第27話 インターンはまだ
「ん?ん??」
「黙ってろ」
喋った吐息が耳にかかってくすぐったい。背中越しに伝わる体温や、がっしりとした腕に意識せざるを得ない。なぜこんなことになっているのだろうか。
「…すぐ追いつく」
「うん」
「で、どいつもこいつも追い抜く」
「うん」
どうしたら良いのか分からない。振り解くわけにはいかないだろうし、別にそうしたいわけでもない。だが、今の状態が良いわけでもない。このまま消えてしまいたくなった。
これがつまり何なのかは分かるのだが、何せ全く経験がなかった。私を女として見る人はいままでおらず、ただのヤンキーとしか思われずに過ごしてきた。
すると、腕は解かれたが180度回転させられ、爆豪と向き合うことになった。目は合わせられない為、真っ直ぐを見ていたが、そこには彼の体があったのでついつい左へ視線が動く。両腕はがっちりと掴まれており、大変やばい状態だ。
「…すまねえ」
こちらの緊張が伝わったのか、爆豪の口からそんな言葉が漏れ、腕は解放された。それに安堵してしまった。しかし、彼の顔をようやく見ると苦しそうな表情になっており、私の口は勝手に動いた。
「何も悪くない。嫌じゃなかった」
ななな何言っとんだ私は!え!?何、何!?人には聞かせられない台詞吐いたんじゃないんですか!?母さん父さんごめんなさいこんな娘に育ちました。
すると今度は爆豪の体が近づき正面から抱きしめられた。唯一自由な腕をどうしたら良いか分からず、そっと彼の腰あたりで組んでみる。胸腹から伝わる温かい体温が嫌でも人と触れ合っていることを実感させる。ええい、どうにでもなれ。
その後特に何をするでもなく(何かあったら大問題なのだが)爆豪は「またな」と言って帰って行った。当然お茶を買う気も気力も無かったから財布は拾って机の上に置いた。そしてとっとと歯を磨いてベッドに横になる。
え?これやばいんじゃないんですか?つ、つ、付き合うなんてことになるんですか??ってか抱きしめ合っちゃったよ…。とそんなことを悶々と考えていたら気が付いたらカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。寝ないと、やばい。
次の日の朝、結局2時間しか寝られなかった為に酷い頭痛にうなされた。気分は最悪だ。頭痛薬が効くのを待とう。共用スペースに行くと爆豪の姿が見え、ついつい意識してしまう。対して彼の態度は普通だ。普段通り、私がただ通っただけでは無視してくる。それがとても悔しかった。
爆豪からの連絡は無いままに数日経ち、緑谷くんの謹慎が解けた。私は相変わらず悶々とした日々を過ごしているが、かと言って爆豪に連絡するのも緊張してしまい、何も出来ずにいた。関係が先に進む方が怖く、今のままの方が気が楽で良いと思える。
緑谷くんが復活したから、ということでようやくインターンについての詳細な説明が始まった。相澤先生の案内で3人の生徒が教室に入ってきた。通称ビッグ3といわれる、現雄英生のトップに君臨する人たちだそうだ。
「帰りたい」さんと興味津々かわいいさんと顔はかわいいけどめちゃくちゃガタイ良いさんの自己紹介が終わり、ガタイ良いさんの提案で彼と戦うことになった。体操服に着替えてTDLへと向かう。
ガタイ良いさんはめちゃくちゃガタイが良いだけではなく、めちゃくちゃ強かった。スタートは服が脱げた(ゲームのバグのように落ちたように見えた)りしたが、動きは見えないし、腹パンされた衝撃もとんでもなかった。人は弾けないから普通に殴られるしかなかった。殴られるの嫌いなんだけどな。
そういえば、人の着ている服はどうなのだろうか。服を操作しようとしてら人も止められたりするのだろうか。今度試してみよう。こんな痛いのもう嫌だし。
轟くんは「仮免取ってないんで」と言って参加していなかったが、この場に爆豪がいなくて良かったな、と思った。爆豪や轟くんならもう少しマシな戦いになっていたのだろうが、まず爆豪はだめだ。戦闘となるとなりふり構わなくなるし、そもそも「またな」と言った女に一個も連絡を寄越さない。そんな奴は何したってだめだ。
ガタイ良いさんはめちゃくちゃ熱く話してくれたが、要は「実戦での力の使い方を学びプロに近づく為にもインターン行った方が良いよ」という内容だったように思う。この人はそこら辺のプロ以上だと思うけど。
その夜共用スペースではインターンの話で持ちきりだったが、翌日朝礼ではインターンを受け入れ実績の多い事務所に限り認めるという方針が伝えられた。
そもそも私には体育祭でのオファーも無いし、職場体験でのコネもない。その分雄英の先生とはよく接したし、個性の関係で一部のヒーローには存在が知られているのではないかな、と思う。監視されてたらしいし。ともかく、あんな話を聞かされたものの、私にインターンはまだ関係のない話のように思えた。
それより、具体的な理想のヒーロー像を描き、それに向けてすべきことを整理することが、皆に遅れをとっている私にとって先決なのだ。
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