇の間から覗く可愛い舌が、唇を一舐めする様が更に欲情を煽る。

「そう…。良かったね…」

〔ああ! 僕のモノにそのアイスを乗せたら、君はたっぷり舐めてくれるのかい?〕

 邪な妄想と共にフロイト曰く、リビドーがますます突き上げてくる。

〔まずいね…。本気でヤりたくなってきたじゃないのさ…。いや、いつでもどこでも美凰を抱きたい気持ちはあるんだけどね…。むうぅ…、こ、この辺りにあったホテルは確か…〕

 性衝動はもはやスクランブル点滅状態。
 もう既に、頭の中を次の行動が駆け巡っていた。
 盛りのついた夫の挙動不審に気づかぬ美凰は、無邪気にアイスを差し出してきた。

「ごめんなさい。わたくしばかり戴いてしまいましたわ…。はい! 恭弥も…、あ〜んなさって…」
「……」

 あ〜んだぞ…。
 泣く子も黙る並盛の秩序にして最凶風紀委員長(過去)、現在は世界有数の財閥風紀財団の理事長にしてイタリアマフィアの最高幹部である雲雀恭弥が公園のベンチであ〜ん…。
 SPリーダー吉田を筆頭に、二人を周囲で見守り続けるSP達も流石に砂糖を吐きそうになっていた…。

「あっ…、ああ、有難う…」

 理性もふっ飛ぶ甘いお誘いに、逆らうことなく頭を屈めて雲雀はアイスを一口頂戴する。

「美味しいですか?」

 甘い苺の味がひんやりと口腔内に広がる。

「うん…、美味いよ」

〔これもいいけど…、もっと美味しいご馳走が目の前にあるよね〕

 視線は自然に美凰の唇へと動いていく。
 冷たいもので欲望が静まればいう事なしなのだが、如何せん、雲雀のリビドーは美凰の言葉で更にヒートアップしてしまった。

「まあ、羞かしいわ! これって間接キスですのね?」
「か、間接キスだって!」

 妄想でぶっ飛んでいる雲雀の脳裡はオーバーヒート直前であった。

〔もう駄目だよ! 間接なんかじゃ済まされない! 本気の本気、直接キスでなければ僕は決して浮かばれない! 死んでも死に切れない!〕

 うふふっと微笑みながら満足気にアイスを食べ終わった美凰を抱き寄せた雲雀は、ストロベリーアイスクリームでべとついている可愛い口許をぺろりと舐め、そのまま深いキスを重ねてしまった。

「きゃ…、ん…」

 美凰は突然の夫の愛撫に、美しい双眸を見開いて固まってしまった…。
 公衆の面前での大胆な愛撫に、周囲に潜むSP達はおたおたと慌ててしまう。

「よ、吉田さん! どうしましょう…」

 新米SPの田中が真っ赤な顔をしてSPリーダーに囁きかけるが、慣れた様子の吉田は全く動じていない風に肩を竦めた。

「どうもこうも…、その内近くのホテルに移動なさるだろうから、引き続き冷静に警護にあたる事だ」
「は、はあ…」
「動揺は禁物だぞ。理事長の性衝動に従っていれば…、こんな事は日常茶飯事なのだからな…」
「……」

 色男の顔立ちながらストイックな主の、夫人に対してのみの豹変振りに田中は目を白黒させていた。
 この仕事、冷静に続けてゆく事が出来るのか?
 田中は真剣に転職を考え始めた…。 

「もう! 恭弥ったら!」

 唇を離した途端、愛する妻は美しい花顔を真っ赤に染めて怒り出した。

「アイスクリームをお召し上がりになりたいのでしたら、もう一つお買いになれば宜しかったのに…。公共の場で羞かしい事をなさらないで…」
「いや、僕は…」

 アイスを求めてキスしたのだと思われているのが些か癪である。

〔僕が味わいたいのは、アイスではない! 君だよ…、美凰…〕

 その瞬間、雲雀の中で愛する妻へのお仕置きが決定した。
 赤くなってぷいっとそっぽを向いた美凰の耳に口を寄せ、雲雀は小声で囁く。

「アイスより…、美凰が食べたいだけだよ…」

 妻があっという間に陥落する、セクシーな囁き声…。

「まあ…」
「いつでもどこでも…、君が欲しい…」

 美凰の頬はますます赤く上気した。

「もう抑え切れない…。いいでしょ?」
「……」

 羞恥している耳朶をそっと咬んだ雲雀は、誘惑の声音を繰り返して妻を促すとベンチから立ち上がり、腕を組んで歩き出した。
 目指すは周囲の様子を伺っていた際、漸く見つけた目当ての建物。
 SP達の呆れた視線をものともせず、果ては美凰を抱き上げて駆け込まんばかりの勢いで雲雀は突進してゆく。
 そうして新婚の雲雀夫妻の姿は、某ホテルの扉の彼方へと姿を消した…。



〔アイスで欲情とは…、理事長ときたら、まったく呆れた御方だ…〕

 吉田は溜息をついて二人を見送りつつ、副理事長の草壁へ定期報告の為に携帯を操る。
 他のSP達も思いは同じであろう。
 そのまま三時間もの空白タイム。
 彼らは主夫婦の幸福な時間と引き換えに、ぐったりとした様子で二人の出を待たされ続けたのであった…。
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