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「平和だなぁ」
「お前の頭の中は年中平和ボケしてんだろうが……」
「え、なに!? 言ってた!? 声に出てた!?」
「言っても言わなくても駄々漏れだよ」
「何処からよ!?」
「全身」
俺、郷田広之は冷たく吐き捨てた。ポニーテールが特徴の彼女、川野紅葉は自分の全身をまさぐる。どうやら間に受けているようで。
「あ、郷田」
「んあ? よぉ、昂太君。おはよう」
今は放課後だが、俺は大堂昂太にそう言った。なよなよしているように見えるが、一応野球部に所属する、なかなかな芯の細い同級生である。
「なんだよ、気持ち悪ぃな」
「ひでぇ事言わねぇでくれよ。傷付くなぁ」
茶番はこれくらいでいいだろうか。さて、今日は事情により部活開始まで時間がある。少しばかりぼーっとしていようかと、頬杖をついた時だった。
「おい、郷田」
入口からクラスメイトの一人が席に寄ってきて、俺に小声で告げてきた。
「面会だぞ」
顎で示された先の入口の陰には、第一印象内気で大人しそうな女子生徒がいた。俺は何か解らなかったが、一応立ち上がり、女子生徒の方に向かう。
ちょうどいい。そのまま部活に行こうと、川野と昂太に先に行くと言って、出ていった。
「………」
「ありゃ脈ありかな?」
「ぎゃっ!?」
仮にも女の子がなんつー声出してんだ。川野は僅かに頬を赤くしている。俺は広之の方に目を向けると、奴は女子生徒と一緒に何処かへ行った。
僅かに見えた女子生徒のアレは、おそらく奴に告白するだろう。その手の感情に鈍感な奴の事だ。多分、あの女子生徒の願いは叶わない。
「み、脈ありって…?」
「そのまんまだ。ほら、お前も部活、行かねぇとまずいんじゃないのか? 俺も先に行くぞ」
「ま、待ってよ! 私も行く!」
「紅葉! 行ったよ!」
「は……?」
気付いた瞬間、私の頬を羽が掠めた。冷や汗を流しつつ、それを追うと、体育館の小窓の格子の間を見事に抜け、グランドの植え込みに突っ込んでいった。
しまった。休憩時に開けっ放しだった。よく今まで羽が飛ばされなかったな。
「私、取ってくるよ! ちょっと他の羽でやってて!」
「何処に行ったんだろう……」
体育館の裏で、羽を探していた。が、意外と見つからない。しかし、100km超えの最速スマッシュ。植え込みの枝を折って、を貫通した可能性も無くはない。いや、格子を通り抜ける際にかすって減速したかもしれない。植え込みに嵌まっている可能性もと、植え込みとその奥を確認して羽を探してみた。
「…あ、良かった! あった!」
しばらく歩いた植え込みを超えた所に、羽が転がっていた。どうやら全然違う所を探していたらしい。私は植え込みを越えて、羽を拾う。
「さてと、戻らないと……」
汗を拭って戻ろうとすると、目先の渡り廊下に、見知った顔が見えた。
「………」
郷田広之だ。ユニフォームを着ていて渡り廊下にいるということは、きっと休憩か。
しかし、気になるのはその向かいにいる女子生徒だ。色素の薄いボブで、毛先が少しカールしている、後ろから見る限り、可愛いげのある顔をしていると予想。
「………」
『ありゃ脈ありだな』
大堂の言葉が蘇った。不本意ながらも、その二人の様子を見ていた。すると、広之は後頭部を掻いて、何か言っている。次に女子生徒は目の前で両手を振って、小さく頭を下げて、その場をそそくさと去っていった。
すると広之は、渡り廊下の横の野外水道の蛇口を捻り、顔を洗う。その後、ユニフォームの裾で顔を拭いた。その際、細く引き締まったウエストと、水が滴る長い前髪と、水色の瞳に睫毛がかかって光が入り、やけに色っぽく見えた。
「…川野?」
広之がこちらに気付いた。
「どうした? 部活は…?」
「羽が外に出て、探してたの。てか、あんたには関係ないでしょ」
「そりゃ悪かったな……」
蛇口から直に水を飲むと、袖で口元を拭った。
「水飲むと、身体の塩分濃度がなくなって、熱中症になりやすいよ…?」
「なに? 心配してくれてんの?」
「ぶ、ぶっ倒れたら皆に迷惑かかるでしょ? その為に言ってんのよ! あんたの心配とかじゃない!」
「……そうか。でさ、川野」
広之は一つ間を置くと。
「見てた…?」
「……!!?」
私は息を呑んだ。見ていた。確かに見ていた。あれは見た目的に、告白。言っていいのか、見てたと言って覗き見してたと思われて距離を置かれないか。
「…川野?」
広之は首を傾げていた。私はゆっくりと口を動かす。
「……な、なんのこと…? て、ていうか、見てたって見てなくたってどうでもいいでしょ? あんたの事なんかど……」
詰まった。
「川野…? どうしたんだ?」
「う、煩い!! さっさと戻れ、このサッカーバカ! 万年玉拾い!」
私はそう吐き捨てて、体育館に踵を返して帰った。
「う、煩い!! さっさと戻れ、このサッカーバカ! 万年玉拾い!」
川野はそう言って帰っていった。今日のあいつはどうもおかしい。思えば赤面症なのか、よく顔を赤くして俺に罵詈雑言を浴びせてくる。何故だろうか。
「俺、広之の事大好きだよ…?」
横を向くと、昂太が片手でボールを弄んで笑っていた。
「俺にその気はない」
呆れ様に言う。
「俺にだってねぇよ。冗談だ。最近の女子はそういうのに食い付くらしいが。…けどよぉ、広之君。それ類いの事をついさっき言われたんじゃないのか?」
ニヤニヤと距離を詰めてくる昂太。一瞬殴ってやろうかとも思ったが、やめた。
「見てたのか?」
「馬鹿言え。大体予想つく。その顔は正解か…?」
「あぁ」
「お前の返事は『いいえ』と見た」
「ご名答だ。あとで一円やるよ」
「ハハッ、扱いが解ってんねぇ」
会話は一度そこで途切れる。水道に寄り掛かると、陸上部の掛け声や、吹奏楽の楽器の音が聴こえてきた。
「なぁ、もうちょっと、そういう感情に目を向けてみるのも良いと思うんだけど」
「そういう…?」
「ニブチンだなぁ、お前は。とにかく、もうちょい視野を広げてみるのもいいんじゃねぇのって話」
昂太は立ち上がると、再度俺の方を見て笑う。
「部活の仲間や、お前の席の周りの奴等だけじゃないんだよ、何人と学校には人がいるんだ。人間観察もなかなか面白いって。だから、要は、たまには異性にも目を向けてみたらってこと。…じゃ、部活頑張れよ」
昂太はそう言って、部活に戻って行った。俺は一人、そこに残されると、金属バットでボールを打ち返す音が聴こえてきた。
「視野、ねぇ……。視野…」
昂太はああ言っていたが。
「郷田ぁ! そろそろ始めるぞぉ!」
「はい!」
はてさて、俺にはよく解らない。
了
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