プロローグ

 中学校入学式の日、私は初めて人を殴った。手洗いを探して学内を彷徨っていたところ、校舎裏まで迷い込んでしまい、そこでリンチの現場に遭遇してしまったのだ。入学式の日にわざわざそんなことしなくても…と思いつつ無視しようかと思っていた。巻き込まれるのは面倒だし。けれど、蹴られている彼と目が合ってしまった。明らかに救いを求める目だった。私は己の勝手な正義心に身を委ね、現場に飛び込んでしまった。――気がついたら助けを求めた彼以外は地に伏せていた。
 それから私は入学初日からやらかした人間として有名人になった。目つきが悪いせいで既に仕上がっていると勘違いもされたが、私は非行に走ったつもりは毛頭ない。ただ困っていた人を救っただけなのだ。やがて徐々に相談事が増え、その度に初対面の人を暴行した。相談事の内容に対する天誅として。
 中学3年になる頃には舎弟ができていた。「あねさんの希望を一緒に叶えさせてください!」と言い、勝手に着いてくる連中のことだ。まともな友人は一人もいない。ただの嫌われ者の義賊になってしまった。こんな人生を望んだのだろうか。私は一生このままなのだろうか。進路希望書と睨めっこしながら考える。

 運命の日とはある日突然やって来るものだ。自宅でテレビを観ていたらプロヒーローであるオールマイトの活躍を讃えるニュースが目に飛び込んできた。それくらいならいつものことなのだが、今回は少し違った。勇敢にも敵に対抗しようとした同い年の男がいたのだ。流石にテレビもその男の姿を詳細に映すことはしなかったが、それでも私は感銘を受けた。
 そうか、プロヒーローになれば良いのか。プロヒーローになれば困っている人を武力で救ってもそれは正義となる。
 現行の民法では自力救済の禁止が定められており、権力を持たない他力救済も同じだ。つまり、私が人に代わって悪さした奴を懲らしめるのは法の観点からいくとただの傷害罪であるということだ。それは重々承知していたし、それでも目の前で苦しんでいる人を見過ごすことができなかった。
 ただ、プロヒーローになれば話は別だ。プロヒーローのシステムはよく分からないが、少なくともプロヒーローは現在の社会において力に力で対抗する術である。そこでなら、人のために戦えるのではないだろうか。
 正直こんなことをしてきた私がプロヒーローになれるかは分からない。でもならなければ永遠に義賊のままだ。いや、義賊と言うとポジティブな捉え方かもしれない。都合の良い仕返しの代行役だ。それは困る。

 私はまずプロヒーローについて学習した。有名なプロヒーローの出身校として多いのが国立雄英高等学校。なるほどここなら家から近い。有名なプロヒーローになりたいわけではないのだが、どうせなら良い学校で良い教育を受けたいものだ。そして雄英のヒーロー科を目指すと舎弟たちに告げ、試験対策を始めた。舎弟たちは事の重大さを理解していなかったが、それから会っていないので重要さは理解して頂けただろうか。


 実技試験当日。私は酷く緊張していた。筆記試験の方は何ら心配はしていない。元々友達がいなかったお陰で勉強はよくしていた。本も読んでいたし、気になった学問は個別で解説集などを読んだりもしていた。それでも毎回試験で満点を取るような賢さは持ち合わせていなかったが、平均よりそこそこ高い点ばかり取れていた。しかし雄英はエリート校であるが、正直筆記よりも今日の実技試験の方が重きを置いているであろう。困ったな…。
 私の個性は手に触れた物を操るものだ。ありふれた個性である。最初は軽い物を近くでしか動かせなかったが、この個性の強化も試験対策としてしていた。正直肉弾戦なら中学に入ってからそこそこ強くなったと思う。…一般人相手なら、だが。問題は個性だ。日常生活でもほとんど使っておらず、生まれたままの個性をしていた。こいつをなんとか育てようと尽力した。そして比較的重い物を比較的広範囲に動かせるようになった。比較的。
 武器を持ち込めるらしく、一応ナイフを仕込んできた。一体どのような実技試験になるのか想像もつかない為、どんな時もまあまあ便利なナイフにしてみた。

 ただっ広い講堂でテレビでよく見るプレゼント・マイクが試験の概要を説明してくれる。その間私は周りを見渡していた。どの人も顔が怖い。大体怖い。試験前でピリピリしているから余計怖いのかもしれない。それにしても怖い。私も人のことを言えない顔をしているのだろうが、プロヒーローに対する気迫の違いを実感させられた。こういう人達が合格するんだろうな、などと考えるだけで気が滅入ってしまう。
 思い出せ!私!この苦しい数ヶ月間を!この数ヶ月は誰よりも努力した自信がある。元はプロヒーローに興味も無かった私がプロヒーローへの道のりの扉を自分で開こうとしているのだから。試験も相性が良ければそこそこ良い成績を残せるはずである。

 案内されたのは市街地を模した会場。支給されたユニフォームに身を包み、そっと脚に仕込んだナイフに手をやる。ここまで来たら落ち着いてきた。市街地ということは被害を抑えつつ対処をすることが求められるのであろう。できる限りはやってみようと思う。
 試験が開始され、勢いよく走り出してみたらロボットに出会った。ナイフを取り出し私の間合いまで近づいてナイフを勢い良く投げる。するとナイフは理想通りの位置に刺さり、ロボットは建物を傷つけることなく倒れた。これで加点にはなったはずだ。
 そんなことをいくらか繰り返していると突然大型ロボットが現れた。あれは0点らしい。0点でも果敢にあれに立ち向かうと言うのであろうか。私には無理だ。私の実力ではあんな奴止められはしない。恐怖で立ちすくんでいたら急に現れた人物の強烈な一撃で奴は落とされた。私はまた思った。こういう人が合格するのだろう、と。

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