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 苦しい、助けて、そう思えば思うほどあの記憶が蘇る


 その日私は患者さんの相談に乗っていたせいかいつもより遅い時間に帰宅した
 いつもなら子供たちも帰ってきていて飯はまだかと騒いでいるのを夫がなだめている時間なのに今日は妙に静かだった
 サッカーの試合があると言っていたから三人で仲良くお風呂かな、なんて考えてドアを開ければ目を疑いたくなる光景が広がっていた
 血を流し廊下に倒れている二人の息子、私の足元には血の付いたサッカーボールが転がっている
 愛しい息子たちの安否を確認しようにも体が動かない、私は目の前の人物から目が離せなかった
 私の夫が立っていた、無表情で、手元には血の付いた包丁、私は考えたくない事実に気付いてしまった
 怖い、全身の毛穴から汗が溢れてくる感覚が気持ち悪いが今はそれどころではない、何で貴方が
 無表情の彼は言う、リストラされたのだと、私は震える声で答える、またやり直せばいいじゃない、そう言ってもすでに失ってしまった二つの命は戻ってこない
 彼は一歩前にでる、反射的に私は一歩後ろに退く、怖い、あんなに優しかった彼が怖くて仕方がない
 彼は床に転がる実の息子を足で退かして私に近づいてくる、やめて、来ないで
 ドアから外に出て助けを呼ぼう、でもそれは叶わなかった、彼に手を掴まれていた、痛い、こんなの彼じゃない
 いつも私や子供たちを優先させて文句はたまに言うけど基本優しくて常に笑顔の彼はどこに行ったの
 もうこれしかないんだ、そう言う彼は私を慈しむような、愛おしく見つめてきて、吐き気がした
 ざくり、脇腹に痛みが走る、痛い、ざくり、また刺されたらしい、段々意識が薄くなっていく、私の意識が完全に消えるときに彼の言葉が聞こえた

『愛してるよ』


 その記憶が私を苦しめた、愛してるという言葉を恐怖の言葉に変えてしまったのだ

 基本的にその部分の記憶はない、きっと私の中の何かが本能的にその部分だけを仕舞い込んだのだろう
 それなのに時々夢に見るのだ、いつも最後の言葉で目が覚める、その日は決まって嫌な汗がべったりとしていて気持ち悪い
 園にいたときは決まって晴矢か風介と寝ていたのでそんな私に気付いて大丈夫だよ、と手を握ってくれていた
 引き取られてからは新しいお義父さんたちに迷惑を掛けないように一人で耐えていた、本当に辛かった

 子供たちを殺して私をも殺したあの人が最期に囁いた言葉、愛してるよ、あんなに優しかったあの人が無理心中をするなんて、信じられなかった、信じたくなかった
 だからこそ愛せば愛すほど、愛されれば愛されるほど恐怖していた、ただ怖いと
 士郎はそんなことしないって解っていても頭の片隅ではいつかまたあの恐怖に震える日が来るのではないかと怯えている私がいる

 ああ、私はとても弱い、助けて士郎、敦也……


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