※高校生くらい




「つーなみ!」

サーフボードを片手に海岸へと向かっていた綱海の耳に飛び込んできたのは、そんなはきはきとした明るい声だった。ん?と呼び掛けに聞き慣れた懐かしさを感じて振り返ると、砂浜の向こう側から走って来る小さなピンク頭を発見。それが財前塔子だと認識するまでに、いくら彼の頭が鈍いとはいえ時間はさほどかからなかった。

「塔子!」
「ひっさしぶり〜!綱海っ」

いひひ、と女らしさのかけらもない笑い方だが、綱海は久しぶりに見た変わらない彼女の笑顔に自身のうちから嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。笑み、は顔に花が咲いたようににっこり笑うという意味で「咲み」とも書くらしいが、今目の前にいる塔子は確かにきらきらと一番に輝く咲みを浮かべていた。真夏の陽射しを受けるその体躯は健康的に焼けており、纏っている純白のワンピースはとてもよく似合っている。変わらない友人の姿にますますの喜びを感じながら、綱海も塔子に負けないくらいにっこりと笑ってみせた。

「あっ、そうだ。おまえ、どうしたんだよ!?なんで沖縄にいるんだ?」

ふと思い出したように綱海が尋ねる。彼には、塔子に沖縄にわざわざ来なければいけない程の用事があったのか?という疑問があったからだ。しかしそれを聞いた塔子は少しだけ眉をひそめて小首を傾げてから、少々不満そうな顔ではっきりと言った。

「お前に会いに来たに決まってんだろ!それ以外に何かあるか?」

至極当然といった口調で語る塔子に綱海も、うーん、確かにそうだな!とあまり深く考えずにすぐ納得する。いきなり突然に、しかも海を越えるほどの長距離をわざわざ?とも思いはしたのだが、ダチに会いに行く為なら本州と沖縄の距離なんか軽く飛び越えられる程度のもんだよなあ。とやはり彼は浅い思考を浅いまま完結させるのだった。

「たしかにな!」
「だろ?…なあ、沖縄の海ってやっぱり綺麗だなあ」
「ああ、俺も沢山の海の波に乗ってきたけど、やっぱり此処の波が一番気持ちいいぜ!」
「そっかあ!」

真夏の太陽がさんさんと降り注ぐ。日焼け止めの塗られていない肌は、晩夏になれば痒みと痛み、そしてぼろぼろと剥ける薄皮に悩まされるのだろう。だが、二人にとってそんなものは大した問題ではなかった。後で後悔しようとも、それでも今この瞬間の夏を堪能することが最優先なのだ。太陽も、焼ける砂浜も、打ち寄せる波も、真っ白な入道雲も、今の自分達しか味わえない。それはなんと素晴らしいことなんだろう。

「なあ、綱海ぃ」

熱気を孕んだ風にワンピースの裾をなびかせ、塔子は悠然と広がる群青を見つめながら呟いた。

「なんだ?」
「…あたしさ、今日の為に水着もサーフボードも持ってきたんだ」
「え、お前がサーフボード?」
「そう。…だからさ、サーフィン教えてよ!あたしもやってみたいと思ってたんだっ」

綱海は意外な依頼に少し驚き、目を丸くした。そんな彼をよそに、なあなあ、いいだろ?と、塔子は暑い砂を撒き散らしながらぴょんぴょんと跳ね上がり、すがるように綱海に頼み込む。綱海としては親友の塔子がサーフィンに興味を持ってくれた事はとても嬉しかったし、普段サーフィンを教える機会もあまりなかったから、元より断る気は全くなく大歓迎だったのだが、必死になって自分を急かす塔子が面白くてわざと返答を焦らす。うーん、どうしよっかなー、と彼が大袈裟な口調で呟くと、塔子は眉を八の字にして、えー!と叫んだ。先程まであんなに綺麗な笑顔を浮かべていたというのに、今はあからさまな落ち込み顔。彼女の感情に合わせてころころと変化する表情は本当に面白く、見ているこちらのからかい心を擽る様な力を持っていた。でも、そんななかでも綱海は笑った顔が一番のお気に入りだったから、 しょんぼりした塔子を存分に堪能した後、自身も表情を変えてにっと笑って言う。

「しゃーねぇなあ。よっし、早くサーフボード持ってこいよ!」

綱海の言葉を聞いた瞬間、塔子の顔はぱっと弾けんばかりの笑顔になった。本当!?と再度跳び上がりながらはしゃぐ塔子に、綱海の心は真夏の陽射しに負けないくらいあたたかい気持ちでいっぱいになる。塔子は、陽射しにめげず上を向いて咲き誇る大輪の向日葵のような少女だった。そして、彼女がやがて蒔く種は、しっかりと綱海の心に着地して、彼の心でまた花を咲かすのだ。綱海はそんな塔子が大好きだから、彼女を満面の笑み出来たことをうれしく思い、彼の気分も益々高揚してくる。

「ちょっと待ってて!」

はしゃいでいた塔子は、しばらくしてサーフボードを取りに近くに停めてあるらしい車に向かって走っていった。綱海も、おう!と声を張り上げる。塔子の小さな身体が消えていくのを眺めながら、彼は太陽の眩しさに目を細めた。心地好い風が揺れて、綱海のつやつやとした褐色の肌に優しく触れる。――どうやら、今日は思い描いていたよりずっと素敵な日になるかもしれない。綱海は心からそう思うのだった。






うつくしく燃えよ炎帝/20120610
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