ぽかぽか、あたたかな平日の午後。
俺は屋上の扉を開くと、足先で器用に小鳥と戯れている少年を視界に収め、駆け寄った。

「恭弥!」
「…また来たの」

案の定、口を尖らせて出てくるのは可愛げのない悪態だったが、俺にはそれすらも嬉しくて仕方がない。これが彼の愛情表現だと知ったのはつい最近。なにせ、機嫌の悪い時は返事すらしてくれない。
恭弥はむくりと起き上がると、小さな欠伸を零した。

「寝癖。そんなところで寝てるから」

髪の毛を整えてやると、恭弥が珍しく俺のシャツをくい、と引っ張ってきた。

「――ねぇ」
「うん?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何だよ、改まって」

首を傾げながら、手にしていたペッドボトルに口をつけた。

「あなたは、僕の事抱きたくないの?」
「ぶっ!!!」

思わず口の中の飲み物を噴き出すと、恭弥が眉根を寄せた。

「汚い…」
「おま、急になんだよ?誰かになんか言われたのか?」
「別に。ただ…世間一般的にそういう事をするんだって、今日没収した雑誌に書いてたから」

普段は気にも留めないそれを見てしまったのは見出しにそういう事が書いていたから。俗な話だが、付き合いだして関係を持つのは何ヵ月後だ、とか――といつもは涼しい口元が、熱のある言葉を紡ぐ。

確かに俺と恭弥は世間で言う「恋人同士」にあたる。
キスは何度かしたし、手も繋いだ。
だが、俺は恭弥が学生の内はそれ以上の関係に進もうとはしなかった。

「お前、そんなこと思ってたのか」
「…別に」

正直、意外だった。
恭弥はどちらかというと性的な事に関しては淡白で、むしろ嫌悪しているようにも見えたのに。

「もしかして、不能なの」
「ちげーよ!だってさ、お前のペース乱したくねぇし」
「平気だよ」

そういう恭弥の表情は、相変わらずいつもと変わらなくて。

「平気じゃねーよ。俺はそりゃ触れあいたいけど無理にする必要ないだろ。特に恭弥はまだ中学生なんだから」
「子供扱いしないで」

予想通り、恭弥が軽く睨んでくる。

「現実問題だよ。お前はまだまだ成長段階なんだから、身体に負担がかかる」

それに、知らないから。
愛を確かめ合う行為が、本当はどろどろしていて綺麗だけじゃないってこと。
決して興味本位でするようなものではないこと。

「あなたは、それで良いの」
「俺?そりゃ…」

さすがに、恭弥のことを考えてしている――なんて言えず、軽く濁す。

「ふーん…。じゃあ本当なんだね」
「は?」
「あなたの部下が言ってた。毎日キャバクラに行ってるって」
「おい」
「だから、平気なんだね」

そうか、と自己完結している恭弥の両肩を強く掴む。

「待て待て待て!自慢じゃねーが、お前とこうなってからは誰ともしてない!それは誓って言える!」
「その前はあるんだよね」
「そりゃ…」

れっきとした成人男性だし、マフィアのボスたるもの女くらい知らなければバカにされるとかなり早い時期に教えられたのは事実だ。
だが、愛人を作ったこともないし、相手をした女性には出来る限り愛情を注いだ。
愛があるかないかと言えば、あるとは言いがたいがそれなりに尽くしてきたつもりである。
だが、それとこれとは話が別である。

「あのな、俺はお前が好きだし出来るなら抱きたい。けど――」

最後まで言わずに、ネクタイをひかれたと思うと唇に暖かい感触が振ってきた。
ただ触れ合わせるだけのそれは、子供がするようなとても可愛らしいものだったが、それだけで感じてしまう。

「けど、なに?僕はあなたのそういうところが嫌だし、むかつく」

だから自分の事は気にせず、しても良いんだよと言っている気がして今までにない愛しさがこみ上げてきた。

なんて、可愛い。
嫌いだと言われているのに、これ以上の愛の告白があるだろうかっていうくらい、官能的。

「サンキュ。ただ、ほら…」

ぐ、と恭弥の腕をひいてすっぽりおさまるそれは瞬間びくりと震えた。

怖がっているのが分かる。
未知の体験に戸惑うのは、いくら恭弥でも避けれないこと。

だから、大事にしたい。
少しずつ、確かに愛を育んで。

「…へなちょこ」

腕の中の小さな身体が、少し身動ぎ可愛い睦言を吐いた。

――ほら、可愛い。

俺がいつまでもにこにこしているのを不思議に思ったのか、恭弥は首を傾げながらも離れようとはしなかった。

「こうしてるだけで、気持ちよいだろ?」

そう言って、恭弥の手をそっと握ってみた。

ぽか、ぽか。
身体の心から暖まる心地よさはこの手からしか生み出せない。

「こーしてるだけで、気持ちいい」
「…うん」

恭弥が今度は安心したように小さく頷き、俺もまた優しい気持ちになれた。

日向のような暖かさに包まれて、それだけでこれ以上は何も望みたくはない、と思った暖かな昼下がりだった。

2012.9.6

ありがとうございました。




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