部室に入った瞬間、パシャリというシャッター音が耳に入ってきた。視線を泳がせ、その音源を探ると、部屋の隅の方で山菜茜がカメラを持って何かしている。俺は驚かせようと思って気づかれないようにそうっと近づいた。
「わっ!」
「……んっ、霧野くん…?」
想像していたような反応は得られなかったが、少し目を見開いて不思議そうにこちらを見る山菜の顔は見たことのない表情だったから、良かった事にしようと思う。
「何をしてるんだ?」
俺は先程からの疑問について山菜に尋ねた。見たところ一見そこには何もないように見えたからだ。それを聞いた山菜は、ここを見てと言いながら指をさした。
「あ」
「てんとう虫。」
彼女の指差す先には、たしかにてんとう虫が一匹ちょこちょこと歩いていた。
「かわいいでしょ」
「そうか?」
「赤くて丸くてちっちゃくて…かわいいじゃない」
そう言いながら、またパシャリと写真を撮った山菜は、嬉しそうににこりと笑った。俺は思わずその笑顔にときめいてしまう。そのとき、山菜の笑顔の方が可愛いよ、なんてキザな事を考えてしまったが口には出せなかった。俺は自分が考えている以上に、ヘタレなのかもしれないと思うと、思わず苦笑してしまった。
「なんで笑ってるの?」
「いいや、なんでもないよ」
「そう…?」
「うん、ちょっと思いだし笑いしただけだからさ」
霧野くんって不思議なひとね、と彼女は本当に不思議そうに小首を傾げた。俺からしたら山菜の方が俺より何倍も分からないことだらけだけど。俺は自分でいうのもなんだけど女子からモテるのだが、それでも女の気持ちというのは分からない。ましてやカメラでなんでも撮りまくっていて、神童のファンで、てんとう虫を見つけて喜んでいる山菜の本質なんて、分かる筈がない。
気がつけば俺は大分考え込んでいたようで、しばらくした後山菜の強い視線を感じハッと我にかえった。黙り込んでしまったから困らせただろうか。
「霧野くん?」
「あ…山菜ごめ、」
俺が前を向いた瞬間、普段のおっとりした感じからは想像できない素早さで山菜はカメラを構え、本日3回目のシャッター音が部室に響いた。
「…へ?」
俺は突然の出来事に言葉を失った。そんな俺のマヌケ面を見て、山菜は少しだけ意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「霧野くんの、ちょっと気の抜けた感じの顔…」
「!け、消してくれよっ!」
頬が自然と赤くなってしまう。恥ずかしい、きっと俺の顔は普段の印象に合わない腑抜けた顔だっただろう。だから、山菜からカメラを奪って写真を消そうとしたが、素早い動きでサッと回避されてしまう。
「やだ。」
山菜がきっぱりと否定の言葉を口にし、俺の口に指を当てたので、そこで思考が停止する。少しだけ間をおいて、山菜の薄く淡い色をした唇がゆっくりと開いた。俺は彼女の口からこぼれ出る言葉に完全に打ちのめされる。
「だって、てんとう虫に負けないくらいの霧野くんのベストショットだもの。消せないよ」
そうやって言いながら、甘い笑顔を浮かべてこちらを見るのは勘弁してほしいと、俺の心臓が言っていた。
ベストショット/2012.02.28