グランコクマに麗らかな春の様子がうかがえる。
春眠暁を覚えず、という言葉があるが、これは「朝が来たことも気付かず眠り続けてしまう」という意味である。春の夜は短く、また気候も穏やかなので朝起きるのが難しい様子をいう。
だがここに、この意味をはき違えている馬鹿が一人いた。
「んん…」
「陛下、こんなとこで寝ないでください」
「いいじゃねぇか少しくらい…。春眠暁を覚えずって言うだろ?」
「部下の部屋で昼寝をするという意味なのですか?それは初耳です」
ジェイドの執務室にいつも通り居座ったピオニーは、来るなりすぐにソファに寝そべりクッションを抱いて寝に入り始めた。
ソファの端からはサンダルがはみ出しており、寝苦しそうにも見える。
「春の暖かさが昼寝を誘うってことだろ?」
「残念ですが全く違います」
机に座っていると背もたれの向こうにいるピオニーの姿は確認できないが、笑っているのが雰囲気で分かる。
「こんな一般教養も分からないとは、皇帝が聞いて呆れますね」
わざとらしくふぅと溜息をつくと、ピオニーはうるさいぞ、と文句をたれた。
「春の陽気には抗えんよ。ほら、お前も」
「なに手招いてるんですか。行きませんよ」
手を上につきだしひらひらとこちらに手招く主を見て、よく分からないが尊敬の念すら抱いてしまった。
「流石ですね陛下」
「何がだ」
誘いを断った不満を顕にして語尾を強めた皇帝は、起き上がるとすまして机に向かうジェイドに、抱いていたクッションを投げつけた。
「っと、危ないですね」
だがそこは現役軍人。難なく避けると、クッションは背後の壁にバフッとぶつかり無様に落ちた。
「人のもの投げないでいただけますか」
「お前のだからいいんだよ」
ピオニーはクッションが無くなったかわりに腕を組んで枕がわりにする。
ぼんやりと天井を見つめて微かに頭の片隅にいた睡魔を呼び起こそうとしていたが、突如視界がすべて黒に染まった。と同時に息苦しくなる。
「むぐっ」
「だから寝るなと言ったでしょう」
顔に降りかかったのはクッションで、それをさらに押し付けてるのはジェイドだとすぐに理解した。
苦しさから足をばたつかせると、すぐにクッションが離れていった。
「ったく、なにすんだ」
「何度も言わせないでください」
ぐるりと体勢を起こし、立っているジェイドと向かい合う形に座る。
「別に寝るくらい構わんだろう。お前の仕事の邪魔をするわけでもなしに」
「人が寝ているのを見るのは気が散るんですよ」
「なんだお前、見るつもりだったのか?」
違います、と速攻訂正が入った。
「私だって人間ですから、少しは魔が差すことがあるんですよ」
「前提が怪しいけどな」
「よく言われます」
くつくつと笑うと同じように笑う声。
笑い終わってはぁと息をはき、目の前にある青い腕を掴む。
「だったら今日は魔に呑まれちまえよ」
腕を引き隣に座らせる。そんなに抵抗がなかったことから予感はしてたんだろうと思う。もしくは。
「しょうがないですねぇ」
なんて言って大人しくソファにいるもんだから、もとからその気だったのか。その場合…
「なんたるツンデレ…」
「気持ち悪いこと言わないで下さい。仕事に戻りますよ」
「あぁ悪かった。じゃ、ほら」
自分の太股を叩いて促す皇帝。
「…まさかとは思いますが」
「そのまさかだ」
にやりといやらしく微笑むと勢いよく肩を掴み自らの太股に押し付ける。
「ほら寝ろ寝ろ」
「昼寝とはこのように押しつけられるものではないと思いますが」
「いいじゃねぇか、皇帝の膝枕だぞ、貴重だろ」
「それは否定しませんがね」
ピオニーはジェイドの頭に手を添えて優しく梳く。
ジェイドは完全には寝ていないものの、目を閉じて身を任せている。
そうしているうちにピオニー自身にも眠気が襲ってきた。
太陽の光差し込む穏やかな昼下がり。
春の陽気に抗えなかった二人は未だ夢の中――。
春眠を貪ろうじゃないか!
(旦那ーちょっといい…ってうおっ!?)
(……んー?あー…ガイラルディアか)
(なにしてるんですか…)
(春を満喫中だ(キリッ))
(さいですか…)
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