もう泣きたくないって、ひとりは嫌だよって彼女が言うから、私は彼女の小さくて柔らかな背中をそっと抱きしめて言ったの。私でよければ、ずっと一緒にいてあげるよって。女の子同士でも、私は貴方が好き。大好き。ずっと前から、貴方があのひとを好きだったように私も貴方の事が好きだったのよ。気がついたら、もうむしゃくしゃ。必死になって告白していた。溜まりに溜まった愛の言葉は、止めるための詮を失ってしまったからどんどんあふれてきたけど、もうどうでもよくなる。私は貴方が好き、好き、好き、好き。まるで呪うようにただその言葉を吐きつづける私に彼女はどんな視線を向けてきていたのだろうか。彼女の顔を見ないで言い続けたから今はもうよくわからない。ただ、きっと最高に変な顔をしていたような気がする。だって私は女の子、彼女も―秋さんも、女の子だもの。おかしいわよね、今まで普通に友達として接してきた私が、ずっと秋さんに恋をしていたと告白しているんだもの。それも失恋した秋さんのこころの隙間に入り込むようなタイミングで。ああ、馬鹿みたいね、私。でもこんなにも貴方が好きなの。大好きで大好きで大好きで、仕方ないの。ずるくても構わないから、嫌われても構わないから。もう、この重た過ぎる気持ちを抱えておくには私のこころは小さすぎて、限界値なんかとっくに越えてしまっているのよ。切なくて、苦しくて、それでいてやっぱりたまらなく愛おしいの。

 一通り口を動かし続けたから、想いの水がすべて溢れてなくなった。きっと黙っていたらすぐに復活してしまうだろうから、何か言おうと頭の中で言葉を探る。私は小さな息を繰り返して呼吸を整えながら、ぼそりと、私とためしに付き合わない?と呟いてみた。別に答えはどうでも良かった。きっと、断られるに決まっているから。女の子同士だもの。私と秋さんは、友達なんだもの。それでも一縷の希望に縋ってしまうくらいに、私は彼女が好きだった。恋の炎は、ぐらぐらと揺らめいてはいたけれど、一向に消えてくれそうにない。多分これからもずっと、消える事は無いだろう。

 そっと、私の冷たくなった顔に手が添えられた。泣いてしまいそうなくらいに優しい温かみを持っている女の子の、柔らかい手が私を包む。顔をゆっくりと上げれば、そこには口を少しだけ開いて、悲しそうとも、憐れんでいるとも言える秋さんの顔が、すぐそばにあった。彼女の頬は涙に濡れて、艶やかな輝きを持っていた。秋さんの薄桃色の唇がすう、と小さく息を吸いながら開く。

「わたしで、いいなら、良いよ」

 彼女の瞳は切なげだった。私は、うんうんそうだよね、駄目だよね。と告白の失敗を予想して早くも自分を納得させようとしていたところだったから、その返答に目を見開く。いい、の?え、うそ。嘘じゃあ、ないの?何度も何度も、確かめるために問い掛けたけれど答えはすべて肯定だった。頭の中が混沌としていて、熱かった。
 秋さんの目を、じっと見つめる。その目には何も無かった。喜びも、悲しみも、なにもかも消えてしまったような色を持った瞳だったから、ああ、そうね。と、私はひとり理解する。「私」だからいいんじゃ無いんだわ。私がニンゲンだから、良いんだ。このひとにはとにかく、今だれか必要なのね。そばにいてくれる、自分を愛してくれるひとが。私はたまたま運よくそこにいたから、彼女に選ばれただけで。そこには愛も恋も無くて、ただ寂しさと少しの憐れみがあるだけなのね。

 でも、それでもやっぱり。
 あなたが、好き。

「秋さん」
「冬花さ…」

 ――キスをした。唇と唇が重なるだけの軽いそれは、深く深く私の醜いこころに刻み付けられる。秋さんの唇は、思ってたよりもずっとずっと柔らかくて、しょっぱかった。多分それは涙の味ね、秋さんのこころの中で渦を巻いている、嫉妬や、まだ残る恋慕の残りの涙。多分こうしている間も、彼女の瞳が映すのは優しい幻想の中にいる彼で、私なんかじゃ決してない。それでも良かった。もう、なにもかも。秋さんが見ているのが私じゃなくても、秋さんが誰かを求める限り私はずっと傍にいて、こうやって何回でもキスをするのだから。そしてまた、秋さんも私を拒めない。きっと、その胸に付いた深い傷が消えるその日まで。はつ恋の、初めてのキスは、すぐに終わって消えた。

 泣き腫らした後を目の周りに残した秋さんを玄関先で見送った。彼女はまた家に帰れば、泣いてしまうだろう。私にはその涙は拭えないけれど、これから秋さんがちゃんと笑えるようになるまでは、私が愛してあげると固く誓った。大丈夫よ、秋さん。貴方はひとりじゃないのだから。私がいるから、大丈夫よ。大丈夫、だいじょうぶ。ぱたりと無機質な音を響かせながらドアが閉まる。私はずるずると玄関先にしゃがみ込む。そして、少しだけ泣いて、鳴いた。大丈夫、不安を無くす為のその言葉はいつのまにか自分に向けられていたのだ。唇を触れば、キスの名残がまだ残っている。私は嘘であるそれがなんだか凄く疎ましくなって、ごしごしと擦った。




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最後に残るものなんてたかがしれてる/20120410
Title by ギルティ
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