ある日の事。その日は部活が休みで、マネージャーの仕事も特に無かった為、空野葵は一人帰路につくため学校の下駄箱で靴を履いているところだった。今日は何をしようか、と葵は歩きながら考える。普段はサッカー部のマネージャーとしての仕事が山積みで、したいこと、やりたいこともロクにできない。かといってそれが苦痛という訳でもなかったのだが、やはりたまの休みを貰えると嬉しいものだ。新しいグッズを買いにも行きたいし、お菓子作りもしたい。あと、部屋の掃除も出来たらいいなあ等と思案してみれば自分の願望や欲望がぽんぽんと泡の様に浮かんできた。一通り頭の中でやりたいことを整理してから、葵はある一つの意見を選択した。そうだ、サッカー部の一年生で集まってお茶会をしよう!皆でサッカー以外の事でも集まって親睦を深めれば、きっと一年生の絆も深まり、サッカーの試合にも良い影響を与えられる筈だ。葵はそう確信し、一人下駄箱の前で深く頷いた。
ちょうど下駄箱に居たため、雷門サッカー部一年生のメンバーの靴があるかを確認する。天馬、信介は先程まで教室で授業中に寝ていた事で怒られていたから、わざわざ確認しなくてもまだ居るのが分かっていた。問題は、影山、剣城、狩屋の三人だ。まず葵は影山の靴箱を調べる事にした。出席番号を頼りに名前の書いてある棚を探し出し、こっそりと開けて中を覗くと、そこにはまだ靴が入っていたので葵は安堵した。よし、輝君は大丈夫。葵はまたうんうんと頷いてから、次はどちらにしようかと考え、結果剣城の下駄箱を調べることに決めた。葵は剣城も輝と同様に靴箱を探し出し、中を覗こうとする。
すると、その時ふと後ろから声が掛かった。
「空野さん?」
「へ!?」
いきなりだったのと、開けようとした瞬間に声をかけられたのとで、葵の頭は状況に対する処理が追いつかず、思わず大きな声を出してしまった。急いで振り返ると、そこには狩屋マサキが立っていた。葵が大きな声を出すとは思っていなかったらしく、狩屋の方も驚いている。
「びっくりした…。何?悪い事でもしてた訳?」
驚いた顔をしていた狩屋の顔がニヤリと不敵な笑みに変わった。
「ち、違うもん!剣城くんに用があっただけ」
葵は慌てて弁解する。別に本当にやましい事は無かったのだから、誤解されては困ると思った。そして狩屋は、剣城の名前を聞いた途端不機嫌そうな、苦い顔になった。
「だから何にも無…って狩屋?どーしたの」
「…別に。てか、空野さんって剣城くんと仲良いんだ?」
狩屋はぶすっとした表情で拗ねたように言った。葵には何故そんな表情をするのか全く分からなかったが、また誤解をしている狩屋に対して少しの苛立ちを覚えた。
「だーかーらっ、そういうんじゃなくて一年生のお茶会に誘おうと思ったの!狩屋もね!」
葵は少々声を荒げて言う。
「…お茶会?なにそれ」
驚きながら尋ねて来た狩屋に、葵は先程まで自分が考えていた計画を身振り手振り早口に説明した。
「それでね、」
「で、俺も来いって事?」
「うん。…駄目?」
狩屋の方が背が高い為、自然と上目遣いになってしまう。捨てられた子犬のような瞳で自分を見つめてくる葵を見て、狩屋の頬が赤くなった。くそ、反則だろと狩屋は思いながら目を逸らして答えた。
「あー、行くって」
「本当に!?ありがとっ」
「……はいはい」
しかし、このまま押されっぱなしでは腑に落ちない。そう考えた狩屋はどうせならこのまま葵の手でも握ってしまうか、なんて事を思い付いた。葵の驚く顔を想像して狩屋はまたニヤリと笑い、思い立ったらすぐ行動がモットーである狩屋は、早速葵の手に自身のそれを伸ばす。葵も気づいていないことだし、このままならいけると狩屋は確信した。
――が。突如横から正義の鉄拳の如く鋭い拳が飛んできて狩屋の手の甲にヒットした。狩屋の口から声にならない悲鳴がもれ、痛みに悶える。涙目になりながら横目でその人物を確認すると、そこには案の定狩屋が想像していた通りの人物が立っていた。
「悪い、…手が滑った」
「あれ、剣城くん!」
葵が嬉しそうに駆け寄ったのは、サッカー部のエースストライカーである剣城京介だ。剣城は葵に軽い挨拶をしてから、狩屋をじろりと化身オーラを出しながら睨んでた。どうやら、狩屋が葵と手を繋ごうとしたことが気に食わないらしく、狩屋が少しでも剣城をさらに怒らせるような行動をしたら即ランスロットを召喚しだしそうな雰囲気を纏っていた。そこまで怒らなくてもいいじゃないか、冗談なのに、と狩屋は思いながら、邪魔されたことにイライラし負けじと剣城を睨み返す。二人の間からはばちばちといった閃光の音が聞こえて来そうだった。
「ん?二人共どうしたの?」
「いや、別に」
「なんでもないよ、空野さん」
葵は一瞬不思議そうに顔をしかめたが、自分の本来の目的を思いだし、慌てて剣城も茶会に誘った。剣城は二つ返事で誘いを受け、狩屋に対して不敵な笑みを浮かべながら視線を送る。狩屋はあからさまに不機嫌そうな顔になり、ぶつぶつ文句を言っている。そして、葵はというともう既に次の目標へと頭を切り替えていた。
「さー後は輝くんと…」
すると、葵がそう呟いた瞬間、またもや後ろから「どうしたんですか?」と声が掛かった。上級生にかわいいと評判の紫色をしたふわふわな髪の毛に、犬のようによく動く人懐っこそうな瞳、きっちりと整えられた制服――影山輝だ。輝は葵達が何をしているかが気になった為、葵がいる場所へ急いで駆け寄った。
「輝くん!」
「こんにちは、空野さん、剣城くん、狩屋くん」
輝は癒されるということで有名な穏やかな笑みを浮かべた。葵もさっきまで殺伐とした二人の間にいたせいか輝のその笑顔に思わず和む。ちなみに後ろの方では葵が居ないのを良いことに狩屋と剣城による罵り合い合戦が行われていた。
「ところで、空野さん達は何をしているんですか?」
きょろきょろと三人を見渡してから、輝が興味津々な様子で尋ねた。
「ああ、あのね、今日サッカー部の一年生でお茶会を開こうと思うんだけど」
他ふたりと同様に葵が説明する。輝は最初うんうんと相槌を打ちながら真剣な面持ちで聞いていたのだが、聞き終わった瞬間何故か涙を流し始めた。葵はまさか泣かれるとは思っていなかったので、ぎょっとしてあわてふためく。泣いている輝を見て狩屋と剣城も驚いたようで、いつのまにか罵り合いが終わっており、ふたりもこちらを呆然としながら見つめていた。
「ひひひ輝くん!!?」
泣いている輝を宥めようと葵は必死に彼の背中を叩くように摩った。そんなに強くやるなよ!という声が飛んできたが今の葵の耳には全く入らない。
「ず…ずびませぇん…うっ…」
輝はまるで演技をしているのではないかというぐらい豪快に涙を流していた。葵だけではどうにもなりそうにないので、狩屋と剣城も応戦する。周りの生徒の好奇な視線が気になったが、それどころではないので三人がかりで必死に慰めた。
「ぐずっ、あの、ほんとすみません!」
ようやく泣き止んだ輝は、先程までの行為を詫び、ペコペコと何度も頭を下げた。苦笑しながらもいいよいいよ、と葵は言った。そして狩屋が泣いていた理由を彼にしては優しい口調で問うと輝は剣城に貰ったポケットティッシュで鼻をかみながら話し始めた。
「あの…たいしたことないですけど、なんか感極まっちゃったというか…」
「感極まる?」
輝を除く三人は口を揃えて言った。いったい先程の言葉の中のどこに感極まる要素があったのだろうか、と疑問に思う。
「だって、最初はばらばらだった一年生が皆で集まってお茶会なんて凄いじゃないですか。で、なんだかんだ剣城くんや狩屋くんがついて来るのも、心の何処かには仲良くしたいって気持ちがあるからでしょう?」
輝は笑顔で答えた。輝の言葉を聞いて、狩屋も剣城も互いに目を逸らす。どうやら図星らしい、と葵は思った。
「だから是非僕も行かせてください!」
満面の笑みを浮かべる輝を見ると、発案者である葵までじーんときて、瞳が潤んだ。だがそんな葵の様子に気づいた狩屋と剣城が絶対泣くなよ?泣くなよ!?と焦りながら念を押してきたので、なんとか堪え涙を引っ込めた。止めた二人は泣き止んでくれたことにホッとしているようだ。
そうこうバタバタとしているうちに、説教が終わったらしい天馬と信助が走ってやってきた。好奇心旺盛な二人は葵の話に大賛成し、早く行こうぜ!といつの間にか残りの四人を引っ張る形になっていた。提案したのは私なんだけどなあ、と葵は思ったが、嬉しそうにはしゃいでいる二人を見ているとなんだか葵までテンションが上がってきた為、最終的にまぁいっか、という考えに落ち着いた。そんなとき、葵達一行の間を爽やかな風が吹き抜ける。葵にはそれが、この先の幸せを運んで来てくれたように思えて、風が吹いていった方を見ながら静かに微笑んだ。
帰り道、静かに帰れるはずもなく、ぎゃあぎゃあ騒がしくしながら歩く。途中で静かにしないか、と誰からともなく注意をするが、一分もせずにまた煩くなってしまうので、いつの間にか注意をする人もいなくなっていた。
「あおーいっ、何のお菓子出してくれるのさ?」
「それ僕も気になる!教えてよ」
「もう、二人ともお茶がメインだよ。お菓子とは一言も言ってないよ?」
「えー!!なんでよ出してよ!お願いっ」
「僕からも!お願い葵っ!」
「仕方ないなあ…何がいい?ちょうど作りたかったし作るよ」
「やったー!!」
「剣城くんのもみあげって特徴的だよね、間に鉛筆でも挟めそうな感じ。空野さんに挟んでみてーって言ってみようかな」
「蹴るぞ。ところで、お前のその髪の毛切った方がいいんじゃないか?具体的に言うと切り揃えておかっぱにしたら似合うぞ」
「うっせえこの三流シード!!」
「あァ?お前こそ黙れよシードもどき」
「や、やめてくださいよ二人とも〜」
「剣城と狩屋って仲良くない?」
「信助もそう思う?俺も思ってたんだそれ、あれだよねえーっと…」
「"喧嘩する程仲がいい"でしょ?」
「そうそれ!信助詳しいね」
「剣城、狩屋!仲がいいのは結構だけど早く来なよっ、遅いよ」
「仲良くねえ!誤解だ空野…」
「そうだよ空野さん、誤解だって」
「はいはい照れない照れない!とにかくはやくー!」
葵は少し遅れて歩く三人のもとに駆けより、剣城と狩屋の手を握りながら走り出し、影山にも声をかける。握られた二人は顔を真っ赤にしながら離せ!と喚いているが葵は気にしない。これは喧嘩ばかりの狩屋と剣城へのささやかな罰だ、と考えたからだ。影山もぱたぱたと走りながら後をついて来る。前の方では楽しそうにこっちこっち!と天馬と信助が手招いていた。葵はそんな光景が何よりも大事なものに思えてしかたなく、何年経っても宝物にして覚えておきたいと思った。そしてとりあえず、天馬と信助からリクエストがあったお菓子を作るために、気合いを入れ直していた。
楽しい帰り道、ゴールまでの道程はまだ長い。
▼リクエストしてくださった方へ
如何でしたでしょうか?一年生でほのぼの帰り道、という事でしたが肝心の帰り道部分が短くなってしまい…もっと精進したいと思います。あと励ましの言葉もありがとうございました!良サイトを目指して頑張ります。
これからも桃楽園を、よろしくお願いします。