【二部】01/
【異世界】
眩しすぎて覆っていた両手をそっと降ろす。
ゆっくり瞳を開けると、視界に闇夜が広がっていた。
けれど、どことなく薄明るい。
上を見上げると、満天の星がまるでクリスマス時期のネオンのようにきらきらと輝いている。
大きな満月が青白い光をたたえながら見下ろしている。
ふと感じた視線。
何となく右を確認して心臓が止まりそうになった。
女性のように美しい容姿。
だけど、どこか熱い想いを秘めた男性的な瞳。
こ、この人……。
まさか、小早川隆景!?
「……貴女は。
一体……」
小早川隆景が、綺麗な目を丸くして言った。
「この女。何者だ?」
どこか聞いたことのある声に左を振り向いた先に立っていた二人を見て、また動機が激しくなった。
石田三成!?
大谷吉継!?
驚きでへなへなとその場で崩れ落ちる。
清正に会いたいって願ったけど、本当に来れたんだ。
無双の世界へ。
私の目の前にいるのは、間違いなく、小早川隆景と石田三成と大谷吉継。
その人だ。
右を見ると小早川隆景。
本人。
左を見ると石田三成、大谷吉継。
やっぱり、本人。
私が左右を確認している間、三人はまるで、時が止まったかのように静止していた。
その時、不意に、小早川隆景が笑った。
ふわりと微笑む綺麗な顔にどきりと胸が流行る。
「先ほど話した和睦の条件ですが……。
この女性を毛利に引き取らせて下さい。
それが条件です」
和睦?
条件?
毛利が私を引き取る?
一体何の話?
「……。
好きにしろ」
混乱していると、左から声がした。
振り返ると、石田三成が両腕を組んで私を警戒するように見下ろしていた。
眉間の皺が深い。
こ、怖い。
凄い威圧感。
気まずくなり、視線を横にずらすと、今度は大谷吉継と視線がぶつかる。
月明かりでも分かるくらい透き通るような蒼い瞳をしていた。
サファイアみたいな綺麗な色。
その色に吸い込まれそうに魅入っていると、不意にその目が細められた。
「ありがとうございます。
では、和睦を受け入れます。いずれ、また」
後ろ背で、小早川隆景の声がした。
その瞬間、金縛りが溶けたかのように意識が戻った。
石田三成が小早川隆景に少し会釈をした。
大谷吉継に『行くぞ』と声をかけ、体を翻して去って行く。
去り際、少し私をちらりと見て。
大谷吉継は、何故か最後まで私から視線を外さなかった。
二度ほど、先を行く石田三成に名前を呼ばれ、私になのか、後ろにいる小早川隆景になのか分からないけれど、ひとつ頭を下げて、去って行った。
もし、二人に着いて行くことが出来たなら、直ぐに清正に会えたかもしれない。
そう冷静に考えることが出来たのは、二人の背中が闇夜に消えてからだった。
兎に角、もう、何というかいっぱいいっぱいで。
無双の世界に来れたんだ、という安心感と、目を開いたら、ゲームでも主要なキャラクターの三人に突然出会ったのだから。
夜だけど明るいせいか二人の表情がはっきり確認できた。
大谷吉継。
一度も目を反らせる事なく私を見てた。
冷静に状況を判断しようとしてたのかな。
それにしても、こんな月夜に似合う人だった。
立っているだけなのに綺麗で美しい。
石田三成は。
何だこいつ、的な目で私を見てた。
警戒心丸出しで、本当に分かりやすくて。
真っ直ぐな三成らしい。
そう思った。
そして、目の前にいる小早川隆景。
品の良さというか、育ちの良さが滲み出てる。
全然知らないところに放り出されるよりは良かったのかもしれない。
この人が引き取ってくれて。
「今晩は。
良い夜ですね」
「……そ、そうですね?」
「手をどうぞ?
このままでは召し物が汚れてしまいます」
「あ、ありがとう……ございます……」
差し出された、可愛らしいお顔に似合わない少し骨張ってごつごつした手を握る。
彼の温もりが私にしっかりと伝わる。
ああ。何か。
「温かい……」
「えっ?」
「あ、ごめんなさい。
本当に生きてるんだな……と思って……」
「……どういう意味ですか?」
「あ!
いいえ、別に。
気にしないで下さい」
思わず素直な感想が口から出てしまった。
ゲームじゃなくて、本当の人だもんね。
温もりがあるのは、当然なんだけど、怪しまれないように気をつけなきゃ。
「……思った通り。
可笑しな人ですね」
「え?」
「これから退屈しそうにありません」
小早川隆景は、そう言って可笑しそうに微笑んだ。
私、これからどうなるんだろう。
清正に会えるのかな……。
クスクスと控えめに月明かりで笑う彼のたおやかな笑顔を見ながら、少し不安にさいなまれた。
***
「これで秀吉様は背後を気にせず本能寺へ向かえる」
「……あの女人に助けられたと言うことか」
突然、何もない空間から現れた。
如何にも妖しいあの女を引き取る条件で毛利は退いた。
小早川隆景……。
何の意図があってのことか……。
皆目見当はつかないが、助けられたと言えばそうなのかもしれない。
「夢現のような出来事だったな」
馬の傍まで来て、吉継がそう言った。
女は、眩い光の玉のようなものに包まれて現れた。
光が消えかけた後も、その女の周りにだけまだ淡い光が残っているように見えた。
神々しい光とは裏腹に、身なりの変な女だった。
「吉継。
このことは秀吉様には内密にしておけ」
目新しいもの好きの秀吉様は、このような話には直ぐに飛びつくだろう。
異質なもの、珍しいものには必ず危険が潜んでいるものだ。
察しているのか、吉継はひとつ頷いただけで何も言わなかった。
「……天女のようだった」
馬の首を撫でながら、吉継が言った。
珍しい。
付き合いは短いが、ここまで人に、ましてや女に興味を抱いている吉継を見たことがない。
「……あの女も妙だが、お前も妙だ」
そう言って、訝しげな顔を顕わにしている俺を見て、吉継は、『そうかもな』と短く笑った。
「清正だけでなく、お前まで女に現を抜かすのか……」
「清正……?」
「……何でもない」
どいつもこいつも。
「行くぞ、俺達も急ぎ本能寺へむかわねばならない」
吉継は、強く頷いた。
馬の背に乗ると、不意に先程の女の顔が頭を過ぎった。
何かを求めるような強い目をしていた。
これから動き出す。
世の中が大きく変わるだろう。
これからだ。
全てはこれから。
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