暗い、ただ暗い場所に私はいた、士郎やみんながいない、私は一人ぼっちなのだろうか 歩いても歩いても、走っても走っても暗闇が続くだけで突き当たりも何も見つからない そもそもここはどこなのだろう、私はどうしてここにいるのだろうか、確かヒロトに呼ばれてどこかに連れられて、そこからの記憶がない きっと何かされて睡眠状態になっているのだろうと自分でも呆れるくらい冷静だった とりあえずとぼとぼと暗闇の中をひたすら歩いているが何も変わらない、夢だからか疲労は感じないのでどんどん進めた 「ナマエ」 私を呼ぶ声がして振り返ればそこには一人の女性が立っていて暗闇だというのに彼女の姿だけはっきりと見える、長い黒髪を揺らしたこの人には見覚えがあった ああ、そうだ、彼女は私の前世だ、前世の記憶の鏡に映っていたのを何度も見た 私が彼女の名前を呟けば彼女はにっこりと私に笑顔を向ける 「……何でそんなに笑っていられるの」 あなたは最愛の人に殺されたのよ、愛し合っていた人に裏切られたのよ 最愛の息子たちまで殺されてなんで平然と笑っていられるのよ、私には分からない 一気にまくし立てれば彼女は困ったように笑って私を抱き締めた、もういない人なのに温かい 「辛い思いをさせてしまったわね、ナマエ」 子供をあやす母親のような温かい言葉と共に背中にあった手は私の髪を撫でる、私の本当の母親よりも温かくてまるでお義母さんみたいだった 思わず握り込んでいた拳を解いて恐る恐る私も彼女の背中に手を回せば一瞬だけ彼女の肩が跳ね、それから抱き締める力を強めた 「私ね、幸せだったわ」 「……?」 「あの人と恋をして結婚して子供が出来て一緒に暮らせて、幸せだった」 「でも、!」 この先に続けようとしていた言葉を彼女の指に遮られ、飲み込むしかなかった 反射的に彼女を見つめれば彼女の表情が曇ってゆき最終的には辛そうな表情になり瞳が濡れる 「もういいの、彼がしたことは許されることではないけれど私や子供たちも知らないうちに彼を追い詰めていたのかもしれないわ、だから許すことにしたの」 「……っ、何であなたはそんなに優しいの、普通許せないじゃない……!」 「私が誰かを許さないと、私は誰かに許されないの」 そう言って再び微笑んだ彼女はどこか吹っ切れていて羨ましかった 私は彼女のように過去を過去だと割り切ることが出来ない、だから士郎とも曖昧な関係になってしまった、私はどうすればいいのだろう 彼女の背に回した手が震える、きっと彼女はもうとっくに気付いているのだろう、私が脅えていることに 「ナマエ、大丈夫よ」 「全然、大丈夫じゃない」 「あなたを縛り付けていた私が言うのはお門違いかもしれないけれど」 「っ、」 「もういいんだよ」 「!」 まるで待てと言われていた犬がいいぞと言われたときのように私は何かに解放されたような感覚に満たされた、私はこんな単純な言葉を待っていたのか それからはたが外れたようにただ泣いた、ぼろぼろと溢れる涙を彼女に押し付けながら誰に対してか分からないごめんなさいを呟いた 私が泣き止んだことを確認した彼女はふわりと微笑んで、消えた 彼女は消えたけど私の中に彼女の暖かさが残っているような気がして心がほかほかする 目を閉じて胸に手を当てて彼女の暖かさに安らいでいるとまたもや背後から声がかかる 「ナマエ!」 とても懐かしい、もう二度と聞くことができないと思っていた声に再び涙があふれそうになるのを抑えながら振り返る 「敦也!」 |