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「ねえマサキ、」

 頼みがあるんだ、夕食終わりに俺の部屋にやってきたヒロトさんが俺にそう言った
 大企業の社長であるヒロトさんがただの中学生である俺に頼みごとだなんてよっぽどのことなんだろうな、と俺も真剣にヒロトさんの話を聞くことにした

 深刻そうな表情のヒロトさんが一度部屋の扉を開け近くに誰もいないことを確認し、胡坐をかく俺の前に正座する
 そのまま両手を前に突き出し三つ指を立てて深々と頭を垂れた、そして言葉を紡ぐ

「名前の下着を貰ってきてください」
「……はあ?」

 目上の人に対してこう言うのもあれだけど、何言ってんだこいつ頭沸いてやがる、こういう大人にはなりたくないもんだ
 思っていたことを顔に出しすぎていたのかヒロトさんの眉間にしわが寄った、内容が内容なだけに強くは出れないのだろう
 ダメなことだと分かっているのにそれを、しかも子供にやらせようとしているなんてこのおっさんマジ最悪

 名前さんはヒロトさんの恋人でお日さま園で子供たちの世話をしているお姉さんだ、美人で気立ても良いのでチビたちからの人気も高い

「っていうか恋人なんだから直接貰えよ」
「もらえたらマサキに頼まないって」
「だったら俺でも無理だろ!」

 何でも好きなものを買ってあげるとかお小遣いもあげるからなど必死に俺を説得している目の前の大人が哀れで仕方が無かった
 人間落ちるとこまで落ちるとこんな風になってしまうのか、俺はこんな大人には絶対なるまいと心に決めゆっくりと立ち上がる、こんな馬鹿らしいことやってられるか
 もうそろそろ風呂の時間だからタンスから着替えを出し、ヒロトさんを無視して部屋から出ればあとから変態おっさんが付いてきた

「マサキ風呂入るの? だったら俺も一緒に入ろうかな」
「変態汁が染み込むので結構です」
「つれないこと言うなって」

 ヒロトさんを無視して脱衣所まで行けばチビたちの脱ぎ散らかした服をまとめて洗濯機に取り込んでいる名前さんがいた
 名前さんは俺を見た後視線を上へ動かして露骨に嫌な顔をした
 実は名前さんと付き合っているってのはガセなんじゃないかと思えるくらい露骨に嫌悪している表情だった

「マサキ……とヒロト、二人揃ってお風呂?」
「ああ、そうなんだ、俺たち仲良しだから!」
「ふーん」

 呆れたような表情の俺と満面の笑みを浮かべるヒロトさんを交互に見やった名前さんはヒロトさんに着替えを持ってくるように促しその場から追い出した
 名前さんの言葉に気をよくしたヒロトさんが意気揚々と脱衣場からいなくなったのを良い事に俺に話しかけてきた

「……マサキ、変なこと吹き込まれなかった?」

 ここは正直に言うべきなのだろうか、それともヒロトさんのために黙っておくべきなのだろうかと考えたがあのおっさんを庇う義理は無いので素直に先ほどのことを包み隠さず話した
 俺の話を聞いた名前さんの顔が見る見るうちに怒りに満ちていくのが分かる、表情はまあ笑顔なんだけどこれ絶対怒ってる


「名前も一緒にお風呂入ろうよ!」
「くたばれ変態!」
「うぐっ」

 着替えを持って揚々と脱衣場に現れたヒロトさんに見事なボディブローを決めた名前さんに俺は無言で拍手を送った
 さすがに元スポーツ選手とだけあってノックアウトはしなかったがそれなりにダメージはあったようでよろけるように数歩後ろに退いた

「マサキに全部聞いたわ、いい年した大人が子供に何頼んでんのよ!」
「だって名前の下着が欲しかったんだ仕方ないだろう! っていうかマサキ裏切ったな!」

 裏切ったと言われても元々ヒロトさんの味方ではなかったから、俺はそ知らぬ顔で部外者を決め込んだ

「五月蝿い、私は今あんたと話してるのっ、最近また下着が減ってると思ったらお前かぁっ!」
「違うんだ! 名前の使用済みパンツじゃないと俺の流星がブレードしたくないって言うから、だから!」
「マサキの前で何言って……! 変態っ!」

 俺の前で赤裸々な告白をされたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くした名前さんの拳がヒロトさんの鳩尾めがけて突き出された
 もう一発ボディブローが決まるかと思いきやその拳は軽々と掴まれてしまい、名前さんの動揺は増すばかり
 ヒロトさんの手を払おうと必死に腕を振るうも男女の差ってやつかまったくと言っていいほど意味を成していない
 一連の光景を半ば呆れながら見ているとヒロトさんが赤い頬に口付けて、勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべた

「名前は変態な俺が好きだよね」
「う、うるさい! 二回死ねっ!」
「うぎっ」

 空いている手で思い切りビンタされたヒロトさんがスローモーションで倒れていく、中学生の俺には大人の世界はよく分かりません
 でもただ一つだけ言えることは、俺はこんな大人にはなりたくないです、あと早く風呂入りてえ


(基山ヒロト/「○○は変態な俺が好きだよね」)

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