――ずっと貴方が好きだったの
決して言えなかった言葉。少女だった私が心の中にしまい込んで、鍵をかけたまま放置していた感情は、今でもたまに疼く事がある。私は中学生の頃、ずっと円堂くんの事が好きだった。二人でサッカー部を再始動させたあの時から、ずっとずっと。いや、本当は出会った頃から彼が好きだったのかもしれない。最初は一之瀬くんの面影を彼に見ていただけなのに、いつの間にか円堂くんは私の中で特別な存在になっていたのだ。恋したきっかけはもう思い出せない。自分でも気づかないうちに、私は彼のすべてに惚れ込んでいた。
追憶のかけらのなかで、私はいつも彼の顔を見ていた。汗と泥まみれになって笑う彼の顔が、あの頃の私にはどれだけ輝いて見えた事だろう。周りが絶対に無理だと諦めるような、どんな困難にも彼はめげずに立ち向かっていた。負けても、負けても、サッカーが好きだという意志だけは決して折れなかった。臆病な私はその姿勢に憧れ、そうなりたいと、円堂くんみたいになりたいと強く思った。そしてそれと同時に、彼への想いが日に日に増していっているのも私が一番よく知っていた。好き、すき、スキ。円堂くんが大好き。ずっとずっと傍にいたい。彼の隣で、歩んでいきたい。毎日毎日、私は飽きもせず神様に願った。彼を想うことで、私も彼のようになれるのではないかと思ったのだ。幼い私は、どうしようもなく、彼に縋っていたんだろう。

私の恋の終わりは簡単に来た。私にとっての初めての恋の終わりを告げたのは、私が円堂くんとはまた違う方向で憧れていた彼女からの「円堂くんと付き合うことになったの」という告白だった。彼女はそれを告げるとき、泣いていた。もう大人だというのに、涙を拭うこともせず、私をしっかりと見つめながら。誰のために泣いているのかはすぐに分かった。私が、そんなに泣かれると、惨めだわと言うと、純粋な彼女は謝りながら涙を止めようと懸命になっていた。ああ、馬鹿ね。こんな私のために泣くなんて。私は彼女を優しく抱きしめてみる。そして彼女はまた、泣いた。ぼろぼろととめどなく流れる涙は、とても綺麗だった。当然私は聖女なんかじゃないから、彼女を抱きしめている間、彼女への嫉妬や羨望といった醜い感情に振り回されていたのだけれど、それでも彼女の涙を美しいと思う感情は本物だった。結婚式の日には、彼女はもう泣いてはいなかった。その代わりに、満面の花を顔に咲かせていた。私はそれを見て、ひどく安心したのを今でも覚えている。彼女は、綺麗だった。

さらにそれからも何年かの年月が過ぎ、私は24歳になった。生活はそれなりに、いや想像以上に充実している。木枯らし荘の管理人という役職は大変だけれど、沢山の住人が私に協力してくれるし、もう息子同然に可愛がっている天馬は、随分とたくましくなった。サッカーチームの監督という役目も兼任しているけれど、マネージャー時代に戻ったみたいでとても楽しい。心身共に充実した日々のなかで、私は今新しい恋もしている。円堂くんへの片想いの中にあった熱や強い感情はそこにはないけれど、穏やかで、温かな想いを私は抱いていた。多分これから何事もなければ私は今の彼と結婚し、あの日の彼女のように涙を流すだろう。その時私は、きっと今以上に幸せで満たされていると思う。


――ずっと貴方が好きだったの
それでも。私は今の生活に満足していて、とても幸せなはずなのに。あの時、円堂くんが彼女と付き合う前にこの言葉を言っていれば、どうなっていたのだろうかと、もしもの話ばかり想像してしまうもうひとりの私がいる。そのたびに胸が疼き、また彼への恋心が復活してしまうのだ。今の彼氏の事が嫌いだとか不満があるとか、そういう訳では無い。彼氏の事は、本当に大好きで大切だ。ただ、有り得たかもしれない未来は、確実に私の心にしぶとく残っていた。今の幸せを実感すればするほど、円堂くんの顔と、それを隣で見ている少女の私の遠い幻想が瞼の裏に鮮やかに映し出される。そしてそれを無いものだと理解していても、あの時のように縋ってしまう自分がいる。多分これから、死んで鼓動が止まってしまうまでずっと消えないであろう、焦がれるような想い。私はたしかに、大人になった。だけど、心の一部はまだ14歳のあの時のままで。時計の針が動かなくなったみたいに、彼への恋慕と共に私の中に取り残されてしまった、可哀相なもうひとりの私。多分その少女は、今もずっと彼に恋をしている。

――貴方が好きなの
―――好きなのよ、今も





愛してしまってごめん。好きになってしまってごめん。忘れられなくてごめん。/2012.04.20
お題:空想アリア様
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