枯渇する反論材料



「郷田」
部活が終わって教室に入ったら、友治がいた。

電気だって洩れてなかったから、誰もいないと思って勢いよく扉を開けたのだ。そしたら、友治がいた。なんでもないような顔をひっさげて、机に座って足をブラブラさせていた。
「…何してんだよ」
「んー?」
友治はニコニコ笑って、俺を見た。まだ明るいとは言え、電気もつけず一人机に座って足を揺らしているのは不気味だった。がらんどうの教室の扉を、後ろ手でしめる。
「部活は」
「今日は休みだよ」
「…わざわざ待ってたのか」
「今気付いたの?」
友治は半ば馬鹿にしたように小さく笑った。茶色のふわふわの髪が一瞬広がって、すぐに元に戻る。カタッと机が小さく音をたてて、それから友治は綺麗な着地をした。鼓動が耳の奥で鳴って、かき消すように口を開いた。
「わざわざ待ってるとは思わないだろフツー」
「そうかな?」
軽くズボンをはらいながら、それでも優しげな声で応えてくれる。なんだかいつだって優勢を保つ友治に、少しムッとした。
「そうだろ。だって友治、今までは先に帰ってたのに」
ズボンを叩く音が止む。そういえば、季節外れのセミが今日の授業中に鳴いていたっけ。微かに遠くで、聞き慣れたサウンドに空しさを垂らして、セミが鳴いている。そうだ、なんだかあまりに静かじゃないだろうか。そう思ったときにはもう遅かった。
「ごーだ」
手を後ろでくんで、上履きを鳴らしながら友治は俺に近付いてきた。じりじり距離をつめられて、思わず後ずさる。
「何後ずさってんの」
「お前が急に近寄るから」
「近寄っちゃだめなの?」
寂しいな、なんて科白がポロリと零れる。嘘をつけ、と眉根がピクッと動く。友治の顔はちっとも科白と噛みあっていない。友治は俳優にはどうやらなれそうにないようだ。
背中が壁につく。背中にジュッと冷たい空気が広がった。逃げられない。友治は据え置くように壁に手をついた。
「…おい」
「うん?」
「近い」
「うん」
数分前から変わらない笑顔。いくら他人に鈍い鈍いと言われる俺でも、流石に何か俺がやっちまったことには気付いた。まあ、その『何』の中身には一切見当がつかないのだけれど。
「ごめん」
「なにが。俺は、ぜんぜん、全く、怒ってなんかないよ」
「怒ってるなんて言ってないだろ」
笑顔が消えてほっとしたのは初めてだ。友治は砂がすくわれるように無表情になった。それから大きく息を吐き出した。
「郷田は馬鹿のくせに、なんでたまにするどいの」
「失礼だぞ」
「失礼って、事実と違うときにしか反論材料にならないって知ってる?」
バカにしたような顔でそんなことを言うから、余計に腹がたった。俺はあのなあ、と口を開きかけた。

キスをされていると気づいたのは、友治に声を飲み込まれたから。思えばガラス越しの空は青から紫へ、赤へ。水に落とした絵具のようにじわじわと浸食していた。大きく心臓が揺れて、それから呼吸が止まった。
友治の唇が離れていく。友治の顔は窓から垂れた蜂蜜で、ほんのり赤くなっていた。俺はパチパチとまばたきをした。友治は恥ずかしそうに、ずっと目を逸らしいた。そして唇を舌で小さく舐めてから、躊躇うように口を開いた。
「…恋人を待たずに帰るなんて、失礼でしょ」
五臓六腑が熱を発する。グラデーションをまとったクラゲが、地平線に落ちていくのが彼の後ろで、やけに遠くに見えた。俺はどうしようもなく赤くなっていく顔を意味もなく伏せて、キョロキョロ視線をさまよわせながら小さく「うん」と言った。友治も同じように俯いて、ただクラゲが空に溶け、窓からだらりと溶けていくのを見つめ続けた。


end






 


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