※失恋ネタのため注意。秋と冬花は20歳くらい




秋さんに彼氏が出来たというのは最近知った。失恋をする、ということはもっと辛くて、悲しくなるものだと思っていたけど、その時の私はそんな気持ちにはなれなかった。ただああ、終わってしまったんだ。と思っただけで、他にはなにも残らなかった。逆にそれしか感情を抱けない自分がなんだか虚しくて、自分自身の想いを疑ったりもしたけど、やっぱりあの頃から今まで秋さんに対して抱いていた想いはほんとうの恋で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
秋さんと会おう、と決めたのは、彼氏が出来たと聞いてから一ヶ月くらいたった時だった。特に理由も無い呼び出しにも関わらず、私が会いませんか、と言うと秋さんはほんとうに嬉しそうに、会いたいと言ってくれた。久しぶりに聞いた秋さんの声は、中学生の時から変わらないあの優しい声だった。とんとん拍子に日程は決まり、三日後に近所のファミレスで会う事になった。電話を切った後、よくわからない虚しさだけが残っていて、ため息をつかずにはいられなかった。

あっという間に三日経った。やっぱり秋さんと会うことが楽しみになっていない自分がいて、秋さんが来るまで何故自分が秋さんと会おうなどと考えたのか悶々と考え込んでいた。ほんとうによくわからないけど、何故か会わなければいけないような気がしたのだ。
待ち合わせ時間ピッタリに秋さんは来た。緑色のカーディガンに、ベージュの可愛らしいワンピースは秋さんにとてもよく似合っていた。
「冬花さん!久しぶりね、待たせてしまったかしら」
「ううん、全然。ちょっと早く来過ぎちゃったんです」
「そっかあ…良かった。」
中学時代よりちょっと大人びた愛らしい顔で、彼女は微笑んだ。
「冬花さんは大事な友達だから、待たせちゃ悪いと思ってたの。…じゃあ、ここは寒いしファミレスに行って美味しいものでも食べましょ!」
久しぶりにやけ食いしちゃおうかな、と秋さんが言うので、食べ過ぎは駄目ですよ、と返しておいた。友達、という言葉に傷つく心は無視して。

ファミレスに入り、私は紅茶を、秋さんはケーキセットとコーヒーを頼んだ。食べないの?と心配そうに尋ねられたが、何か食べられるような気分ではなかった。お腹いっぱいなので大丈夫です、と作り笑いを浮かべて答えたが、秋さんはまだ心配そうな顔をしている。昔、生理痛でお腹が痛くなって動けなくなった私を秋さんがつきっきりで看病してくれた事を思い出した。そんな優しくて、凄い心配性な所もぜんぜん変わってないなあと思った。
料理が運ばれてくる前も来てからも、当たり障りのない会話をして過ごした。近況報告だとか、サッカーの試合で誰が活躍しただとか、この前食べたクッキーが美味しかっただとか。秋さんは終始笑顔で楽しそうにケーキを食べながら話していた。私は表面上明るくしていたが、心の中は苦しさともやもやした感情でいっぱいだった。でも、会おうと決めたのは自分なのだから、やはりさりげなく聞いて、祝福しなければいけない。彼氏とはどうですか?おめでとうございます。羨ましいです。結婚式には呼んでくださいね。これっぽっちも思っていない嘘の言葉達が頭を駆け巡る。
何か言わなければならない、けれど声が出なくて何も言えなくなってしまった。いきなり黙り込んだ私を秋さんは不安そうに見つめて来る。
「…冬花さん?どうしたの?大丈夫?顔色悪いけど」
「い、いえ大丈夫ですよっ」
「でも、」
「心配しないでください、大丈夫ですから。」
私はきっと酷い顔をしていただろう。秋さんは悲しげに眉を下げている。ああ、そんな顔をさせたいんじゃなかった。たださっきまでの笑顔を見られれば良かったのに。私はなんて愚かなんだろう。秋さんには幸せになってほしいのに、なのに。

それから、私は最後まで何も喋れなかった。喋ろうとはしたのだが、相槌を打つことくらいしか出来なかった。秋さんは明らかに様子がおかしくなった私に対して、優しく、また会いましょう、と言ってくれた。私は申し訳ないのと苦しいのでいっぱいいっぱいだった。
だけれど、帰り道の途中、さすがにこれでは秋さんに酷いと思い、メールを打つことにした。メールでなら、直接ではないし謝罪と祝福が出来るかもしれない。いや、しなければならない。震える指で、私は新規メールの作成画面を開いた。

「秋さん、今日はすみませんでした。ちょっと体調が悪くなったみたいです。また今度体調が万全の時に、会いたいです。」

今日の秋さんの顔が走馬灯のように頭を駆け巡った。
私がこころから愛しいと思った、あの優しい笑顔。

「あと、今日は言えなかったけど、彼氏さんが出来たそうですね!おめでとうございます。私ヤキモチ妬いちゃいますよ〜」

いつか、秋さんが言っていたなあ、と思った。
冬花さんに彼氏が出来たら、妬いちゃうかも、と。
それを聞いてとても嬉しかった、あのころの自分と共に、鮮明な記憶となって蘇る言葉。

「とにかく!今日はごめんなさい、ありがとうございました。これからも素敵な秋さんでいてくださいね」

指がさらに震えた。息がしずらい。でもこのメールを送ってしまえばすべて終わる。ほんとうにすべて終わるのだ。私は最後の文章を打った。
「秋さん、しあわせになってね」

送信ボタンを押してしまえば、それだけだった。秋さんに彼氏が出来たと聞いた時と同じだった。
だけど、震える指はそのままだし、身体まで震えてきたのが分かった。気がついた時には前がよく見えなかった。自分が泣いている、と分かったのは大分時間が経ってからだった。道端にうずくまり、泣いても泣いても涙は溢れてきて、それなのに涙はすべてを流してはくれなくて、喪失感だけが心に溜まっていった。多分今日秋さんに会おうと思ったのは自分でも気づかないくらい溜まっていた秋さんへの想いを断ち切るためだったんだろう。なのに、断ち切られるどころかさらに深く想いは降り積もっていった。

「すきだったよ、あきさん」
ぼとりと落とされた言葉は誰にも届かない。失恋したときに慰めてくれる優しい男性だっていない。早く忘れてしまいたいくらい辛いのに、忘れることなんて出来ない。この恋は、いっそ恋ではなかったと思いたくもなった。

だけれど蘇った、鮮やかな記憶の中での幸せな想いは、やっぱりたしかに恋だったから。その現実だけが、私をいっそう悲しくさせていた。


それでも、やっぱり好きだった/20120221
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