夢で出会った少年の第一印象は、とても悲しそうな目をしているなあ、というものだった。ある日突然私の夢の中に現れて、居なくなるまでいろんな話を聞かせてくれた不思議な少年。純粋そうに見える彼の瞳の奥には見え隠れする深い闇がある。どんなものよりも黒くて、深くて、どこまでものびてゆくような暗闇は、彼が憎むものに向けられているはずなのだけれど、私は他でもない彼自身に1番影響しているんじゃないかと確信に近い思いを抱いていた。実際、彼は本当に悲しそうな瞳をしていたのだ。例えるなら、星の無い真夜中の空ような。彼の瞳を覗き込んでは、ちらつく星を探してみたけど、どこにも光るものは見当たらなかった。いくら見ても明かりは何も無く、やはり黒く渦巻く何かが広がっているだけ。そして私がそうやって目ばかり見つめるたびに、彼は、シュウくんは悲しそうに笑った。そうして、そんなところには何も無いよ、と呟く。ううん、違う。きっとあるわ。私はそれでも、シュウくんに会うたびに彼の瞳を一心に見続けた。相変わらず、真っ暗な色をしていたけれど、それでも綺麗な黒をしている彼の瞳を覗くのは好きだった。たまに、そんな漆黒に吸い込まれてしまうんじゃないかと、心臓がどきりと不安げに鳴って危機を知らせ始める事があったけど、私はそれでもいいかなあ、とすぐに自らそれを掻き消す。シュウくんの瞳に取り込まれるなら、もうずっと彼のなかにいられるのだから、彼の淋しさだって少しは薄れてくれるかもしれない。目に星を見つけられるかもしれない。そんな淡い期待と恐怖が入り混じった感情が、シュウくんに会う夢を見る時はいつも心にあった。多分その感情が報われる事は無かったから、恐怖の方が勝っていたと思うけれど。


「君みたいな妹がいたんだ」

いつだったかぽつりと、シュウくんが彼のもつ闇を落とすように話してくれた事がある。私はその言葉を聞いてすぐに、それがシュウくんの深い闇の原因だと理解した。過去形のその台詞からは、言いようの無い寂寥の感が伝わってきて、私の心が冷たさでいっぱいになる。根拠はない、でも確かに分かる、わかってしまう。きっとシュウくんは泣きたいくらい辛いはずなのに、そんなそぶりを少しも見せずに顔の筋肉を強張らせて無表情でいる。昔を懐かしむように紡がれる言葉の中には、寂しさとか悲しみだとか、不の感情しか込められていない。――そして、あまりにも凄惨過ぎる彼の過去を知ってしまったとき、私はくしゃりと顔を歪めて泣きそうになった。それはシュウくんが、そんな状況になっても絶対に泣かないことを知っていたからだと思う。夢でしか会えない彼は、とても淋しいひとだった。

「私が、そばに、いてあげるわ」

涙を流しながら私が言うと、彼は切なげに笑いながら私の頭を撫でた。ありがとう、葵。そうやって優しく呟かれる言葉と裏腹に、彼の闇が掃われる事は無い。彼との未来が無いのは分かっているつもりだったけど、それでも完全に理解したくはなかった。私の心に浮かび上がる確かなひとつの想い。いつの間にか生まれていた、確かな恋情。シュウくんと、ずっと一緒に生きて行きたい。私は頼りにならないの?闇を包み込むくらいに大きな光に、私が成りたい。それはダメなの?思わず、漏れそうになる言葉をぐっと喉に押し止め、飲み込む。絶対に、無理だから。彼を困らせてしまうだけだから。他でもない私が、悲しくなるだけだから。言葉を零す代わりに、私はただ涙を流しつづけた。シュウくんはそんな私をただ眺めながら、深い闇を湛えた瞳をこちらに向ける。相変わらずの、ひどい闇ね。心のなかでそんな事を考えていたら、また涙が流れ出てきた。私はそれを、止める事はしない。ただ肌をつたうだけの雫は、夢の中の闇に落ちて、そのままなにかに溶けた。


いつの日からか、彼が夢に現れなくなった。曖昧な表現なのは、なぜだか分からないけど、明確な日付が思い出せなかったから。ある日突然、シュウくんがいない事に気づいた私の心がそれを私に知らせたのだ。私は思っていたよりもずっと、冷静だった。夢でしか会えなかった人物なのだから当然なのかもしれないけど、私が彼に向けていた恋慕はとても大きいものだったから、私は取り乱したりしない自分自身に一抹の淋しさを覚えた。生活にもなんら支障は無かったし、ただシュウくんの為に心の中に開けた穴が、ぽっかりと無くなってしまっただけで。ただもやもやとした大きな違和感だけが心を支配する。世界から、シュウくんは何の足跡も残さず消えてしまい、誰の心にも自分を残さなかった。私はやっぱり、それが淋しい。シュウくんは私の事を何とも想ってくれていなかったのだろうか?私の夢に現れたのも間違えて紛れ込んでしまっただけで、ただの偶然だったのだろうか。私はいつのまにかシュウくんに肖って、淋しがりやなひとになってしまったのかもしれない。不安と、喪失感は、彼を覆う闇のように深く強く私を捉えて離さなかった。シュウくん、シュウくん、シュウくん。必死に呼び掛けてみる。返事は無いと分かっていても、私は彼に会いたくてたまらなかった。夜になるたびに、彼の瞳のような漆黒が天空を包むたびに、その方向に向かって手を伸ばす。もうこれ以上伸ばせない。ちぎれてしまう。――なら、ちぎれてしまえばいい。それでシュウくんに会えるなら、腕の1本でも2本でも差し出したって構わない。この穴を埋める事が出来るなら、どんなことだってしてみせる。だから、彼に逢わせて、神様。それは、まだ小さな少女である私の切な願いであり、最大級の我が儘だった。恋した乙女は、強いという。だがそのぶん、恋する対象を失ってしまった乙女は、こんなにも弱い。

そして今夜もまた、私は空に向かって手を伸ばす。精一杯、力付くで、届かせるように。届け、届け。願いながらも、私の心を占めていく諦めがこうしている間にどんどん増えているのを、私自身強く感じていた。どんなに伸ばしたって、絶対に届きやしない。人が生まれてから成長し、やがて老いて死にゆく事がこの世の絶対的な理であることと同時に、死んだ人間に会えるなんて事はあたぼうの事実だ。でも、諦めたくない。会いたい。彼に会って話がしたい。強くなる恋心と、深い絶望が、矛盾となって心の中でせめぎあう。目の端にじわりと涙が滲むのが分かった。ああ、もう、辛いよ。シュウくん、シュウくん、シュウくん――。

朝まだきの頃、私はまだ眠りに付けずにいた。ほぼ一晩中天に向けられていた腕はぎしぎしと痛み、筋肉の限界を私に知らせる。今日も、駄目だった。涙に濡れた瞳を瞬かせながら、額縁の向こう側から遠い世界を見るような気持ちでそう思う。夜を徹した後の何とも言えない疲労感と眠気に襲われながらも、私は重たい足を引きずって表へ出た。東の空が少しずつ明るくなり、夜空を照らしていた星もじき見えなくなるだろう。首を傾けて遥か東天を見上げれば、残り滓みたいに光る星たちがちらちらと見えた。ゆっくりと、目を細めてみる。世界がふやけて、不鮮明な中、私もこの世界に溶けてしまうのではないかという錯覚に陥った。


そんな時、ふいに視界がホワイトアウトする。真っ白な閃光が辺りを一気に明るくさせ、何も見えなくなった。驚いた私はびくりと肩を跳ねさせて、ぎゅっと眩んだ目をつぶる。

(何?)

太陽ではないはずだった。まだ昇りきるにはたっぷりと時間があったし、いきなりこんなに明るくなるなんて有り得ない。状況を把握する為に、つぶられた瞳をゆっくりと開ける。どうしたんだろう?光の射す元を目で追った私は、そこにあるものを見た瞬間にばっと目を見開いた。あれは、捉えられた物体の名前は単純明快で、すぐに頭に一つの可能性を導き出した。

「星、だ…」

きらきらと空に光り輝く、白くて大きな星。その星は周りにあるどんな星よりも、果ては太陽よりも大きな輝きを持ち、空に神々しさを纏いながら私に光を届けた。目が眩み、瞼を閉じそうになるが、私はそれから目を逸らしたくなかったため、手を前に翳しながら必死にそれを見つめる。そして、よく目を凝らしてみると、その星に明らかにほかの星にはない特徴を発見した。それは、一際輝くその光の横に、寄り添うように小さく輝く青い星があったこと。二つの星は互いに互いを引き立て合いながら光り続け、やがてまた一段と光を放ったかと思うと、それを最後に彼方へ消えてしまった。突然の出来事に放心してしまった私はその場にへたりと座り込み、しばらく動けないでいた。やがて少しの時が経ち、山際から強い光がちらつき始める。夜明けの空に星は浮かばず、薄い紅いろがほんのり掛かり、ぼんやりとした雲が立ち込めた。そんな美しい夜明けの風景を眺めながら、私の頭は先程の星の事でいっぱいだった。あの、星は、…シュウくんが私に見せてくれたの?――根拠も理由も、当然分からないし、多分無いだろう。それでも私には、あれがシュウくんと、シュウくんの大切な誰かの物ではないかと思えたのだ。そう考えていたら、ぼろぼろと涙が流れて止まらなくなった。嗚咽を我慢することもせずに、幼児みたいにひとり泣く。シュウくん、シュウくん。もう居ない彼に、絶対に会えない彼に、何処かへ行ってしまった愛おしい彼に、私はそうっと語りかけた。いつかのあの日と同じように、ただただ流れる涙が、闇の中ではなく明るく照らされた地面に溶けてゆく。きっと、この想いは届いているだろう。やっと、届いた。ありがとう、シュウくん。そして今度こそ、さよなら。
ねえ、シュウくん。私はあなたの事が大好きだったのよ。だから、大好きな貴方が、最期にいちばんの幸せを見つけられて本当に良かったと思う。私は連れていってはもらえなかったけど、確かにそれで傷ついて、悩んだけど。それでも貴方が幸せなら許してあげる。だから本当に、幸せになってね、絶対に。貴方は十分傷ついたんだから、もう休んでもいいんだよ。そうして貴方が取り戻した光と共に、眠って、いつか生まれ変わってまた会えたなら、その時は迎えに来てくれると嬉しい。やっぱり貴方の事が好きだから。貴方の本当の笑顔を見てみたいよ。その時まで、貴方の光を無くさないで。そしていつか紹介してね、待ってるから。


遠い宇宙の隅っこで、瞳に光を燈したシュウくんが、しずかに笑った気がした。




ひとかけらも余すことなく星になれますように/2012.04.27
お題:ギルティ



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▼リクエストしてくださったsora様へ
シュウ葵の方です。なんだか悲恋…っぽくなってしまいましたが、一応シュウ(→→)←←葵な感じのつもりで書きました。雪葵の方も出来上がり次第アップ致します!いつもこのサイトを楽しんでいただいてる…ですって…!?こんなサイトで宜しければぜひぜひまたいらしてください!とっても嬉しいです。ありがとうございます…!
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