小説 | ナノ

▽ /私が一番

私が歩く。

彼も後ろをついてくる。

私が走る。

彼も後ろから慌てて走ってくる。

私が止まる。

彼も止まる。

でも一向に話し掛けてくる気配がない。


…もぅ…何なの?


「しょーかい!!
もういい加減にしてっ!
何か私に用があるの!?」


バッと鐘会の方に振り向くと、かなり驚いた顔をしている。


「きっ…気がついていたのかっ!!」

「当たり前でしょ〜、只でさえ解りやすいんだから」

「…何がだ?」

「あ!何でもない何でもない!
ところで何か用?」

「いや…お前に聞きたいことがあったのだ…」

「何?」

「いや…その…」


何か歯切れが悪い。
いつでも自信満々自分大好き鐘会にしては珍しい。
何か変な物でも食べたのか…?


「どうしたの?」


天の邪鬼な鐘会が言い出しやすいように少し優しく話しかけてみた。


「ただの噂で聞いたのだが…本当に兵士同士のただの噂の話だが…お前に確認する必要もない噂だとは思うが…」


……えぇい!うっとおしいっ!!


「だから何っ!?」

「いや…司馬師殿に嫁ぐと言う話しは本当なのか?」


目を右往左往させながら、小声で問い掛けてくる。


いきなり何を言うのかと思えば。


「そんな事あるわけないじゃない。
子元と私なんて普通に考えてあり得ないでしょ??」


私の言葉にぱっと顔を上げ、ふんぞり返る鐘会。


「ははっ、やはりな!
噂を聞いた時からおかしいとは思っていたが、やはりそうか!
確かにお前と司馬師様では釣り合いがとれん!」


…解ってるけど、何気に失礼じゃない。
高笑いして…
いつもの鐘会に戻ったみたい。


「でも春華が私と子元をくっつけようとしてるのは本当だけどね。
子元、今ちょうど前の奥さんと別れて独り身らしいし…」

「何っ!?
あの女狐!
何を考えているのだ!」


司馬家で一番の権力者を女狐呼ばわりするところが鐘会らしい。
アホっていうか、バカっていうか…でも何か憎めない。


「でも当人同士はそういう感情ないから大丈夫よ?」

「そ、そうなのか…」

「うん」

「お前はなくとも司馬師殿は…」

「え?何?」

「なっ何でもないっ!
私は失礼する!
…フン!」


…フンって…?
一体何だったの?

意味が解らない。


首を傾げる私の前を鐘会は大股歩きで去っていった。


***


それからというもの、司馬邸に鐘会がいるときは何故かいつも私の側にいるような気がする。
今は遠征に行って、鐘会はいないんだけど。
彼が居ないだけで、かなり静かだ。
うっとおしい時もあるけど、居なければなんか寂しい。
早く会いたいな〜…。

そういえば遠征中の鐘会から手紙来てた。
達筆過ぎてまだ解読出来てないけど。
まぁ、帰ってきて聴けばいいか。


司馬邸の庭に移動して、ぼーっと考えていると、近くで誰かが咳き込む声が聞こえた。


「コホン…コホン」


誰か風邪引いたのかな?
私はまたぼーっと庭を見つめた。


「ゴホッ!ゴホッ!!」


やけに酷い風邪ね〜。
可哀想…お大事に。


私は気にすることなく、ぼーっと庭を見つめ続けていると、さらに酷い咳が聞こえた。



「ゲッホ!!ゴッホ!!ゲッホ!」


何!?

驚いて後ろを振り向くと、ムスッとした表情で鐘会が仁王立ちで立っている。


「鐘会!?
どうしたの?」

「お前!
私が遠征から帰って来たら、一番に出迎えるべきではないのか!?」


何で怒ってんの?


「だって、今日帰ってくるって知らなかったもん」

「手紙を送っただろう!?」


ムスッとした顔を更に歪めて話す。


「あ…ごめん。
その事だったの?
まだ読んでない」

「何だとっ!?」

「だって〜読もうとしたけど、余りに達筆過ぎて読めないんだもん!!
鐘会、字が綺麗だから異世界の素人が解読するの大変なのよ?」

「そうか…私は達筆だからな。
お前が解読出来ないのは理解できる。
まぁ、今回は許してやろう!」


私の言葉でご機嫌が治ったようだ。
本当わかりやすい人で助かる。


「ところで、手紙には遠征から今日帰ってくるって事だけ書いてあったの? 
それにしては長い文章だった気がしたけど…」

「ああ…そうだな…まぁ、他の要件も書いていたが、解読出来ないのでは仕方ない。
私が一緒に解読してやろう」

「ありがとう!
よろしくお願いします。
鐘会センセイ?」


少しおどけておじぎすると、顔を赤らめて目を逸らす。


「全く世話が焼ける女だ!」


…こういうところ可愛いだよね〜。
構ってあげたくなるって言うか…
可愛いとか言ったらまた怒るんだろうな。


「お前の部屋に行くぞ!」


さっきまで不機嫌だったのに、上機嫌で私の前を走っていく鐘会の背中がヤケに愛しく見える。


顔も格好いいし、体格もしっかりしてるけど、性格はお子ちゃまなんだから。


私は笑いながら鐘会の後に続いた。


***


早足で歩く彼の後ろを小走りで着いて行っていると、急に鐘会がピタリと止まった。


「…!ぶっ!」


余りに急に止まるので、そのまま鐘会の背中に顔面をぶつけてしまった。


「ちょっと!
急に止まんないでよ?」

「……」

「鐘会?」


私の問い掛けに無言の鐘会を見上げると、前を向いたまま固まっていた。
不思議に思い、彼の背中から前方を覗き込むと、司馬師がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「…司馬師殿…」


鐘会は廊下の端へ移動し、司馬師に一礼した。


「ああ、鐘会。
萌も居たのか?」

「ぅ、うん」


突然鐘会が端に寄ったので、司馬師の目の前に私が現れる形になってしまった。


「どこへ行くのだ?」

「これから鐘会に文字の読み方を教えてもらおうと思って」

「そうか…出来る出来ないにしても努力は大切だからな」


司馬師は少し意地悪な笑顔で微笑んだ。 


「あ!酷い!
私も頑張れば出来るんだから!」

「フフ…楽しみだ」


むくれる私の輪郭を司馬師は長い綺麗な指でゆっくりとなぞった。


この人、時々こーゆーことするんだよね…真意があるのかないのか。
ムム…よめない。


考え込む私をよそに、司馬師は再び優雅な笑みを浮かべて歩いていった。 


…ある意味…天然?


司馬師の背中を見送り、鐘会に視線をうつすとかなり不機嫌な表情をしている。


何!?
すっごい怒ってる!?


「しょ…鐘会?
行こっか?」


ご機嫌を伺うように話しかけると、更に不機嫌な顔になった。


「…いい」

「えっ?」

「もういい!!」


そう言って、彼はマントを翻して私の前から去っていった。


……何事?
私、ご機嫌損ねることした…?


部屋に帰って考えても全くわからない。
机の上には鐘会の手紙がある。


しょうがないから自分で解読するか。
私は分厚い辞書を片手に手紙の解読を始めた。


「あーやっと普通の漢字に戻せた!
疲れた〜!」


何時間たっただろうか…軽く四時間はやってるよ。

鐘会の文字は達筆すぎるので、まず彼の文字を普通の漢字に照らし合わせて解読してから、さらにこれから漢字の意味を調べて文章にしないといけない工程が待っている。

面倒くさい…けど。
このまま放置っていうのも気になるし。
私の前を去って行くとき、彼は傷ついたような…
切ない顔をしていた。
それも気になる。


「後少し、頑張ろ!」


私はやる気を奮い立たせた。


まず一つ目の文章。


「…私からの手紙がさぞかし嬉しいことだろう。
泣いて喜んでいる様子が目に浮かぶようだ…?」


泣いてないし!
冒頭から鐘会らしくて笑える。


…次の文章…。


「実は早く遠征から帰還する事が決まった。
嬉しいだろう。
嬉しいに決まっている。
今日から毎日私に会えるのを心待ちにして待っていろ…」


…この自信どっからくるの?

…次、次!


「体調は崩していないか?
食事はしっかりとっているか?
変な男に言い寄られていないだろうな?…?」


何の心配してんの?
お父さんか!?


あ、最後の文章…。


「萌…。
お前に…会いたい」


………。


今までの文章はこの最後の文章の為にあるような気がした。


私は手紙を掴んで、急いで鐘会の部屋に走った。


***


鐘会の部屋の前に着いた私は軽く扉をノックした。


「鐘会。
萌だよ、少し話したいんだけど…いい?」


少しの沈黙の後、『入れ』と言う声が聞こえた。


部屋に入ると、部屋の奥の方にある寝台の上に寝転んでいる鐘会が見えた。
私はベッドに近づき、鐘会の顔の近くにひざまずいた。
鐘会はチラリと私を見たが、またすぐに目を逸らした。

まだ不機嫌みたい。


「手紙、ありがとう。
すぐに読めなくてごめんね?」

「私もね…会いたかったよ。
鐘会が居ないと何だか寂しいみたい」


私の言葉に驚いた表情で視線を合わせてくれる。


「読んだのか?」

「うん、何とかね。
今までかかっちゃった」

「フン、全く無能な女だ」

「ごめんね?」


少し笑いながら謝る私をジッと見ていたかと思うと、彼の指がのびてきてそっと私の髪をすいた。


「鐘会…?」


まるで私の髪で遊んでいるかのように髪をすいたり、クルクルと指に巻いている。


「…綺麗な髪だな…」

「そうかな?
かなり傷んでると思うけど…」


私の言葉に鐘会ははぁとため息をついた。


「お前…こういう場合女は顔を赤らめて恥ずかしがるものだぞ」

「そうなの…?」

「まぁ、いい。
それがお前らしい」


そう言って、優しく微笑む彼はいつもより大人っぽく見えた。


髪をいじっていた鐘会の指は私の頬に添えられ、彼の唇が静かに近づいてきた。

温かく柔らかいものが私の唇に触れる。


とても甘く優しい時間。


私はその時間の流れにゆったりと身を任せた。

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