倉馬くん、とほわほわした声で山菜は俺の名前を呼ぶ。山菜茜は、一言で言うととても可愛い。女の子らしくて仕草は上品、何よりも俺が「山菜スマイル」と名付けたあの笑う時の顔がたまらなく愛しい。まあ少しだけマニアックなところもあるけど、それも含めて俺はコイツが好きだ。もっとも、俺は告白する勇気なんて持ち合わせていないのだけれど。
「なんだ?」
俺が短くそう聞き返すと、山菜は後ろから洒落たポットとカップを取り出して前にそっと置いた。
「一緒にミルクティー、飲も?」
かわいらしい声で上目遣いに尋ねられては俺も承諾するしかない。むしろ好きな女に茶会に誘われて断る男がいるのならお目にかかりたいぐらいだ。山菜は俺の返答を聞いてふんわり微笑み、ポットから甘く芳醇な香り漂うミルクティーをカップへと注ぎだした。白みがかったお茶の色や味の甘さから、ミルクティーと山菜は似ている気がするとぼやけた頭で思う。俺は山菜がお茶を注ぐ行為を、というよりその行為を行っている山菜自身をじっと見つめていた。睫毛が伏せられているため、その長さがよく分かる。湯気で少しほてった顔は、いつもと違って少し色っぽいと思った。山菜を見つめる時間はとても長いようにも感じられたし今までも何度も見て来た顔だけど、全く飽きることはなく、毎回新しい発見が出来るのは、俺がやはり山菜に心底惚れ込んでいるからだろうか。
「倉間くんは、甘いものは好き?」
そう考え事をしている時に、唐突に山菜が俺に尋ねる。山菜を見つめる事に没頭していた俺はハッとなり、現実に戻ってきた気分だった。見るとカップからはほかほかと温かい湯気が辺りに香りを漂わせていて、もうすべて注ぎ終わっていたようだ。はい、と言いながら山菜がまだ熱いカップを俺に渡す。だが受け取る瞬間、山菜の指に少しだけ触れてしまいカップを落としそうになった。山菜が少し心配そうに声を掛けてくる。こんな事で動揺する俺も俺だが、触れ合った時の山菜の指があんまりにも白くて細くて女の子らしいのがいけないと思う。多分。
「それで、甘いもの、好き?」
カップを自分の前に置き落ち着いた俺に、もう一度山菜は尋ねた。俺は迷う事もなく答える。
「ああ、普通に好きだぜ」
「そっか」
俺の言葉を聞いて、というかほぼ聞きながら、山菜は前屈みになり前に置いてあった自分の鞄に手を掛けた。そしてゆっくりとジッパーを開け中からがさごそと何かを取り出す。鞄の中から出てきたのは、鮮やかなリボンで口を閉じられている透明な袋に包まれた、いくつかのクッキーだった。見た目や包装の仕方からして、きっと山菜の手作りなんだろう。その中身はとても美味しそうだった。
「これ、食べる?」
「ああ、有難う。美味そうだな」
「こちらこそありがとう、これわたしの手作りなんだよ」
予想通りの答えについついにんまりしてしまう。にやけた俺の顔を見て、不思議そうに山菜は俺を見つめた。こくんと擬音が付きそうな首の傾げ方は、とても女の子らしくて可愛いと思う。もっとも、やはり口に出す事は出来ないのだけれど。自分のヘタレ加減に絶望するどころか呆れているので苦笑が漏れる。
「どうしたの、倉間くん」
「いんや、別に」
「そっか」
「うん」
短いやり取りのあと自然と言葉少なくなり、俺も山菜も話す事が無くなった時に、食べようかと山菜は言った。俺は相槌をうち、いただきますと言ってからミルクティーを口に含んだ。鼻や顔いっぱいに甘い香りが広がって、とても美味しい。茶葉自体も良いものなんだろうが、山菜のお茶の煎れ方も上手いのだと思う。クッキーも皿に出し、真ん中に深紅のゼリービーンズが乗っかっているものをつまんだ。クッキーの方も、噛みしめる度に感じるサクサクとした食感が俺好みで美味しかった。
幸せな午後だと思う。だれもいない部室で、山菜とふたりきり、菓子をつまみながらお茶を嗜むひと時。時折隣の山菜の咀嚼する音がとまる事があり、そんな時は他愛のない話を俺に投げ掛けてくる。俺が山菜の話に対してどんな言葉を返しても、彼女は独特の柔らかく甘い微笑みを見せてくれるから、俺はそれがたまらなく嬉しかった。
山菜の微笑みに見とれながらお茶を飲んでいるうちに、自然と中身をすべて飲み干してしまったようで、口を付けたカップは空だった。そんな俺を見て山菜は、おかわりいる?と相変わらずの高くて落ち着いた声で尋ねる。その申し出を断る理由もなく、俺は有り難くカップを差し出して2杯目のお茶を頂く事にしたのだった。


君との甘い午後
まだまだ楽しませて下さいな?



ふわり香る/2012.03.21
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