※ヤスイさん一族に謝罪





もうこんな奴らは絶滅危惧種だと思っていた。一昔前の任侠モノのや、今でも時折流行る学園青春系の映画とかドラマにしか、存在しない者達だと。しかし私の目の前に立っているのはもう本当に「いかにも」といった不良の人達。金髪ピアスに真っ白な長ラン(カレーうどんを食べたりしたら確実に汚れそうな純白だった)に、正直あまり格好良いとはいえない度の過ぎた腰パンから覗く派手な柄の下着を身につけたのが片方。もう片方はリーゼント頭に厳つい目つきをしていて、体じゅういたる所に鎖の付いたアクセサリーを付けている小柄な男だ。白い長ランを着た人物は、「ヤスイさん」と呼ばれていて、どうやら小柄な男はヤスイさんとやらの部下みたいなポジションなんだろうなあ、と、先程から何やらおかしい日本語でこちらを何処かに連れて行こうとしている彼等を見ながら、ぼんやり思う。人の話はちゃんと聞きなさいってお母さんにも先生にも注意されるけど、この場合は許されても良いと思う。だってきちんと耳を傾けた所で、彼等の日本語を聞き取る事は出来ないのだし、それに彼等が俗に言う「ナンパ」とやらをしているのだとしても私は更々その誘いに乗る気は無いのだから。

「あの」
「あァ?」
「私これから用事があるので、離していただけますか」

相手は睨みを効かせて来ていたけど、気にしない。綺麗な敬語を抑揚の無い声で並べ立ててから負けじとチンピラ共を睨み返す。彼等は私の視線を挑戦的なものと受け取ったのか、先程まで猫撫で声を織り交ぜて話していた口調ががらりと雰囲気を変えた。お前調子のってんじゃねェぞいいからさっさと来いやあ!! ――ああ、煩い。少しは黙れないのかなあ。やけに音量の大きい彼等の声は耳の中によく響いた。正確に表現するなら響く、でなくつんざく、と言うところだけど。これは誇張でもなんでもないことを理解してほしい。

「だから!用事があるって言ってるじゃないですか!」
「んなァどうでもいいんだよッ!さっさと来いっつってんだこのアマァ!!」
「ッ、やめてください!」

ああ、もうなんなの!苛々が凄まじい勢いで溜まっていく。本当は、用事なんかなかった。たまたま暇だったから外に出てみただけなのに。近所には行く所もあまり無いからちょっと遠出して服でも買っちゃおうかなあ、なんて思って街に繰り出したのが間違いだったのだろうか。わざわざ混み合う電車を乗り継いで、いつもより少しだけお洒落なんかもしてみて。ちょっぴり大人っぽく、高校生になったような気分で歩いていたらこれだ。もうもう最悪、ほんっとーに最悪。外なんか出なきゃよかった!その時の私の心の状態は鬱憤だらけで酷い物だったと思う。でも不良なんかに絡まれて、あげく髪型も乱れて、苛々しない訳がない。私は一刻も早くこの場を離れたい、と強く思った瞬間に、小柄な方の男に腕を掴まれた。

「は、離して!」
「いィからよう〜さっさと行こうや姉ちゃん」

明らかにそちらの方が年上ですけど、と言ってやりたかったが口は動いてくれなかった。う、うそ、どうしよう。こんな事になる前に切り抜けるつもりだったのに…。私は手を振りほどこうとしたけど、いくら頭はよろしくなさそうな相手とは言え力だけは無駄にあるらしい。私の筋肉の無い細っこい腕では到底敵わない。ぎりぎりと音がしそうなくらいに、腕を掴まれて、気が付けば私はどうする事も出来なくなっていた。
だれか助けて。頭が無意識にそう叫び始めている。先程までは状況を軽視し過ぎていたのかもしれないと、今更反省するがもう遅い。私は男達に引きずられるような形になっていて、街を通る人はそんなこちらの様子を気にしているようにちらちらと視線を送ってくるのだが、決して声をかけてくる事はないし助けてもくれなかった。これが悲しき現代人の性か、なんてやけに客観的に思ったけれど、もし私が不良に絡まれている女の子を見たら助けられるか、と考えると言葉に詰まってしまうので思考をやめる。それにこんな事を考えている場合では無いのだ、助けてくれる王子様なんて、少女漫画のヒロインでもない限り現れる事はないのだから、しがない一人の一般人である私は自力でこの状況を乗り切らなければならない。

「おーまーわーりーさん!!助けてくださーい!!!」

とりあえずわざとらしい大声で叫んでみると、思ったよりも大きな反応が得られ、明らかに不良達は血相を変えていた。もはや単語だけの汚い言葉で罵られるが仕方ない。こっちだってこのままこうしている訳にはいかないのだから。しかし罵られの代わりか、それは吉と出て、お巡りという語句に反応したのか、私の手首を掴んでいたチンピラが一瞬だけその手を離した。よっし、今だ!私は今持てる有りったけの力を込めて駆け出した。あ、おいコラ待て!という声が罵倒と共にとんでくる。止まれと言われて止まるわけないじゃん!私は内心ざまあみろと思いつつ、しかし焦ってもいた。いくらマネージャーで少しは体力を鍛えているとはいえ、向こうとの体力差はさっき体感した通り大きいようだから、このままだといずれ追いつかれてしまう。現に、後ろからバタバタと煩い足音が徐々に近づいて来ているのが分かった。せっかく逃げ出す事は出来たのに、追いつかれてしまっては労力が無駄になってしまうし再び窮地に陥る事になる。二度目また成功するかは分からないのだ。絶対に、捕まってはいけない。そう言い聞かせながらもどんどん残りの体力は削られていくし、足もぎしぎしと唸っていて痛くて、私はもう限界を迎えようとしていた。

「あっ」

そんな時。進行方向に、よく見知った頭が見えた。濃い青の特徴的なツンツン頭は、相変わらずこんな人の多い街中でも浮きまくっているのですぐに分かる。――剣城京介、彼だ。今日は完全に私用なのか、黒いVネックにすっきりとしたジーンズを着て、ブーツを履いている。私服姿の彼は、今の私にとってどんなヒーローよりも格好いい存在に思えた。

「剣城くーん!!!」

とにかく助けを求めなければ、その事だけを考えていた私は、此処が人通りの多い通りだという事も忘れて叫んだ。街中で、突然自分の名前を呼ばれた彼は驚いたのか肩をびくりと震わす。私がとにかく必死になって、こっちこっち!と手を振りながら呼び掛けると、剣城君は今度はぎょっと目を見開いていた。そしてこちらを凝視し、後ろから私を追い掛けて来ている不良達に視線を移してから、状況を理解したのかに納得したような顔をする。剣城君は相変わらず洞察力や順応性がすごいと思った。まあ、分かってもらえなかったら私が困るのだけれど。知り合いに会えた安心感から力も沸いて来て、私は精一杯の力を込めて走り、なんとか剣城君の所までたどり着く事が出来た。息がきれて、上手くしゃべる事が出来ない。

「つ、つるぎく…」
「空野!?お前大丈夫か…」

剣城君は珍しく動揺しながら口を開いたが、そこで言葉を止めた。私の背中の方に向いている彼の視線を追うと、そこにはあからさまに不機嫌そうな顔でこちらを睨んできている「ヤスイさん」と部下の姿がある。どうしよう、という念を込めて剣城君を見つめると、彼は珍しくふっ、と微笑んで、大丈夫だから安心しろ。と優しく言った。そしてもう一度不良に向き直り、今度は一気に視線をキツくして相手を睨む。彼は中学校入学当初を思い出させるような顔をしていた。視線がゾッとするほど冷たい。

「あァ?お前誰だよ」
「誰でもいいだろ」
「あっそ、まあ俺らも別にお前みたいなガキなんか気にしないけど、…そのねーちゃん返してくれる?」
「なんで返す必要がある?」
「ねーちゃんは俺らと遊ぶんだよ。おめぇはお呼びじゃねェから帰れ。いいか?」
「……それは了承出来ない」

なめてんじゃねえぞガキが!そうださっさと帰りやがれ!なんて暴言が剣城君に一斉に向けられる。ああ、やめて剣城君をそんな目で見ないで。助けを求めた分際で言える事じゃないかもしれないけれど、私は自然とそんな事を考えていた。ぎゅう、と彼の服の裾を掴んでみる。剣城君はそれに反応し私をちらと見て、また目元を緩めてから何かを囁いた。え?不良達の大きい声に掻き消され、彼の低音は私の耳に届かなかった。何を言ったのかを聞き返そうとしたけどもう遅い。本当に、なんて言ったのだろう。なんだか、とてもすまなさそうな顔をしていたのは私の気のせいだろうか。

剣城君は私から視線を移して、ふいっと前に向き直り、今だ何かを叫んでいる彼らをしっかりと見据えながらゆっくりと口を開いた。

「コイツが、俺の彼女だから」

…え?刹那、私の思考がぴたりと止まる。頭が考える事をやめて、真っ白になった。かの、じょ?彼女彼女彼女、そういう単語だけが働かない思考の代わりにぐるぐると回る。

「はァ?彼女お?」
「そうだ、彼女だ。恋愛関係だ。」
きっぱりと言い切る彼。そして、そうだよな?と突然頭に降ってきた同意を求めるような剣城君の声に、私は真っ白になったままただ首を縦に降るしかなかった。

「という訳で、無理だ。じゃあ俺達これから二人きりで遊びに行くから。お前らに邪魔される隙とか無いから。じゃあな」

と、ここまで一息で言い切り、剣城君は私の手を掴んで走り出した。さすがサッカー部のエースストライカーといったところか、凄く走るペースが早い。既に限界突破している両足が痛んだけれど、今は仕方ないと体に思い込ませて必死についていく。不良達はあまりにも急な展開についていけなかったのか、しばらくぽかんと立ち尽くしていたけど、状況を把握したらしくまた私たちを叫びながら追い掛けて来た。
だが幸運といったところか、騒ぎを聞き付けた歩行者の一人が警備員を呼んでくれたらしく、不良達はそれに捕まったようだ。私はその音を遠くに聞きながら、ホッと安堵すると同時に自分の考えを改めていた。現代人の良識も行動力も、まだまだ捨てたものではないのかもしれない、と。


「本当にすまない」
しばらく走り続け、ようやく落ち着ける場所にたどり着いた時、開口一番に彼が口にしたのはそんな謝罪だった。私は何について謝っているのか一瞬見当がつかなかったが、記憶を探ればすぐに答えは見つかった。――さっきの、彼女宣言の事だろう。思い出したら恥ずかしくなって、頬が赤くなるのを感じた。年のために言っておくけれど、私と剣城くんは付き合ってはいない。それなりに親しい中ではあるがそれも天馬や信助ほどではなく、サッカー部関連と、移動教室の時に会うくらいだ。メールも最初は結構私から送っていたのだが、剣城くんの返信の内容があまりにもそっけないメールで、それが毎回毎回続くので、私の絵文字いっぱいのカラフルなメールは嫌だったのかなあ、と思い最近は控えている。そんな関係なのに、まさか彼女だと言われるとは思わなかったので、あの時私の思考は停止してしまったのだと思う。だが、よく考えてみればあれは、あの短い時間で、剣城くんが導き出した彼なりの不良をやり込む為の方法だったのだろう、というかそうとしか考えられない。格好良い彼氏が不良に絡まれて困っている彼女を助けるというパターンは、私がよく読む少女マンガの数々にもかなりの頻度で使われているし、剣城くんもおぼろげな記憶を辿ってその方法を使ってくれたのだろうか。彼が少女漫画を読むのかは知らないけど。先ほどすまなそうな顔で囁いていたことばには、今しがた伝えられた謝罪の意が込められていたのかな、記憶の隅っこでひとり納得する。

「いいよ、全然。それよりもありがとう!」
「いや、俺が納得しない。色々と焦っていたとは言えあんな発言を…」
「ええ?い、いや気にしてないから」
「だがあんまり意味無かったし」
「だから大丈夫だって!」

意外とめんどくさい男だなあ。遠慮し過ぎだし、すぐ意固地になるところがあるみたい。私の中で剣城くんの印象が大分変化する。はあ、もう仕方ないなあ。ため息をひとつついた後、私は剣城くんを安心させようともう一度口を開いた。

「全然気にならないから!」
「…あ?」
「剣城くんに彼女だって言われても、本気にしないから大丈夫だよ!安心して!」
「………」
「剣城くんに恋愛関係の単語のどれを言われてもまっったく気にしないって自信があるよ!」
「……………」
「剣城くん――」
「…もういい、分かった」

よーーく分かった。彼らしくもなく子供のように剣城くんは拗ねてしまったよう。私ははて?と疑問に思い首を横に傾げた。何かいけないことを言ってしまっただろうか?さっきの言葉をひとつひとつ繰り返してみるけど私としては何もおかしくはなかった。剣城くんに好きな娘がいたりしたらマズいし、彼女って言われても気にしてないことを強調したのになあ。だけどあからさまに(本人は隠しているつもりなのか顔を手で覆っている)落胆している剣城くんの態度は相も変わらずで、私の疑問は深まるばかりだった。

「どうしたの?」
「それこそ気にすんな」
「ええ」

いいから、こっち見んなと繰り返す彼に私はまた首を捻る。男の子って、よくわからないなあ。それから剣城くんの不思議な態度について頭の中でいろいろ検証しようとしたけど、ずきりという鈍い痛みによってそれは強制的に止められた。あ、痛い。さっき全力疾走したのがまだ残ってるんだ。今更激しく痛み始める足に私は軽く敵意に似た感情を抱く。歩けるかも分からないぐらいひどい痛みだったものだから、私は悶々と考え込む剣城くんの隣にぐったりとしゃがみ込む。私の様子の変化を見ると、剣城くんの目は見事に丸くなった。

「空野?」
「剣城くん、足が痛い。どうしよう」
「……さっき捻ったのか?」
「そう、みたいなの…ってうわっ!」
「!お、いっ…」

バランスを崩して尻餅をつきそうになった私を、剣城くんの力強い腕が抱き留める。そして、お前危なっかしくて見てらんないと言いたげな彼の視線が私に向けられた。うう、分かってますよそんな事は。苦し紛れに小さく反論をしてみる。

「し、仕方ないじゃない!痛いもんは痛いんだから」
「…はいはい」
「剣城くん酷い!」

うっせえ。そういう言葉と共に額にデコピンをされた。突然の衝撃に驚いた私の口から変な悲鳴が漏れると、剣城くんはそれに反応して少し笑った。なんだか悔しかったけど、私は助けてもらった立場なので何も言い返せないのがもっと悔しい。剣城くんはぐぬぬ、と不満げに唸る私をしばらく見つめてから、すうっと突然立ち上がった。え?私を置いて行っちゃうの!?脳が勝手に焦り始める。だがその予想は見事にはずれ、彼は少し離れた場所で立ち止まったかと思うと、その場所で腰を下ろして背中をこちらに向けた。私が剣城くんの大きな背中を見るだけで何も行動しないでいたら、彼は少しだけ苛立っている様に眉根を寄せた顔でこちらに振り返り、口を開く。

「……おぶってやるから、乗れ」

え?本日二度目の思考停止ののち、私の表情は照り付ける太陽よりも晴れやかになったと思う。本当にいいの大丈夫なの!?先ほど不良を撒いた時の剣城くんよりも早口にまくし立てると、彼は少し不機嫌そうな顔になったあと小さく頷いた。

「ありがとう!助かるっ」
「……早く乗れ」
「うん!」

おじゃましまーす!と言いながら、もたれ掛かるようにして彼の背中にくっついた。剣城くんの背中は、見た目通り広くて大きくて、とてもがっしりとしている。微かに感じる彼の体温に、いくらか心を温かくしながら、私は顔を彼の肩の上に乗せてみる。肩も綺麗な怒り肩で、ごつごつとした骨の感触がなんだか心地好く感じた。その時突如感じる、浮遊感。どうやら剣城くんが立ち上がったようだ。しばらくすると、彼は私に合図をしながらゆっくりと歩き始めた。少しずつ移り変わってゆく肩越しの景色に、私はこの身すべてを預ける。今日はさっきのせいで最悪な一日だと思っていたけど、こうやって剣城くんの背中に揺られる気分は悪くないなあ。半分まどろみながら、私はそんなことを考えた。


そんな眠たげな私の思考が、彼の「さっきのお前が彼女ってやつ、半分本気で半分そうなってほしいって希望だからな」 という突然の台詞によって覚醒させられることを、この時の私はまだ知らない。





今日の収穫、君に会えたこと/2012.04.26


返信コメ
▼リクエストしてくださった匿名さま
リクエストありがとうございました!本当はもっと剣城くんが格好よく葵ちゃんを助ける話が書きたかったのですが、私の少ないアイデアの引き出しからだとサッカーボールをぶつけて助けるとか喧嘩で助けるとか言う事しか思い浮かばず、そんな事したら部活停止になっちゃうんじゃないの!?と心配になり書けませんでした。すみません。京葵長編好きだなんて、うれしいお言葉本当にありがとうございます…!これからも細々と頑張っていきたいと思いますので、匿名さまも宜しければ気軽に自サイトにお立ち寄りください。
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