「……春休みを目前にお疲れ様だな」
「冷めてるよ!?」
先月のバレンタインデーからの今日。世間的には男(一部)がせっせとお返しに奔走するホワイトデー。この風習も中々にえぐいだろう。
先月、憐れにもチョコを貰えなかった彼らは本日も悲しい現実を突きつけられている。私の勝手な思い込みだが。
「あちらこちらでカップル成立しているから更に物悲しい気持ちに……」
「お前のその言葉が一番突き刺さるんだよ!!」
「僻みか!?僻みなのか!?」
「お前らの代弁してるんだけど」
ぼそりと呟いた言葉に一斉に反応した残念な彼ら。ますます憐れみを助長させるので止めた方が無難であろうに。突っかからればやってられないのだろう。
バレンタインデーともホワイトデーとも無縁な奴らは、一歩外に出るだけで目の毒となっているために教室から出る事が叶わない。つくづく可哀想だ。
誰が僻みなのだろうと呆れながらゲームを続行させる。それを見た周囲が私よりも更に呆れてくる。何が悪い。
「乙女ゲーばっかやってるから現実が見えないんだよ」
「それで俺達を非難すんなよ。俺達より悪いだろうが」
「今日はギャルゲーだし。全く、リア充は爆発しろ」
「何言ってんの!?って、何で皆も頷く!?」
リア充はすべからく爆発すべきだと呟くと周囲も頷いた。友人以外は。そんな友人は彼氏が居るからリア充側だ。爆発しろ。
ゲーム内では、毎度の事ながらにフラグを積み立ててイベントを起こしている。こんな平凡人が何故モテるのだろうか。不思議で仕方ない。
現実の方がよっぽど二次元的人間が居るのだが、あれもあれでどうなっている。現実であんなに人気がある奴らなど初めて見た。
「ふん。女子に取り囲まれて困っているが良い」
「それ、誰の事だよ?」
「どうやって逃げてきたの」
知らず、漏れていた独り言に対して問いかける声がして、顔を上げると今まさに思い浮かんでいた人物の片方が目の前に居た。思わず顔をしかめてしまう。
コンビ状態となっている緑色が見えないので、一人だけ逃げてきたなと予想する。こいつ、後で緑間に怒られるに違いない。
だが、奴もこの場に居場所はないのだが。周囲からの視線に気づかないわけもあるまい。恨み辛み怨念の視線を一身に受けている。
「今この場で一番の勝ち組は出て行け」
「冷たっ!良いものやろうと思ったのに」
「いらないから帰れ」
好感度が上がった。差分を回収して早く終わらせよう。まだまだ積みゲーはあるのだから、いつまでもこれ一本をやっているわけにもいかない。
すぐに高尾からゲーム画面に視線を戻し、完全にシャットアウトしていると奴が予想外の行動に出た。手元からゲーム機が消失した。
「没収ー」
「……返せ」
多分聞かないだろうが、一応そう言うとムカつく笑みを浮かべながら次の瞬間に教室から走り去って行った。何だ、あれは。
私の苛々指数が上昇し、あっという間に臨界点を突破した。文化系の私があれを捕まえられるとも思えないが、ゲームだけは取り返さねばならない。
すぐさま教室を出ると、早い事に高尾はもうかなり遠くまで走っていた。本当に私、あれに追いつけるのだろうか。ていうか無理。
それでも、あれを諦めろと言うのは土台無理な話だ。あれは私の生きる糧だ。それを分かっていて盗って行きやがって。
逃亡した奴を追いかけ、それでも全く距離が縮まらない。それでも何とか見失わずにいられるのは、ギリギリで高尾がそうしているのだろう。
完全にあれに誘い込まれているようだが、でも追いかけないわけにもいくまい。非常に癪だが背に腹は代えられない。
そうして、ようやく追いついた時には息も絶え絶えとなっていた。奴が全くの平然としているのが更にムカつく。
「か、かえ、せ……」
「執念深すぎんだろ!?少し落ち着けって!!」
咳き込みながら言うと背中を擦られる。誰のせいだと言いたかったが、それを言う事もままならない。
しばらく息を整える事に徹し、ようやく落ち着きかけると再び怒りが沸いてきた。何で私がこんな目に遭わねばならない。
不可解な人間を見上げると、高尾は全く悪びれずにけろりとしていた。それで毒気を抜かれる程甘くはないぞ。
「何なの一体!?」
「人が良いものやろうと思ったのに」
「いらん帰れ。私はお前とフラグを立てた記憶はない」
「えー。貰ったし、チョコ」
「……あれはフラグじゃない!」
何故フラグでそこに反応する。相当にこれの頭はお気楽らしい。確かにチョコはあげたが、ていうかあれをチョコと呼べるものか。
「催促されまくった義理にも満たないチロル詰め合わせに何を言う……」
「好きな子から欲しい男心が分かんねーかな」
「は、え…………は?」
さり気なく言われた言葉が脳に到達するませ数秒かかった。そして、到達して更に理解するまで数分かかり、全て理解し終えても納得は出来なかった。
何でそう、この男は何でもないようにサラッと言ってのけるんだと理解しがたい気持ちでいっぱいだ。存在自体が範疇を超える。
今度は本気かどうかと疑わしく感じていると、奴はお構いなしにお返しとラッピングされた袋をくれた。これ、貰ったら最後ではないのだろうか。
それを考えたのが受け取ってしまった後であり、思い至るが遅かったとまたもや混乱に陥った。それを見て面白がっている高尾。誰のせいだと。
「別に今すぐ取って食おうとか思ってないって」
「そんな事があって堪るか!!」
「だーから、とりあえずまずは打倒ゲーム目指して頑張るから」
ライバルがゲーム発言に残念ながら全く否定も出来なかった。だって事実だ。悪かったなゲームばかりで。おかげで現実など予想外だった。
それを言う気力もなく、脳内処理が追いつかないままで教室へと連れ戻されてしまった。もう既に、先が決まっている気がしてきて頭が痛くなってきた。
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